14.川茂っ子たち
早朝の八時、松ヶ崎漁港へ戻った漁船から下りてきた一人の青年に、鴇松と烏丸の二人が駆け寄って、声を掛けた。かつての川茂小学校に通っていた金子亨である。背こそ低いけど、色黒で、上半身は漁師らしくそれなりにがっしりとしている。
「警察の方?」
「ええ、ちょっと、あなたからお話を伺いたくて……」
「ちょっと待ってくれませんか。今朝はわずかばかりの魚が取れて、市場へ出荷できる魚を選別する作業が、まだ残っとりますから」
結局、鴇松たちは小一時間ほどその場で待たされることとなった。
「計良美祢子さんはご存知ですよね」
世間話をはぶいて、鴇松はいきなり本題から切り出した。
「小学校時代の校長先生です。自分にとっては担任の先生でもありました」
「最近、先生とお会いになられてはいませんか」
訊ねた瞬間、金子はキョトンとした顔をした。
「先生が、なんか仕出かしたんですか?」
「いえ、そうではありませんが……」
「会ってはいませんが、先週でしたっけ、先生から手紙を、突然もらいました」
手紙と聞いて、鴇松の目が光った。
「ぜひ、それを見せてはもらえませんか」
「家にあります。すぐそこですから……」
金子亨が住んでいる家は、海岸線の道路わきにポツンとたたずむ、いまにも風で吹き飛んでしまいそうな木造のほったて小屋だった。明らかに、人が住むための建造物ではなく、漁に出る前に一時的に寝泊まりするだけに用意されたような仮住まい用の建物だが、若者が漁港の近くに一人で住むのには、ちょうど良いあんばいなのだろう。
「ここには一人でお住まいですか」
「ええ。実家は徳和ですけど、ちょっと距離があるんで、ここに下宿しとります」
金子から手渡された手紙は、宛名こそ違えど、若林に送られたのと同じ内容であった。
「この手紙に、平成十四年の六月十日に起こった忌まわしい出来事とありますが、なにか思い当たることはありませんか」
不意を突いた鴇松の質問に、一瞬目をきょろきょろさせてから、金子は答えた。
「いや、なんも。ぜんぜん思い当たりません……」
なにかいいたくないことがあるのだな、と鴇松は即座に判断した。
「ところで計良美祢子先生ですが、お亡くなりになっていることは、ご存知でしょうか?」
「えっ……。だって、手紙を出しとるじゃねえの……」
金子がポカンとした顔をした。
「はい。この手紙の消印が十月十二日になっていますよね。その日の夜になって、お亡くなりになりました」
「本当に……?」
鴇松から事実を告げられても、金子はまだ信じることができない様子であった。
「そこで金子さんに一つ伺いたいのですが、あなた、先週の土曜日の夜に、何をなされていましたか」
「どうして、自分に? 自分は……、なんもしとらんし」
金子亨はうろたえながらかぶりを振った。
「もちろんあなたを疑っているわけではありません。されど、あなたの無実を証明するのにいちばん手っ取り早い方法が、あなたにアリバイが存在することだからです」
「そうですか。でも……、先週の土曜日の晩は、そのお……。まずいなあ。一人で、ずっとここにいました」
なんとも歯切れの悪い返事であった。後ろで聞いていた烏丸が、あきれてため息を吐いたくらいだ。
「それを証明してくれる人が、どなたかいらっしゃいませんかねえ」
「残念ですが、誰もおらんです。翌朝の準備を済ませちまったら、八時には疲れて、ばたんと寝込んじまって……」
金子亨のほったて小屋は、夜間に電気を消してしまえば、おそらく誰からも注意を払われないだろう、と鴇松は思った。
金子亨と別れてから、先を歩いていた鴇松に、烏丸が話しかけてきた。
「金子亨にアリバイはなかったわけですね。彼が犯人でしょうか」
「だとして、動機は?」
「動機ですか? そうですね。計良美祢子の手紙に書かれた悪い子が、金子亨だったとすれば、問題ないでしょう……」
「仮にそれで、計良美祢子殺害の動機が説明されたとしても、本間柊人の殺害もありますし。いずれにせよ、平成十四年の六月十日に起こった忌まわしき出来事については、詳しく調べる必要がありそうですね」
烏丸が、一台だけ置くことができる路側帯に、車を停車させた。この辺りの道路は、対向車同士がギリギリにすれ違える程度の幅しかないから、長時間この貴重な路側帯に車を停めることは、交通規則に違反しそうな感じはしたが、とりあえず車から降りて、歩きながら目的地を探す必要があった。
臼杵梢の家がこの辺りにあるはずだ……。
若林航太と本間柊人の一年下の児童として、川茂小学校に在籍した人物。今回の事件の被害者がいずれも川茂小学校の関係者であることと、若林へ送られて来た薄気味悪い手紙が、当時の川茂小学校の在校生たちへ送られていそうなことを加味すると、臼杵梢は真っ先に訊き込みをしてみたくなる人物であった。
臼杵梢の家は、屋号の『采女』がそのまま集落の名前となっているだけあって、それなりの立派なお屋敷だった。敷地は最寄り道路から少し引っ込んだところにあり、高い防風林に囲まれているから、ここから見える建物といえば、木々のすき間からかすかにのぞいている母屋の一部だけだった。
道路から敷地内へ引き込まれた砂利道が、軽く下りながらゆったりと弧を描き、その先は見えなくなっている。砂利道の途中に、ユズリハの木がせり出しているが、その陰となってうっかり見過ごしてしまいそうなところに、下りの石段が隠れており、そのまま庭へと通じている。石段を下ってくると初めて分かるのだが、庭は思ったよりゆったりとしていて、なにより日当たりが良かった。石段があるところの暗い木陰とは、まるで好対照だった。
母屋の真向かいに土蔵が立っており、その隣に納屋の建物がある。さらに奥に見えるもう一つの小さな建物は、どうやら農機具置き場のようであるが、今は何も置いてはなかった。土蔵の前に無造作に置かれた物干しさおには、洗濯物がいくらか干されてあったが、いずれも女性ものだった。都会ならばいくぶん人目を気にして、洗濯物の干し方が工夫されるものだが、ここでは、敷地へ入って来なければ誰からも見られる心配がないからなのか、下着類も、恥ずかしげもなく、堂々と干されてあった。
呼び鈴を鳴らすと、老女が現れて、臼杵梢の祖母と名乗った。鴇松は早く梢と話がしたかったのだが、この婆さん、なかなかのおしゃべりで、しまいには警察手帳を見せて、黙らせるしかなかった。
「まあ、警察の方ですか……。うちの梢が、なんかしでかしましたかのう?」
「いえ、そんなことはありません。ある事件の調査で、ぜひとも娘さんからお話を伺いたく、こうしてまいったしだいです」
鴇松が適当に理屈を繕った。
「なら、呼んできますっちゃ……」
家の奥から現れたのは、細身で色白の女性だった。今日は仕事が休みだったから、化粧もままならず、申し訳ありません、というのが開口一番の言葉であったが、素顔のままでも十分に美人であった。
「警察の……、方?」
臼杵梢はいくぶん驚いた様子だった。
「はい。臼杵さんは以前、川茂小学校に通われていましたよね」
「ええ、五年生まで」
「当時の校長が、計良美祢子という女性なのですが、覚えていらっしゃいますか」
「はい。柊人君の通夜の晩に、偶然お会いいたしましたわ」
「ということは、本間柊人さんのことも、ご存知ということですよねえ」
「もちろんです。田舎の小学校なので全校児童がたったの数人しかいないのですよ。みんな川茂っ子ですからね」
「川茂っ子?」
「あっ、すみません。川茂っ子とは、川小の子供たち、という意味で、私たちはよく使っていました。私がいいたかったのは、学年は違っても、当時の在校生はみんな、クラスメイトみたいなものだったということです」
臼杵がぽっと顔を赤らめた。
「ほう。ならば、当時みえた児童さんを、全員覚えておいでですかね?」
「ええ、たぶん……。川小が廃校になった年は、たしか、六年生が本間柊人君と若林航太君。五年生が私一人で、四年生に、ええと、金子亨君がいました。それから、一年生に柊人君の妹の桃佳ちゃんが……」
臼杵は、緊張した時のおそらく無意識の仕草なのだろうが、長い髪の毛先を指でくるくるといじり始めた。
「計良美祢子先生ですが、本間柊人君のお通夜の後になってからは、お会いされていませんかねえ」
「先生がどうかなされたんですか?」
「申し上げにくいことですが、遺体が沢崎の灯台で発見されました。おそらく殺されたのだと思われます」
鴇松の言葉を耳にした途端、臼杵の顔がすっと蒼白になった。
「どうして……、先生が?」
「ご存じなかったのですか」
「ええ、いつのことでしょうか」
「先週の土曜日から日曜にかけての夜です。ちょうど一週間が経過しております」
「でも、葬儀の通知とか……、ええと、こんな狭い島ですから、なにかしら連絡があっても良さそうなのに……」
「どうも親族が、家族葬でこぢんまりと済ませたいとの方針で、あまり部外者への通達はなされなかったそうですな」
鴇松がさり気なく付け足した。
「そうですか。すると、先生のご葬儀はもう終わってしまったのですね」
「はい。この前の木曜日に、羽茂のご自宅で行われました」
鴇松がそう告げた時、臼杵梢の祖母が、お茶といっしょに果物を盛った皿を運んできた。
「お仕事、ご苦労さまですっちゃ。さあ、召し上がれ」
「ほう、柿ですか……」
皮をむいて四つ切にされたオレンジ色の柿が、皿にいっぱいのっている。しかし、正直なところ、鴇松にとって柿はあまり美味しいといったイメージの湧かない果物であった。イチゴやブドウに比べてたいして甘いわけでもなく、ぱさぱさしていて、おまけに種まであるから、食べるのが面倒くさいのだ。でも、今この皿に盛られている柿は、種が見当たらない。
「おお、うまい……」
一口食べてみて、鴇松は思わずうなり声をあげた。これまでに食べたことがないほど糖度が高い柿であった。それに、果汁もたっぷりとあって、とてもジューシーだ。
「これって本当に柿ですか?」
思わず、とんちんかんな質問を鴇松は口にした。
「おけさ柿といいます。佐渡の特産品ですっちゃ」
祖母が得意げに答える。
「普通の柿といえば、木になっている時分から甘くなっている『甘柿』ですが、おけさ柿は『渋柿』なんですよ」
横から烏丸が口をはさんだ。
「渋柿を甘くする方法は、干し柿にするのも一つですが、おけさ柿はアルコール漬けにするんです。そうすることで、普通の甘柿よりもずっと甘い柿に変わるのですよ」
「そうですか。いやあ、柿という果物をあらためて見直しました」
鴇松は感心して、頭をぽんと叩いた。
「ところで、八月には本間柊人さんが、そして、十月には計良美祢子さんが、いずれも十六年前に廃校となった川茂小学校の関係者なのですが、相次いで不審死を遂げています。正直なところ、我々も捜査には行き詰っておりまして、臼杵さんになにかしら心当たりというか、思い当たることでもあれば、何でも構いませんから、お聞きしたいと思いまして、今日はここへ伺ったしだいですが」
鴇松は話を戻して、梢へ質問をした。
「そうですか。とはいっても……。あっ、そういえば、先生からこの前にお手紙をいただいています」
「ほう、手紙とね。ぜひそれは拝見したいものですな」
臼杵梢が持ってきた手紙も、若林航太が見せてくれたものと同じ内容であった。
「この手紙を見て、何かお感じになりませんでしたか」
「ええと……。いえ、別に……」
少し考え込んでから、臼杵は首を振った。
「十七年前の忌まわしき事件とありますけど、なにか心当たりはありませんか」
「それは、おそらく……。ミオさんのことだと思います。苗字がなんだったかしら……。
ごめんなさい。名前がミオなのはちゃんと覚えているのですが」
「その方がどうかなされたのですか?」
「自殺をしたんです。川小の音楽室で、早朝に首を吊って……」
臼杵梢が無念そうにうなだれると、長い黒髪がさらっと顔を覆い隠した。
「たしか、その少女は川茂小学校の卒業生だったと伺っておりますが……」
鴇松がうっかり質問をした瞬間、臼杵梢の目つきが今まで見せたことのないきついものと化した。
「どうやら、あらかじめお調べになられているみたいですね。でしたら、私から訊くことなんて何もないのでは?」
従順な娘とばかり思っていたが、臼杵梢は案外しっかりした気質の持ち主だった。すっかり油断をしていた鴇松は、慌てて言い訳を添えた。
「実を申しますと、計良先生はあなたのほかにも、その手紙を出されていたみたいで、若林航太さんと、金子亨さんのお二人も、計良先生からの手紙を受け取っていたのです。さきほどのあなたのご発言によれば、いずれも、川茂小学校に在籍していた児童たちですよね」
「航太君と金子君が受け取った手紙の内容は、私のと同じだったんですね」
「そうです」
「だから、あなたがたはすでに澪さんのことを調べ尽くしているにもかかわらず、私に何かをしゃべらせようとしたわけですね」
「いえいえ、我々の知っていることなんて、ほんのわずかに過ぎません。神楽澪さん――、ええ、苗字がカグラさんだということまでは調べてあります。ですが、彼女がどのような人物であったのかは、全く分かっていないのですよ」
鴇松の言葉を信用したのか、臼杵は素直に答え始めた。
「とてもきれいなお姉さんで、ピアノが上手で、欠点がどこにもなさそうな人でした。ただ、いつも寂しそうでした。私が小三の時に、東京から転校してきたんです。大都会からきれいなお嬢さまがやって来たと、当時の川小にいたみんなは、先生も含めて、大騒ぎになってしまって、みんながそろって、すっかり澪さんとの距離を置いてしまったんです。私はまだ子供だったから、ほかの人たちよりかは、澪さんと話をしていたように思いますけど、当時の私じゃお馬鹿過ぎて、澪さんと会話のレベルを合わせることなんてとても無理でしたから、澪さんは心配事があっても、誰にも相談ができなかったんじゃないでしょうか。
一度、私が澪さんに、東京ってすごい都会なんでしょう、と安易な質問をしたのですけど、私が住んでいたのは東京といっても二十三区じゃなかったし、と澪さんからはぐらかされました。当時の私にその言葉の意味が分かるはずもありませんでしたけど……」
「神楽澪さんのご家族は、どんなでしたかねえ」
「分かりません。澪さんのお家がどこにあるのかも、そもそも私は知りませんし」
これ以上神楽澪のことを訊いても、あまり成果はなさそうと判断した鴇松は、臼杵梢のアリバイを確認することにした。
「そうですか。ところで、計良先生が亡くなられた十月十二日の晩ですけど、あなたはどちらにいらっしゃいましたかな。いえ、別にあなたを犯人とお疑いしているわけではありませんが、いちおう、型通りの確認を取る必要がありましてね」
「十二日って何曜日ですか?」
「土曜日ですね」
「先週の土曜日ですか……。夜ですよね。私……、その日は一人でいました」
臼杵梢の小さな顔が、少しだけうつむいた。
「おうちでですか?」
「いえ、その日は仕事がお休みで、午前中は家でじっとしていました。でも、あまりに暇なので、何かしなきゃとあれこれ考えたすえ、岩首というところに高校時代の友達がいるのですが、久しぶりに会いに行こうと思い立ちまして、家を出たまでは良かったのですが、向こうに連絡をしておらず、行ってみたら留守でした。最初はタクシーを呼んで帰るつもりでしたけど、もったいないからそのまま歩いて帰って来ました。おかげで家へ着いたのは、十時になってしまって……。車がないと、佐渡って本当に不便ですよね」
「出発されたのが?」
「出発をした時は、お昼は過ぎてしました」
「随分とお時間がかかっているみたいですけど」
「その、恥ずかしくてあまり申し上げたくないのですけど、結果的に、私、その日は全行程を歩いて移動する羽目になってしまいました」
「ここから岩首という部落まで、どのくらいの距離がありますか」
「さあ……。十五キロくらいでしょうか」
「そんな長距離を。若い女性がお一人で?」
「そうですね。たしかに無謀そうですけど、車がなければ、意外と出来てしまうものですよ」
そういって、臼杵梢は、まるで天使のように、クスっと笑った。
「まるで取って付けたような言い訳でしたね。臼杵梢のアリバイ供述は。十五キロといえば九マイルに相当します。ハリイ・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』という小説を、警部補はご存知ですか。とうてい、通常の人間が歩いて往復できるような距離ではありませんよ」
帰りの車内で、烏丸がぼやきを入れた。
「それよりも、若くてきれいなお嬢さんが、さびしい夜道を一人でとぼとぼとねえ。別の意味で心配になってしまいます。まあ、十五キロといえば、片道で四時間ほどでしょうから、時間的にはつじつまが合っていますね。距離だって必要に迫られれば、そのくらい歩けないこともないでしょう。
それに、逆に考えれば、取って付けたような言い訳だからこそ、彼女の証言は十分に信頼できると思います。なにしろ、肝心の彼女のアリバイは不成立のままなのですからね」
助手席の鴇松は淡々と答えた。
本間柊人の実家は、臼杵梢の家から北へ五キロほど進んだ上川茂という集落にあった。この辺りは民家があちこちにポツンポツンと点在していて、どれが本間柊人の家なのか、最初はなかなか分からなかったが、結局、一番奥にあった一軒がそうだった。臼杵梢の豪邸と比べると、こちらはいかにも小作人といった感じの、質素な家である。
鴇松がここへやって来た目的は、本間柊人の妹の、本間桃佳に会うためである。弾崎の事件現場で、彼女とは一度話を交わしているが、桃佳も川茂小学校に在籍した児童である以上、そちらの方面からも色々と訊いてみたいことがあったのだ。
玄関口に現れた本間桃佳は、細身でコケティッシュな魅力を持つ女性であった。指先は落ち着いた雰囲気のネイルアートで手入れされており、髪は柔らかい感じのする栗色にきれいに染めてある。臼杵梢が女神のような美人とすれば、本間桃佳はさしずめ小悪魔チックな美人といえよう。
「今度は計良先生が亡くなったのですか……」
鴇松から計良美祢子の死を告げられても、本間桃佳はわりと落ち着いているように見えた。
「沢崎の断崖から突き落されたみたいですね」
「ということは、殺人……?」
「おそらく」
「でも、お兄ちゃんと先生の死は、なにも関連していませんよね?」
ツンとすましながら、桃佳が訊ねた。
「ところがですね、計良美祢子先生が亡くなった現場にも置いてあったのですよ。リコーダーが」
「そんなはずは……。だって、おにいちゃんのリコーダーはこの前引き取って、今はうちにちゃんとありますよ」
桃佳が初めてうろたえる表情を見せた。
「はい。ですから、沢崎の現場にあったのは、別なリコーダーでしたよ。新品のね……」
「きっと犯人が置いていったのですね。なんでそんなことを……」
「ところで、本間さん。あなた、計良先生から最近なにかをもらっていませんか」
「最近ですか? いえ、お兄ちゃんの葬儀の後は、そもそも会ってもいないし、ましてや贈り物などはいただいておりません」
どうやら、本間桃佳のもとへは、計良美祢子の手紙は送られていなかったみたいだ。神楽澪が自殺をした時には、本間桃佳はまだ川茂小学校の児童でなかったから、もしかすると、手紙は送られなかったのかもしれない。
「ところで、桃佳さん。お仕事は何をされていらっしゃいますか」
「小木の観光センターでカウンタースタッフをしています」
「いつから?」
「高校を卒業してからですから、今年で五年目かな」
「ここから小木までは、遠くありませんか」
「そんなことはありません。車で行けば、すぐです」
「お車の運転はなさるのですね」
「ええ」
「ところで、お仕事のお休みは?」
「月曜日と金曜日。いちおう週休二日をいただいていますわ」
「先週の土曜日、十二日になりますが、お仕事はされていましたか」
「先週の土曜日ですか……。もちろん、普通にセンターに勤務していましたわ。観光業って土日が稼ぎ時なのですからね」
「お仕事を終えられたのは何時でしたか?」
「六時過ぎだと思います」
「間違いありませんか」
「ええ。正確な時刻は調べてみなければ分からないけど、いつもそのくらいですから」
「そうですか。その後は何をされていましたか」
鴇松がしつこく迫るので、ようやく本間桃佳も気付いたみたいだ。
「どうやら私のアリバイを調べているみたいですね。ただ一週間も前となると、いちいち覚えてはいませんわ。でも、きっとその日も普通に家へ帰っていると思います。寄り道する場所なんて、佐渡にはどこにもありませんからね。ですから、七時過ぎには家へ着いているはずです」
「それを裏付ける証言をしてくれる人はいませんか?」
「いません。おそらく、母は証言することができないことでしょう。だって、家に帰っても母と会話しない日なんて、いくらもありますからね」
このあと、畑で仕事をしていた桃佳の母親を見つけて、鴇松は声を掛けてみたのだが、十二日の桃佳の行動については、あまりはっきりと覚えていない、と軽く返答されてしまった。