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月光花  作者: ファイアーバット城ケ崎
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交わり lifetime

「あ…あぁぁ…?」

 少女の様な見た目をした野生児が目を開ける。目を開けた先は明るい陽光が差した、白を基調とした部屋であり、数台のベッドが並べなれ壁際には薬品や怪しい色彩の植物や世間一般では見慣れない物が数多く、棚に収納されていた。

「んだよ、ここ」

 野生児は目だけを動かして、周囲を見回していた。

「俺は…あの時に負けて……」

 そう言って野生児は恐怖にうちのめされ、逃げ場を失った負け犬がするように震えはじめた。過去の記憶がフラッシュバックする、ゲニアにうちのめされるよりも以前の記憶である。意味の分からない言葉で罵られては殴られ、殴り返す毎日。今では醜い様相にしか見えない黒の法衣と逆十字を身に着けた老齢なる人間。戦が起き、目の前で他人の首が羽飛び血を浴びる自分自身。戦乱が終わった後、魚類とも爬虫類のどちらにも似つかない鱗をもつ人型の何かの集団が幾度も現れ、一人で迎え撃った記憶。

 彼女は自分が今もなお追われている事を思い出す。逃げなければならない、自分にはやるべきことがあるのだから。そういった思いから体を動かそうとするが身体が動かない、だが拘束具を付けられた形跡はない。だというのにまるで金縛りにあったように動けないでいた。彼女は自分が襲おうとした者は魔術師ではないかと思い至った。そして幾度も常軌を逸した鱗をもつ人型に襲われた為に、魔術師が召喚したのだと思い込み、あの魔術師が全ての黒幕ではないかという考えに至った。彼女は自分の命が敵の手に落ちたのだと勘違いし、死を覚悟した。彼女は生に執着しているために恐怖から目の焦点が合わなくなり、死する悔しさから歯ぎしりし始める。

「あ、気が付いたんだね」

 扉の方から声が聞こえたかと思うと、瞬きする間に野生児に寄って来た。その者はヒペリカムである、ヒペリカムは安堵した様な表情をしている。

「どうしたんだい?なに、君をすぐに取って食う訳じゃないよ」

 負け犬が震えながらゆっくりとヒペリカムの方に顔を向け、息も絶え絶えに声を絞り出す。

「俺を………どうするつもりだ」

「どうもする気はないよ、ただ君は健康状態が優れないみたいだし、良くなるまでここにいなよ」

「本当の事を言え」

 野生児は魔術師の胸倉を掴もうとしたが、動けずに焦点の合わない目でただ凝視するだけに終わる。

「私としてはこれが本当のことなんだがね、証立てが必要かな?」

 暫くの間、野生児はヒペリカムを眺めまわした。それは動物が自分の仲間かどうかを確かめる為ににおいを嗅ぎまわるのと似ていた。数分が経った。その数分は外観上は静寂そのものだったが、野生児の心中からすれば静寂からはほど遠いものであった。

「いや、もういい。俺が悪かった、襲ってすまなかった」

「折れるの早すぎないか、君」

「俺は大体の奴等から酷い目にあった、そしてそういった奴等は俺に酷い目に合わせようという意思を持っていた。だからそういうのは雰囲気で分かるようになったな、アイツらのせいで気が変になっちまってた。悪いな」

「酷い目にあって来た、か。まあそうだろうね。君の寝ている間に身体を調べさせてもらったけど、君は混血児なのかい?」

「あぁ?そうだな、神父と周りの人間が俺の事をそう言ってたな」

「君はその自覚はないのかい?」

「自覚も何も俺はコンケツジていうのが分からねんだよ、神父のクソジジイが俺にそれを教える前に俺を追い出しちまったからよ、それから暫くは誰かに引き取ってもらおうとしたけど誰も受け入れてくんなかったな。そして今じゃすっかり治まった内紛に巻き込まれて、こんなだ」

 そう言うと彼女は肌の一部を鎧とも言っていい物へと変えさせた。彼女は衣服以外何も身に着けていないが、その衣服は新しく新調した物である。そうであるが変身したのである。

「え、そうなると君は私と同年代ぐらいにはなるんじゃないか?」

「そうだな、お前の年齢は知らないけど20は生きているな」

 ヒペリカムはいつも通りに振舞っていたが、内心信じられなかった。混血児の存在もそうだが、都市の人々が彼女をあからさまに排斥した事実もそれに含まれている。都市の人々は信者として敬虔な信者であり、敬虔すぎる程である。だからこそ今まで混血児は産まれず、人道的問題として混血児が扱われなかったのだ。だがそんな事より、ヒペリカムが胸を痛ませたのは彼らは幼子よりも神をとり、恐らくは正義と称して幼子を痛めつけ、野生児にさせたことである。身長が伸びず、幼子のままなのは栄養失調によるものだろう。幼子には鳥は羽根を取り除き、焼いて食べるという知識すら付けさせずに鳥類をそのまま食わせ、敬虔な信者達は調理されて量さえわきまえれば病気に罹る事もない物を食しているという次第であった。正義や神の教えとはどうやら幼女を寄って集って虐める事らしい。

「なんだよ、急に黙りこくりやがって」

 ヒペリカムはハッとして意識を現実に戻した。ヒペリカムは混血児の境遇や辿って来た人生を想像し、自分と重ねていたのだった。正当であれなんであれ、悪を行っても罰されず、片や混血児は悪を行っているいないに関わらず罰される。

「あのさ、君。名前は」

「あ、俺の名前?俺の名前は………どれもムカつく奴しかねぇや、お前が勝手に呼べ。それが名前ってことでいいぜ」

「そう、じゃあ」

 ヒペリカムは暫く考え目を閉じた後、閃いたようで目を開けこう言った。

「これはどうかな『角馬 生心』ていうのは」

「なんでもいい、それで行こうぜ。後要件は今の所それだけか?俺は寝たいんだけどいいか」

「うん、まあいいよ」

「じゃ」

 そう言うと角馬はそのまま目を閉じた。

「じゃ、おやすみ」

 ヒペリカムはそのまま出て行った。足音が聞こえなくなると角馬は思案し始めた。

(アイツは俺が見てきた人間とは違うみたいだな、俺がコンケツジだっていう事を知っても差別しなかった…本当に信じていいのだろうか)

 角馬は初めて本物の友好のにおいを嗅ぎ取り、戸惑っていた。彼女は今までに仲間と言うよりは一時的な共生関係から誰かと行動を共にする事があったが、彼女が混血児である事を知ると差別が始まった。彼女はそれが鬱陶しいので野生児に成ったのだ。

(久しぶりにベッドで寝るな)

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