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月光花  作者: ファイアーバット城ケ崎
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-0.5

 暫くして彼女は自分が全く苦痛を感じていない事に気が付いた。それだけでなく、心の中に抱えていた罪悪感等のあらゆる負の感情が消えて楽になり、かつての何も罪を抱えていない頃に戻った気さえした。

 彼女は自分の体を動かそうとしたが動けなかった、正確に言えば動いた感触はあったが、最初から自分の体が無かったように前に踏み出した自分の足、掲げた腕すら見えなかった。


 周囲の状況も変わっている事に彼女は気づく。自分自身は今頃、海の藻屑となって消え失せた筈であるのに眼前に広がる光景は天国とも地獄とも異なっていた。目の前は煌びやかでかつ荘厳なる海水が覆い、透明感がある。あまりに煌びやかである為に、これを見た者は一瞬何も思考できなくなりただただそれを見つめるばかりである。また、周囲を見渡すとギリシアの古い神殿が広がっているが、地面にあたる部分が海底のそのものであり、そこにはメダカがいるかと思えばアノマロカリスや鮫、鯨もいた。海水を問わず水中に生息する生物が様々な時代の垣根を越えて存在していたが、奇妙にも食物連鎖がないようである。あまりに異様な光景ではあるものの決して恐怖は感じられず、それどころかそこに居れば安心感さえ得られた。さながら海中の楽園である。

「ようやっと気が付いたようじゃな」

 嗄れてはいるが威厳のある声が響いた。ただしどれだけ見渡しても姿を見つける事はできない。

「全く姿が見えませんが誰ですか?」

「儂は所謂、神と言うやつじゃよ」

「神だか何だか知りませんが、私は一体どうなっているんです?」

「魂だけの状態じゃ、死神と取引してお主を貰ったんじゃよ」

 それを聞いた彼女は落胆し、溜息をついてこう言った。

「それじゃあ私は業火で焼かれる事も、何日も落ちていく感覚を味わうこともないと、そういうわけですか」

「ま、そういうことじゃな。お主にはやってもらう事がある故な」

「やる事ですか」

「そうじゃ、お主にはある一人の人間、いや人間と呼ぶには怪しいか。兎も角救ってもらいたい存在がいるんじゃ、その為にお前には転生してもらう」

「他人の命を奪い、あまつさえ自分自身さえ救えずに死んだ女に任せますかねそういう事」

「お主が適任なんじゃよ、会って暫くすれば分かるじゃろう」

「そう言われてもですね、まあ良いですよ。それでそれはどういった人物なんですか?」

「申し訳ないんじゃが、それを今言う事は出来ない。他の世界線の言葉や存在を詳しく言ってはならんことになっておる」

 彼女はまた溜息をつく。それも無理からぬ事ではある。自分の望みは達成されなかったというのにその上、自分が嫌がった生きる事を強いられるのだから。

「はいはい、そうですか。それならそれで結構ですよ、会えば分かるから私を選んだんですよね」

「そうじゃな」

「連れて行ってくださいよ、とっととね」

「やる気があるようでなによりじゃ、それでは転生させるぞ、それ!!」

 数秒後に大音響が響くと、彼女は自分の体が段々と浮き上がるのを感じた。その後、光に包まれていくのを感じながら気を失った。




















 彼女が転生してから24年の月日が経った。彼女は目が大きく端正な顔付きで、体付きは男性になったがしなやかかつ中性的な見た目であり、男装すれば男性に、女装すれば女性に見えた。名は「ヒペリカム」と名付けられた。性自認は不明である。ある時は男として過ごす事もあれば女性として過ごす事もある。両親の莫大な財産により、ヒペリカムは働かずとも一生を終えることができた。ヒペリカム一家が持つ特徴として一つの国家に一人しかいない魔術師を輩出する家だった。古来では魔術師は多く存在したが、魔術を行使するうちに未熟な者は命を落とした。魔術の行使により命を落とした者は「月に吸われた」という表現をするが、何故そのような表現をするかは不明である。腕の立つ魔術師は弟子をとる事があったが、月に吸われない様にする為に厳しい訓練を強いた。その訓練の過剰なまでの厳しさにより、何時しか魔術師になろうという者は存在しなくなった。だが、魔術が齎す価値は多くの人々にとって非常に魅力的であった。化学が発達していない時代であるなら尚の事である。そこで国家の支援を受けつつ、指定された家庭は魔術師を輩出することを義務付けられた。そこから更に時代は流れ、国家によっては魔術師が幕末の志士のようになることもあれば、戦争に駆り出されて犬死にするなどして数が減り続けた。そして更に国家間の様々な条約が絡み、国家に原則として魔術師は一人だけという事になった。

 彼女が転生した惑星の名は「ポントス」。ポントスは海が8割で陸が2割の惑星である。自然環境や気温、文化は地球と非常によく似ている。この世界において地球と違う点と言えば、海の満ち引きによる海面上昇や海面下降が著しく、それで島が沈む事もある。その為に魔術と化学を織り交ぜて強化された鉱物やガラスを使用して島をすっぽり包み、沈んでいる間を凌ぐことがある。

 主な種族として人間と「ヘーテミオス」という種族がいる。人間は地球に居る人間と何ら変わりない。ヘーテミオスという種族は人間体は普通の人間と何ら変わりはなく「守護聖器」と呼ばれる種々雑多な物品を肌に触れさせ、とてつもない戦闘能力を誇る異形へと変身する。短命で20になる頃には皆、例外なく死ぬ、その為かヘーテミオスは多産である。ヘーテミオスは種族柄感情的に生きる者が多く、良心的な者は良い意味での刹那主義、その瞬間を大切にするという思想を貫く者が多いようである。時々、長寿である人間を羨み事件を起こす者もいる。そして人間もまた、強大な力を持つヘーテミオスに嫉妬する者もいる。

 一方で人間とヘーテミオスの混血は異端とされており、この場合のみ死刑が適応されるという過激ぶりで、これには宗教が絡む。彼ら信仰する宗教曰く、ヘーテミオスは元は邪なる存在であったが、守護聖器の中に自らの産まれ持っての邪悪を封じ込めることで、変異の力を正しく扱い、人間と等しく地位を保っている。混血児は守護聖器が無くとも変異する事ができ、守護聖器に邪悪を封じ込めていないのでその力は悪しき事にしか使われないという事である。現実的に考えてみるならば、変異を封じたいのであれば守護聖器を取り上げればよいが混血児にはそれが効かず、重要な催事に暴れ回るという事をされてはたまらないからだろう。ただそれだけではないという仮説もあるが、どれも憶測の域を出ない。

 ヒペリカムがこの世界に来て知ったことは以上の事である。

 

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