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月光花  作者: ファイアーバット城ケ崎
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ー1

初めまして、ファイアーバット城ケ崎です。この度初めて投稿しますので至らぬ点は数多くありますでしょうが、よろしくお願いします。

 朝になり、とある一軒家に光が差す。その光は部屋で寝ている一人の人物と汚い部屋を照らし出した。

 その部屋は足の踏み場もない程の様々な衣類や物品があったが、その中には力任せに壊し、破いた物もあった。それらの壊された物には規則性がなく、一つ何億はするだろうかという高価な物から値段のつけようもない位の安物まで、一時の衝動によって壊された様だった。そして中でもその部屋の中で目立つのはゴミ箱代わりに置かれた多量のビニール袋とその周辺の環境である。長い時間が経った物もあるのかビニール袋の中から様々な腐臭や悪臭が漂っている。そしてそのビニール袋の中身からは黒光りする昆虫が見え隠れし、ゴミの上にはハエが集っていた。部屋の中心には人一人が優に寝転がれるであろうソファがある。年代物の代物だったのであろう面影はあるが、飲み食いするときに零れ落ちたであろう飲食物や部屋の住人の汗などによって汚され、かつての威光や厳格さは微塵も感じられない。


 そのソファの上でたった今しがた目覚めた人物がいた。痩せ細った体形であるが骨格それ自体はモデルに似ており美人に化けそうである。無造作に生えた黒髪は汚泥のように汚く、全く整えられていない無秩序な状態であった。顔は努力をすれば美人なのだろうがその努力をしていない。目は明らかに異常な光り方をしており、人間と言うよりは醜悪なる習慣をもつ類人猿のように思える。肌は荒れ放題、そしてニキビが肌一面に生じている。こういった彼女の総合的な面で「こうすれば美しかったのだろう」という彼女が本来得るはずであろう美しさを想像させる体であるにも関わらず、目の前の全く清潔さを感じさせない皮が独特な不潔感を与え、部屋全体の情景から想起されるであろう堕落しきった生活と合わさり、正常な人間であれば大いに嫌悪感と不安感を煽り立てさせた。

 彼女は大きく伸びをした。そして辺りを見回した後におもむろに立ち上がり、使い古されたのと腹立ちまぎれに叩きつけたりしてボロボロになった帽子を被り、ため息をついて家の外に出た。





「あら、あの子今日は出てきたのね」

「前よりも不潔になってないかしら」

 近場に住む隣人である婦人達が井戸端会議をしている様だ。

「それにしても、あの昔起こった殺人事件の真犯人が見つかって、あの人は気に病まなくていいし寧ろ喜ぶべきなのにどうしてああなってしまったのかしらね。何か知ってる?」

「いいえ、何も知らないわ」

「何と言うか不憫よねぇ、彼女。大企業の偉い役職になっていたっていう話なのに。それがああなるなんて」

「これはここだけの話、一説なんだけどね。本当に彼女が殺したんだけど、企業側が彼女を手放したくなかったから根回ししたんだっていう説があるらしいわ」

「そんな噂どこから入って来たのよ、彼女はこうなる前はもの凄く優しかったじゃない。それがどうして人を殺せるっていうのよ、アンタまさかあの子の事を疑ってないわよね」

「そんな事ないわよ、でも何か近づき難くはなったじゃない、彼女」

 話題の人物となっている女は、婦人たちの会話を気にする事もなく、ただ一点に目を向け歩いていく。彼女が目にしているかは知らないが、いつの間にか空は太陽こそ見えるものの暗雲が立ち込め不吉にうねっていた。






「今日なんだ今日決行に移さなければならないんだそうでなければならない私は罪人なのだから法が裁かないなら自分自身で裁くのだああクソ何故私は罪を犯しながら夢を追いかけようとしたのだそれにしてもあの度し難い行為を行って夢であの日の事が毎日のように出てきて罪悪感に苛まれながらよくもまあ生きてきたもんだなまあそれも今日までだ今日でなにもかも決着がつくんだ私自身くだらない命だと思いながら決心にここまでかかるとは想定外だったがまあいいさもう終わりになるんだからな気にする必要はない気にする必要はないんだ」

 そんな事をぶつぶつと小声で言いながら歩道を歩いていた。道行く人々は彼女のあまりの悪臭と身なりの汚さと尋常ではない気迫に思わず道を譲った。

 彼女は海の方へ向かって歩いていた。足がヒビ割れて悲鳴を上げそうになっているのにも関わらず彼女は歩き続け、辿り着いた。


 時刻は朝から夕暮れになっていた、水平線に太陽が沈んでいく。その光景はとても美しかった。

彼女もその光景を美しいと思ったが、彼女には「こちらにおいで」と優しく手招きしているように思えた。

「私には何の価値も無いがこんな別嬪さんが処刑場の観客になってくれるとはな過ぎたるものだ全く」

 彼女は夕日に向かって歩いていく、足元を海水が濡らす。彼女にはその感覚がとても心地よかった。欲していた自分自身の死が確実に近づいていくのを感じたからだ。

 海水が彼女の体を侵食していく。彼女は自分が身に纏った汚泥が彼女自身の中にある罪悪ごと洗い流されていく心地だった。彼女は足りないと思った、自分の身も心の何もかも隅々まで洗って誰に言うでもなくサヨナラしたいと、そう感じた。

 空はもう暗雲がすっかり覆っている。ことに今回の雲は黒より黒く見え、それが纏う気は処刑人の刃を想起させた。大地と海は今でこそ静かだが、その静けさは狩る者が獲物を追い立て、機を伺う静けさである。


 やがて天候は嵐となった。海は荒れ、風はうねった。

 彼女の体は容易に弄ばれた。寒さと呼吸のできない肉体的な辛さが彼女を襲う。だがそれでも、精神的な喜びが勝った。これでなにもかも許される、洗われたのだ、私は救われたのだという歓喜が彼女の心を染め上げていく。

 彼女は言う事をまるで聞かない体を辛うじて動かし、感謝の意を示すように眼前にある海水を人に見立て、抱き枕を抱くように海水を抱いた。

 こうして現代人種が産み落とした徒花は種子を残す事もなく枯れはてるのだった。

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