第49話 確かなこと
「夏輝から伝言」
「うん?」
「想の好きなようにやれって。それで、もし嫌なことあったら、いつでも電話してこいってさ。笑わしてやるからって、言ってたぞ」
「……そっか。うん、伝言、ちゃんと受け取りました」
「電話で言えばいいのに」
「そうじゃないんだよ。それを陸斗が伝えるってことに意味があるんだよ。たぶん」
「たぶんって。けどまあ、あいつのお陰で想に会えたようなもんだからな」
「ふうん。夏輝って箱入り息子だと思ってたけど、意外とやるね」
「俺の捜索願い取り下げるために帰ったんだよ。結局だめにしちゃったけど、時間は稼げたからな」
「お土産のひとつでも持って帰らなきゃね」
「お土産ねえ。牛タンかな」
「牛タンかあ。いいね」
小西さんの家のすぐ裏手に、小川が流れている。幅は狭く、古い木製の橋がかかっていて、そこにふたりで座り込んだ。足の裏を冷たい水が滑るように流れていく。
透明な流れの水の音が辺りに響いて、広い空に響く風の音と混ざり合う。こうして座っているだけで、日常のごちゃごちゃしたことを忘れてしまいそうだった。
「大人って、何歳かな」
「ええ……普通に考えたら二十歳じゃねえの。成人式あるし」
「二十歳……てことは七年かあ」
「ちょ待て、七年後つったら俺二十二とかだし」
「だって僕が大人になんなきゃ家出られないんだったら仕方ないでしょ」
「……なんか不公平っつうか」
「ゴネないの」
俺の左隣に座った想はそう言って、目を細める。睫毛が上下して、綺麗な鼻筋の下の唇が、にっ、と横に広がった。惹きつけられるように、その唇にキスを落とす。
「……何回目。僕たちキスばっかりしてる」
「だって、暫くできねえもん」
「だからってこんなにしてたら腫れちゃうんじゃないの」
「腫れないって。な、もいっかい」
「もー」
想は文句を言いながらも目を閉じて、俺の頬にその指をあてがう。少し冷たい体温が心地よくて、そっと手を握った。小さな手だ。これからこの手はなにを掴むんだろう。この指は、なにを数えるんだろう。
「ねえ陸斗」
「うん?」
「……月が、綺麗ですねえ」
想はやけに幸せそうに笑ってそう言ったあと、照れたように目を伏せた。一瞬なんのことか解らずに空を見上げてから、思い出した。そういえばいつだったか、保健室で夏輝が教えてくれたんだ。
「俺も、そう思います、よと」
「ぶ。そういう返しでいいんだっけ」
「わかんね。けど、まあそういうことだろ」
「陸斗が知ってるって思わなかった」
「まあな。俺も知らないのが自然だと思った」
「なにそれ」
想はくすくすと笑って、裸足の足指を川の水に少しだけ浸けた。冷たい、と呟いて、肩を震わせる。それから首元にかかったネックレスの指輪を指先で摘んで、ちらりと俺を見上げてからまた目を伏せた。
「ね、七年後ね」
「うん」
「そのときも、月が綺麗だったら……いいね」
「きっと綺麗だよ」
「うん。きっとね。……ね、陸斗」
「なに?」
俺に目を向けてから、想はやわらかく、やわらかく笑って言った。
「僕ね。陸斗の弟で良かったよ。ありがとう」




