第38話 未知との遭遇
「おかわり」
「ふざけんなてめぇ、四杯目だぞ」
どうしてこんなことになっているんだろう。我が家――といっても築五年の2LDKのアパートだけど――のダイニングで見知らぬ男がうちのカップラーメンのストックをことごとく消費していく。
こいつの腹にあっさりと収められてしまったカップラーメンたちは、俺の休日の昼飯になる予定だったものだ。しかも、四杯目を要求してきた。冗談じゃない。だけど、ふざけるなと文句を言いながらも早速立ち上がって四杯目を用意している自分にも呆れる。
小さな窓の外、さらさらと雨が落ちる音がする。少し冷たくなった風が入り込んで、ほっとする。
水本を自転車から降ろして別れたあと、いったん家に帰った。それから財布を持ってコンビニで飲み物でも買うついでに雑誌を立ち読みしようと家を出て、近道のためにアパートの裏手にある公園を横切った。
そうして、見慣れた公園のベンチの側で四つん這いになって打ちひしがれているこいつを、見つけてしまった。思えば、あの時点で見て見ぬふりをしてしまえば良かったんだ。いったん通り過ぎて、やっぱり気になって声をかけてしまった。俺のばか。
どうしたんだと声をかけるとこいつは眉をハの字にして、蚊の鳴くような声で、腹が減って立てないと言った。この平成の時代に行き倒れなんて意味がわからない。
取り敢えず見たところ学生のようだし、かなり怪しいとは思ったけれど、見かけによらず人のいい俺はこいつを放ってはおけず、家まで連れてきてしまった。俺のばか。
「うぁあ、生き返った! 美味かった! あー、死ぬかと思った!」
「……そうか。そりゃ、四杯も食えばな」
目の前のこいつはえへへと後ろ頭を掻いて、ごちでした! と手を合わせた。
「てかお前、なんであんなとこで行き倒れてたの。金持ってねえの」
「いや、コンビニ行こうと思ったら腹が減りすぎて目が回った。すげえよ、星がこう、くるくるって回んの。俺はじめて見た! 見たことある? ちかちかー、って」
「……ねえよ」
食った途端に元気になってべらべらと喋り出した。俺は、お喋りな奴は嫌いだ。嫌悪感たっぷりに睨んでから返事をしたのに、こいつはまだなにか喋っている。
「じゃあ俺そろそろ行くわ! ゴチんなったな! こんど礼におごるわ!」
「今度があんのかよ。礼はいらねえからさっさと出て行け。傘はくれてやるから持っていけ」
「おう! 助かる! じゃあな!」
そう言って勢い良く立ち上がったそいつは、途端に短い呻き声をあげてしゃがみ込んでしまった。一体なんなんだ。今度は、なんだ。
「うわ、なにこれ……。マジいてぇ」
テーブルの向こうで、寝癖なのか何なのか、ひと束だけ立ち上がった髪が揺れる。なにごとかと屈んでみたら、床にへたり込み、真っ赤に染まった爪先をつついて顔をしかめるそいつがいた。
「なんだそれ! ちょ、お前靴下脱げ。何したらこうなったんだ」
「何したんだっけ。ああ、歩いたんだ。……どうしよう、痛すぎて立てない」
「いいから脱げって。今手当してやるから」
「ぬ……、脱げって、ここで……? あいたっ!」
交差させた手を胸のあたりに当てて上目遣いで俺を見上げたから、思いきり後ろ頭をぶっ叩いてやった。ふざけている場合じゃない。
「ひでぇな、これ」
「な。いててて。痛いって」
靴下を無理矢理剥がして、椅子に座らせてから足を洗面器に張ったお湯に浸けた。ぼんやりと赤い血が浮かんで、透明なお湯が微妙に赤くなる。足指の間で、中途半端に剥けた皮がべらべらと泳いだ。
タオルに足を乗せてから救急箱を取りに立つ。確か、隣の部屋にあった筈だ。
「洗って消毒して。空気に触れないようにしとくんだよ、こういうのは」
「なあ、その髪って何色? 金髪? 目も茶色くない?」
「人の話を聞け。生まれつきだ」
「へえー。綺麗だなあ。似合ってるし」
そいつは隣の部屋から戻った俺を見上げて、心底感心したようにそう言って笑った。
「学校、なんか言われねえ?」
「言われる。でも校則で染めるの禁止だからこのままにしてんの」
「ふ。お前、おもしれーな」
「面白くはねえよ。こいつのせいで色々勝手な噂されるし」
「ふーん? どんな」
絆創膏を指と足の裏に貼って、できた、と足を叩いた。そいつは呻き声を上げて、テーブルに突っ伏した。
「まあ、あることないことだよ。実は裏で悪いことやってるとか、関わるとろくなことにならない、とか。人って自分たちと少しでも違ったりするとすぐそういうことする。ほっときゃいいのに」
「……そっか」
「面倒だからだからさっさと染めりゃいいんだけど、それもなんかな」
そう言って笑って見せたら、そいつは思いの外ぼんやりとした顔で、ただ頷いた。
「……その足じゃ暫く動けねえだろ。少し休んで行けば。今日母ちゃんいねえけど、飯くらい出せる」
自分でもどうしてそんなことを言ったのか、よくわからなかった。ただなんだか、その表情が気になって、放っておけなかった。
「まじで? そりゃ助かるけど、でも……俺、人捜ししてんだよな」
「人捜し? 誰捜してんの」
「……弟。この街のどこかに居る」
「弟ぉ? 何、生き別れかなんか? ドラマみてぇ」
テーブルを挟んで座って、救急箱の中身を整理しながらそう言ったら、そいつは苦笑いを返して、首から提げたネックレスの先についた小さなリングを指先で弄りながら、長い溜息を吐いた。
開け放った窓から吹き抜ける風が、寝癖の束を揺らす。何やら深刻な事情があるらしいけれど、その寝癖のせいでどうも締まらない。
「お前、名前は? 歳はいくつ」
救急箱を閉めて、立ち上がる。元の場所に戻しておかないと母ちゃんがうるさい。
「水本陸斗。中三。陸斗でいいよ」
「え、中学生!? 高校生か大学生だと思ってた。お前、老けるのもたいがいにしろよ」
「何だそれ……。お前は?」
「早川友也中一。じゃあ友也でいい」
「中一? 想と一緒……。お前もたいがい老けてんじゃねえか」
あれ。そういえば、今日転校してきたあいつも確か、水本とか言う名字だった気がする。陸斗は弟を捜しに来たとか言ってたし、まさか、いや、そんなうまい話は。
「水本…うちのクラスに今日転校してきた奴も水本って言ってような気が」
「は!? え!? まじで!? 嘘!」
「嘘ついてどうすんだよ。下の名前、何だったかなあ」
「想! 水本想?」
そんな名前だったような気もしなくもない。だけど自信がない。曖昧に笑ってみせたら、陸斗は一瞬だけ項垂れて、次の瞬間には顔を上げて俺に詰め寄った。何を言い出すかは、想像に難くないけれど。
「家、わかる? 連れて行け!」
「知らねえよ! 今日転校してきた奴の家なんか分かるわけねえだろ!」
「……それもそうか」
陸斗はまた項垂れて、長いため息を吐いた。空気が鬱陶しい。けど、もしこいつが探しているのがあの水本なら、どうにかできないことはない。
「明日、学校でブラスバンドの発表会があってさ。土曜だから普段なら休みなんだけど、何故か全校生徒集まって体育館で演奏聴かなきゃいけないんだよ。まあ午前中だけなんだけど」
「うわ、めんどくせぇな」
「だろ? まあそれで、その帰りにでもここに連れて来ようか。水本」
「えっ!」
陸斗の顔が一瞬で明るくなった。思っていることが全部顔に出るのか、こいつは。あまりにも素直な反応だったから、思わず頬が緩んだ。まるで犬みたいだ。見えない尻尾をこれでもかと振っているのが見えた気がした。
「まじで!? え、ほんとに!? お前、いいやつだなあ!」
「ほんとだよ……自分でも嫌になる」
苦笑いしてみせたら、陸斗は楽しそうに笑った。ダイニングの網戸に雨宿りの蝉がくっついて、けたたましい声で鳴きはじめた。思わず耳を塞いでから陸斗のほうを見たら、じっと蝉を見てなにか物思いに耽っているようだった。
こんなふうにふと見せる表情が、何だか気になる。考えてみれば、こんなにぼろぼろになってまで弟を捜さなきゃいけない理由って、何なんだ。
飛び去った蝉を見送った陸斗は我に返ったように瞬きをして、頬杖をついた。
「な、聞いてもいい? なんで、弟捜し?」
言ってから、はっとした。なにか事情がありそうなのは普通に考えたらわかる。もしかしたら話したくないかもしれない。無理に聞き出そうとするのは良くないことかもしれない。
「あ、いや。話したくなかったら別に」
「聞きたくなかったら聞かなくてもいいけど、一つ約束して」
「え?」
「ノーリアクションで、頼む」
陸斗はそう言って無理矢理口を横に広げて笑おうとしてやめた。それから頬杖をつき、窓の外に目をやってゆっくりと話し始めた。
中学一年の春に腹違いの弟と出会ったこと。すぐに弟は、陸斗にとってかけがえのない存在になったこと。母親の不倫と、それが父親の知る所となって弟と離れ離れになってしまったこと。それから、陸斗を側で支えてくれた友達のこと。
陸斗はそれらを、途切れ途切れに、時々目を伏せながらゆっくりと話した。そして、自分が弟に特別な感情を持っているということを、喉の奥から声を絞り出すように、話した。
「……うん」
ノーリアクションでと言われたからには、何も言えない。ただ頷いて、陸斗の次の言葉を待った。陸斗はテーブルに突っ伏して、長い長いため息を吐いた。
「想はさ、俺を兄貴だって、思ってんだ」
「うん」
「兄弟、兄弟、って、あいつの口から何度聞いたことか。わかってんだけどな。それでいいんだって」
組んだ腕に顎を乗せて、拗ねたようにそう言って視線を泳がせる。
「だいたい、普通じゃねえからな、こんなん。万が一叶ったとしても、どうしようもないわけで」
「……お前は、俺に何を言ってほしいの」
「え?」
「俺に、同情してほしいわけ?」
普通じゃない、と言うセリフに引っかかった。たいていそんなことを言う奴が他人に自分の話をするのは、そんなことないよ、大丈夫だよ、なんて言って同情されたいだけなんだ。自分が楽になりたいだけじゃないか。他人に重荷を背負わせたくない振りして背負わせて、悪かったな、なんて言って勝手にスッキリして、悲劇のヒーローを気取るんだ。なんて気に入らない話だ。
「普通じゃねえよ。お前のそんな感情なんか。腹違いつっても血をわけた兄弟で、男同士で。ほんっと、普通じゃねえ」
「……二回言った」
「何回でも言ってやるよ。なあ、俺のこの髪だって普通じゃねえだろ。だから何なんだよ」
「まあ、そりゃ、でも」
「普通じゃないからって別に悪いことしてる訳じゃねえし、関係ない奴には言わせときゃいいんだよ。他人なんか、なに言ったって責任がねえから言えるんだよ」
この髪のせいで店に行けば万引きを疑われ、学校に行けば教師に殴られた。事情を知らない奴らにあることないこと言われて、説明したところで、だからどうした、と言われる。もう、慣れてしまったけれど。
「お前がちゃんとした気持ちで弟のこと想ってんなら、それでいいだろ。普通とかそうじゃねえとか、ここまで来といて今更拘んな。往生際が悪いぞ」
「ノーリアクションのはずが……」
「ああ、忘れてた」
一気に喋ったら喉が渇いた。冷蔵庫からよく冷えた麦茶を取り出してグラスに注ぐ。すぐにその表面に小さな水滴が浮かんだ。
空になっていた陸斗のグラスにも注いだら、陸斗は黙って受け取ってすぐに飲み干してしまった。さっき散々飲んだのに。すぐに二杯目を注いだら、今度は小さく、さんきゅ、と呟いた。
「現実問題、兄弟ってのはもうどこまで行っても兄弟だからな」
「……うん」
「だけど、知ってて欲しいんだろ? 弟に」
「……うん」
「伝えに来たんだろ?」
「……うん」
「これからどうなるとかそんなことは置いといて、知ってほしい」
「……そう」
「じゃあ、まあ、伝えるだけ伝えなきゃお前、自分が納得できねえだろ」
「だけどなんかそれも勝手な話だなって」
「知るかそんなもん」
頬杖をついて浮かない表情を浮かべる陸斗にそう吐き捨ててみせたら、陸斗は呆れたように苦笑いをつくった。
「けど、逃げ道は作っといてやれよ。お前の独りよがりとも限らねえしな」
「う……、まあそれはそうだけど。いや、多分そうなんだろうけど」
陸斗はそんなことを言って頭を抱える。つまり、片想いの可能性のほうが高いってことなんだろう。もしそうだとすれば、こいつを唯一の居場所だと感じていたときに始末が悪いといえば悪い。純粋に兄弟として慕っていた場合、弟は確実に居場所をなくしてしまう。離れているとかいないとか、そういうこととは別の話で。
「俺が言うのもあれだけど、まだ弱いんだよ。強がったってどっかでまだ甘えたがってる。居場所がなきゃ、すぐに壊れてしまう」
「わかってる」
「……まあ、そこはお前のやり方次第だよな。お前単純そうだしなあ……。ちゃんと頭使えよ?」
「余計なお世話だ。頭くらい使う」
陸斗は不貞腐れたようにそう言って、目を擦る。どうやら眠いらしい。
半分だけ麦茶の入ったグラスを、陸斗はぼんやりとした目で見つめる。それから深いため息を吐いて、なんでだろ、と呟いた。
「なにが」
「え、いや。なんで俺、想が好きなんだろうな」
「俺に聞くなよ……。まあ、今だけかもわかんねぇし、気の迷いってこともあるし。だけど今好きなんだったらそこは深く考えなくていいだろ」
苦笑いを浮かべてそう言ってみせたら、陸斗はむっとしたように唇を尖らせて俺を見上げた。
「気の迷いなんかじゃねえし。それに俺はずっと、死ぬまであいつだけだよ」
死ぬまで、なんて。そんなことをさらりと言えてしまうほど、こいつはまだ子どもなんだ。
「簡単にそんなこと言うな。大人になればもっと世間が見えてくる。自分が思うままに動いたら誰がどんなふうに傷つくのかってことが、ちゃんとわかってくる。だから大人はみんな保守的になっちゃうんだよ。好きに動けるのも今のうちだけなんだからさ。だから伝えろって言ってんだよ」
陸斗は眉間に皺を寄せて少しの間黙り込んでから、短く息を吸い込み首を傾げて俺を見上げた。
「お前、いくつだっけ」
「え? さっき中一って言っただろ。十三歳だよ」
「苦労したんだな。なんか、大人と話してるみたいだ」
「そんなこたねえよ。まあ、人並みには苦労してるけど」
記憶にないくらいに小さな頃に施設に預けられた俺は、小学校の低学年のときに、里親になってくれた今の両親の元に来た。なんでも、生まれた子どもが金髪だったもんだから両親が揉めたらしい。詳しいことは知らないけれど。そして、今の父親は俺が小学校の五年生の頃に飛行機事故で亡くなった。波瀾万丈ってこういうことかもなあ、なんてぼんやりと思った。
「ま、少し休んでろよ。俺ちょっと買い物してくるわ。なんか食えるもんあるか?」
「肉。仙台牛」
「死ね。名取川の河原で野垂れ死にしてしまえ」
「すいませんでした。なんでも食えます」
買い物に行っている間休んでいたらいい、と、隣の和室に布団を敷いたらその途端にごろりと寝転がって、大の字になっていびきをかきだした。よっぽど疲れていたのか、警戒心の欠片もないことに驚く。まあ、人のことは言えないけど。
翌朝に夜勤から帰ってきた母は布団に横たわってすやすやと眠る陸斗を見て驚いていたけれど、軽く事情を話すと、じゃあ仕方ないねえ、とだけ言って笑った。俺の世話好きはたぶん、母譲りだ。たぶんそういうことは、血の繋がりとかそういうことは関係ないんだとも思う。
看護師をしている母は陸斗の足の応急処置を見て、えらいえらい、と笑った。
「じゃ行って来るから、そいつ起きたらテキトーに飯でも食わせて。昼前には帰るから」
「はいはい。水本くんが来てくれるといいねえ」
「だな。じゃ行ってきます」
靴を履こうと玄関に立ったら、陸斗のぼろぼろになった革靴が目に入った。硬そうな靴だけど、どれだけ歩き回ればこうなるんだろう。
金属製の重いドアを開けたら、鬱陶しい程の青空が広がっていて思わず呻き声が漏れた。
教室に着いたら早速、三上が俺の前に立って何やら文句を言い出した。こいつはいつも俺をゴキブリか何かを見るような目で見る。そんなに嫌いなら関わらなきゃいいだけなのに。
「ちょっとあんた! 昨日のあれは何なのよ! せっかく私と水本くんがいい感じだったのに!」
水本の迷惑そうな顔を見る限りでは決していい感じだったとは言えないんだけど、こいつの目にはそう変換されて映っていたのか。女ってのはつくづく都合のいいように出来ている。
水本はまだ学校に来ていないようだ。そういえば、あいつは今日が登校日だってことを知っているんだろうか。
「なんか言いなさいよ! だいたいあんたね、学校にサングラスなんかして来るんじゃないわよ!」
「うるせぇな、目弱いつってんだろ。どっか行けブス!」
「私はブスじゃないわよ! これでもそこそこ可愛いって言われるんだからね!」
「は? お前の周りの奴ら一回眼科行ったほうがいいんじゃね? 眼球腐ってんだろ。いっぺん取り出して消毒してもらえ」
「ああむかつく! もういいわよ! 今日悪さしたらただじゃおかないからね!」
「はいはい。あっち行け! うっとおしい!」
三上は憤慨しながら自分の取り巻きが集まる場所に移動する。三上の機嫌を損ねないようにあれこれと気を遣う女子たちが、よくあんな人と話できるね、すごいね、なんて言っている。それを聞いた三上は更に調子に乗って、あんな奴私がいつか潰してやるんだから、なんて息巻いている。俺はあいつに潰されるようなことをした覚えはない。
「水本くん! おはよう! 昨日は邪魔が入っちゃったけど、今日は一緒に帰ろうね! ねえねえ、下の名前で呼んでもいい? 想くん、って!」
「え……、そりゃ、構わないけど」
教室に一歩足を踏み入れた水本の側にまるでピンポン玉のようなスピードで飛んで行き、捲し立てるようにそう言ってにっこりと笑う。水本は困ったように笑って、俺の姿を見て軽く手を上げた。
「ええと、早川。昨日はありがとう」
「おう」
俺の机の側まで来てそう言って笑った水本を見て、三上はまた頭に血を昇らせていた。それから俺と水本の近くまで来て、動向をじいっと見ている。本当に鬱陶しい。
「あ、水本」
「ん?」
水本は少しだけ首を傾げて、俺の目をじっと見つめた。
ああ、間違いない。こいつ、陸斗に似てる。癪だけど、三上のお陰で下の名前もわかった。
「……犬」
「え?」
「犬拾ったんだ。公園で」
水本は真意をはかりかねたように首を傾げて、そのまま一応頷く。
「大型犬なんだけどさ。見に来ない?」
「あんたんちアパートでしょ!? 犬なんて飼えないじゃない! しかも大型犬って、なに考えてんのよ! 水本くん犬嫌いかもしれないでしょ?」
水本に言ったのに、水本が口を開いてなにか言いかけた途端に三上がそれを遮って大声で捲し立てる。本当にこいつは、うっとおしい。水本は苦笑いしながら三上を見て、眉を下げた。
「うるせぇ! お前もう向こう行け! 目障りなんだよ、ブス!」
「またブスって言った!」
「三上さん、少し静かにして貰えると助かるな。今、早川と話してるんだ」
水本が静かな声でそう言って三上を見下ろし、申し訳なさそうに手を合わせてみせる。三上は途端に顔を赤くして、はい、とだけ返事をして仲間の所へ帰って行った。こいつ、自分の使いどころを解っている。
「で、大型犬?」
「え? ああ、そう。大型犬。腹減ってたみたいだから食わせてやったら、安心したみたいに寝こけてさ。今家にいるんだ。今日帰りにでも寄っていかねえ?」
水本は、わかっているのかいないのか、少し笑って、行くよ、とだけ言った。




