1話
「やったぞ! ついに魔王を倒したぞ! みんなこれで…?」
そのときようやく異変に気付いた。振り返ると弓使いの少女アレナが、腹部から血を流し膝をついていた。
「ノアキス…」
「アレナ! 一体どうしたんだ?」
さらにその後ろでは、血まみれで倒れている者がいる。
その者は、強靭な肉体と高い戦闘力を持つ戦士ゴンヌス。
だが既にゴンヌスは、目を開いたまま動かない。
「こ、これは、どういうことだ? あのゴンヌスが…」
全身の血の気が引いていくのが分かった。
アレナが震えながら手を伸ばし、何かを伝えようとしている。
その声を聞き取ることができず、アレナは力尽き倒れ込んだ。
「アレナー!」
「ぐああああ!」
今度は誰かの叫び声が聞こえ、その方へ振り向くと空中で自由を奪われ大の字となり、今にも手足がもがれそうになっている。
それは目に見えない何かから攻撃を受けていると瞬時に分かった。
攻撃を受けているのは、魔導師カンドル。
「どういうことだ? あのカンドルが? 大魔導師と言われるカンドルまで… 一体どうなっているんだ? 今、助けに行くぞ!」
だが思うように体が動かない。
何かに体を縛られ、全身の力が抜けていく。
「こ、これは…? 魔力が抜かれている」
次に不意を突いたように幾つもの斬撃が飛んできた。
「ぐ! 何だこれは? 避けきれない」
全ての斬撃を交わすことができず、左目を負傷してしまう。
「ぐああああああ! ノアキス!」
ついにカンドルの手足がバラバラとなり血飛沫が降り注いだ。
顔に生暖かいものを感じた。それをを拭うと真っ赤な血が着いている。
度重なる事態に青ざめ、ノアキスは座り込んでしまった。
すると今度は、手元に何かが当たった。
ゆっくりと手元に目を向けるとそこには、賢者ソリスの首が転がっていた。
ソリスとは、同郷で幼き頃から苦楽を共にし魔王軍と戦ってきた仲間であり最愛の人でもあった。
「うわああああ!」
心の糸がポツリと切れ、闇に包まれた感覚となった。
同時に地面が揺れ出し城が崩れ始めた。
魔王の魔力が無くなり、城が崩れ始めたのだ。
石の床がひび割れ、次々と瓦礫が落ちてくる。
我を失ったノアキスは、逃げる気力を失っていた。
そのとき、蹄の音が勢いよく向かって来る。
ノアキスの愛馬ユニコーンだ。
ユニコーンは素早く駆け寄り、頭の角をノアキスの服に引っ掛け、放り投げるように背に乗せ走り出した。
落ちてくる大きな瓦礫を間一髪で避けながら、城を抜け出した。
光る鬣と尻尾をなびかせ、ユニコーンは岩場を越え、平原を走り、小さな川辺まで来るとようやく足を止めた。
焼き付くように喉が乾いていた。水を飲むとそのまま倒れ込んだ。
「何でこんなことに、何が起こったんだ…」
うわ言を繰り返しノアキスは眠りに落ちた。
何もない暗がりで、大勢の者たちが列をなし、同じ方向へ歩いて行くのが見えた。
皆、下む向き希望を失った表情をしている。
その列で見覚えのある姿を見つけた。ソリスだ。ノアキスは急いで駆け寄る。
「ソリス!」
安堵感が込み上げソリスを抱き締めた。
「よかった! 無事だったか。しかし一体どこへ行こうとしてたんだ?」
「ねえノアキス、どうして何もしてくれなかったの?」
「え?」
「どうしてあなたは私を置いて逃げたの? ねえ、どうして?」
その瞬間、抱き締めていたと思っていた両手の中にはソリスの生首だけがあった。
「うわあああ!」
驚きと同時に飛び上がり目を覚ました。
辺りを見回すとどこかの森のようだった。川の小さなせせらぎが聞こえている。
思い出したように探してみたが、ユニコーンの姿はどこにもない。
どれくらい眠っていたのかは分からなかった。額は汗で濡れている。
左目の傷や、その他の傷を見て、これは“現実”なのだと気付いた。
仲間と最愛の人を失い、悲しみと怒りが込み上げてきた。
「何でこんなことになったんだ。どうしてみんな死んでしまったんだ。一体、誰の仕業なんだ? 殺してやる。こんな目に合わせた奴を見つけ出し殺してやる」
かつての白金の勇者はもうどこにもいなかった。
重い鎧を脱ぎ捨て、剣を背負い、左目と体に幾つかの包帯を巻き、木の杖を突いて歩き出した。
まるで死ぬ場所を探すかのようにノアキスはさまよい歩いた。
山を越え、谷を越え、誰もいない廃村を通り、いつの間にか深い森に足を踏み入れていた。
なぜ仲間たちが殺られたのか、一体あのとき何が起こっていたのか、自問自答を繰り返していた。
なぜ自分はそれに気付けなかったのか、なぜ誰一人として助けることができなかったのか、そんな自分の不甲斐なさを悔やんだ。
その時、草むらの影から5メートルはあろう巨大な猪の魔獣が現れた。
三日月型の鋭い牙を持ち、獰猛な目をしている。待ち構えていたたのか荒い息遣いで、今にも襲ってくる気配だ。
「こいつの縄張りに入ってしまっていたのか…」
背中の剣を抜き、ノアキスは構えた。
猪の魔獣は牙を突きつけ、地鳴りと共に突進してきた。
すかさず飛び上がり、その牙を剣で交わす。
牙を切り落とそうとしたが切れない。
何度も魔獣の体に切りつけたが、固い皮で覆われているため傷を負わすこともできない。
「何て固さだ!」
次に得意の火炎魔法を放ってたが、以前のように強大な火炎魔法が使えず全く歯が立たない。
「クソッ! もうオレは、剣も魔法もダメになってしまったのか… うわッー!!」
ついに魔獣の攻撃を受け、数メートルも飛ばされてしまった。
地面に叩きつけられ、ダメージで体制を整えることができない。
容赦なく魔獣は突進して来る。死を覚悟した瞬間、強い風が吹いた。
どこからか放たれた一本の矢が、固い魔獣の体を突き刺した。
次に火の点いた矢が飛んでくるとたちまち、大きな炎が魔獣を覆い始めた。
あっという間の出来事であった。
魔獣は黒焦げになると倒れ込み動かなくなってしまった。
そして獣の皮を被り槍や弓を持った原住民たちが現れ魔獣を取り囲んだ。
獲物を仕留めたことを喜んでいるようだ。やがれ原住民がノアキスに気付くと鋭い眼光を向けた。