転生したタカシの母ちゃん、チートで異世界を無双する
タカシの母ちゃんは死んだ。家事にパートに、女手一つでタカシの世話をし、一人前に育て上げ、タカシが自立すると共にタカシの母ちゃんは死んでしまった。前日まではそれはもう元気で、明日はスーパーの特売日だと張り切っていたタカシの母ちゃん。翌朝には冷たくなって、目覚めることのなかったタカシの母ちゃん。その死に顔は穏やかなもので、使命を全うできたことを誇りに思っていたのだろう。それでもタカシは悲しくて、親孝行できなかったことを切に嘆いた。
一方その頃、タカシの母ちゃんはというと、遥かに続く雲海の上に横になっていた。きょろきょろと辺りを見渡すものの、どうやら自宅ではないらしい。しかしタカシの母ちゃんは慌てることなく、なんとなく死んだことに気付いていた。
タカシはとても手を焼く一人息子で、中学には虐められて登校拒否に、高校にはその反動で荒れに荒れた。社会の全てがタカシを否定する中、タカシの母ちゃんだけはいつまでもいつまでも、タカシの味方であり続けた。
そんなタカシも今では真っ当な社会人に。孫の顔が見れないのは残念だが、やるべきことはやれたのだと、安堵にひと息ついたところに――
天上より降り注ぐ、天の光が雲海を照らす。これがあの世へ連れ行く使いなのだと、タカシの母ちゃんはそのとき思った。しかしその光は思いのほか天の使者という身分ではなく、その上に立つ神の冠を持つ者だった。
「ようこそ、タカシの母ちゃん。ここは天上の世界です」
「それは分かってるとも、これからあたしを天国へ連れて行ってくれるのかい?」
すると神は首を横に、タカシの母ちゃんはふと息を漏らす。
「なんだい、あたしは地獄行きかい。しかしタカシには苦労を掛けたからね、仕方ないのかもしれないね」
諦め顔のタカシの母ちゃんを前に、またまた神は頭を左右に。
「違いますよ、タカシの母ちゃん。あなたはこれより生まれ変わるのです」
「はぁ、生まれ変わりってのは、そんなに早いもんなのかい。そしたら想い出も消えちゃうのかい? それは少し早すぎるよ」
大事な大事なタカシとの想い出、その数々が頭を過り、それを想えば肩を落とすタカシの母ちゃんだったのだが、しかし神の掌は、落ち込む肩に優しく乗せられた。
「いいえ、そうはなりません。記憶はしっかり保ったまま、しかし行くのは異世界で、これまでの世界とは違います」
「異世界? あたしゃ日本には帰れないのかい?」
「残念ながら、それが神々の決まりです。ですがご安心を、不安なことなどありません。私の与える能力ならば、別世界では楽して生きることができるのです」
そんな神の言葉に、はてと首を傾げるタカシの母ちゃん。しかし欺かれてると疑う訳ではなく、なぜ自分がと、それが不思議でならなかった。
「神様は、なんであたしなんかにお恵みを?」
「あなたは立派にタカシを育てました。己のことも顧みず、我が子の為に生き抜きました。そんなタカシの母ちゃんは、好きに生きる権利を有しているのです」
「そうかい、それはとても、有難いね」
そうぽつりと呟くが、面持ちはというと存外奇妙なことに物憂げだ。
「さて、タカシの母ちゃん。先ほど話した能力ですが、あなたの好きな力を授けます。魔法使いにもなれますし、不老不死だって可能です。大金持ちもいとも簡単、天上の美を得ることも叶います。なんでも好きな願い事を、私に言ってご覧なさい」
神の提示したこの力、聞けば誰しも迷ってしまう。人の願いに果てはなく、望める限りを望むのだから。ならばタカシの母ちゃんも――
「そうかいそうかい、なんでも叶うのかい」
「ええ、なんでも……」
「なら――」
何一つ、迷うことはしなかった。
「タカシを幸せにしてやっておくれよ、それだけが私の望みだよ」
それがたった一つの願い事。タカシに捧げた人生に、己の願いなど二の次三の次。
「――――え?」
「駄目なのかい?」
「い、いや……駄目ということは……でも……」
これまで、欲望という欲望を耳にしてきたその神は、願いの内容に耳を疑う。しかしタカシの母ちゃんは揺るぎなく、犠牲の心でもなければ、それが彼女にとっての真の幸せ。
「じゃあ、それにしておくれ。あたしは何にもいらないよ。母の望みは子の幸せ。何かくれるというのなら、それは全てタカシにあげて」
「…………分かりました」
そうしてタカシの母ちゃんは光に包まれ、意識は次第に遠のいた。
再び目覚めるその時には、今までと違う新しい世界。タカシの母ちゃんの知るものとは、生まれ変わった異なる世界。腰を起こして見渡せば、視界には真っ白な世界が広がっていて――
「か、母ちゃん! 良かった、目を覚ましてくれて。本当に良かったよ……」
「タ、タカシ? あんたなんであの世に――」
「なに馬鹿なこと言ってるんだよ、ここは病院だよ。パート先から電話があって、母ちゃんが出勤しないからどうしたのかって、俺の方に電話があったんだ。急いで実家に戻ったら、母ちゃんが布団の中で、息してなくて……」
息子の話を耳にして、呆気に取られるタカシの母ちゃん。確かに自分は死んだ気が、しかし目の前にはおいおいと、布団に顔を埋めるタカシがいる。生死を彷徨う幻覚だったのかと、そう思った矢先のこと。タカシの背後には朧げに、見覚えのある姿が立っていた。
「あ、あんたは……神様……」
薄く微笑むその神は、さながら万物の母であり、聖母といえる神々しさを湛える。
「タカシの母ちゃん、願い事は叶えましたよ」
「願い事って、でもあたしの願いはタカシの幸せで……」
「えぇ、そうです。そしてそれはあなたにしか出来ません。私のいかなる力を使おうと、それだけはあなたにしか出来ないことです」
これまでずっと、タカシに寄り添い続けたタカシの母ちゃん。それを抜きにタカシの幸福など、神には到底思い付かなかった。
「そうかい、有難いね。でもここは元の世界で、神様の決まりはいいのかい?」
「決まりは決まり、だから私は罰せられ、神の座を堕とすことになるでしょう」
「そ、そんな……あたしなんかの為に、神様が……」
己の願いで神を穢したと、そんな罪悪に苛まれるタカシの母ちゃん。しかし神の顔は晴れやかで、むしろ穢れを脱した妙なる笑みで、三度その首を振って見せる。
「タカシの母ちゃん、それは違います。あなたは自らの願いを投げうって、息子の幸福を願いました。そして人は神の子で、ならば冠など捨て去って、私はあなたの願いを叶えます」
「うん……うん……」
「孫の顔、見れるといいですね。私にとってはひ孫ということですか。とても楽しみにしておりますよ」
それだけを言い残し、神はひっそりと姿を消した。しかしそれで終わりかというと、これでも彼女は転生者だ。その後のタカシの母ちゃんは、転生者足るチートを手に入れることになる。
風邪も引かない健康体に、腰は曲がらず健脚だ。時給も増えて家計に余裕が、パート先では男女を問わず人気者。町内会を無双するタカシの母ちゃんは、無敵で最強の母親だった。
そしてスキルは息子の幸福。タカシは順調に出世して、素朴で優しい女の子と結婚した。タカシの嫁は幼き頃に母と死別しており、あわや息子を同じ境遇にしかけたタカシの母ちゃんは、タカシの嫁を真の娘のように可愛がる。そんなタカシの母ちゃんを、タカシの嫁も心から慕った。
数年経てば晴れて孫の顔も見れて、毎年幾度かのタカシの帰郷。それが人生最大の楽しみで、タカシの好物の炊き込みご飯、それをタカシと孫が口いっぱいに頬張って、おかわりと叫ぶ姿がなによりの幸せ。
老後の友達にも恵まれて、趣味に旅行に充実した日々を送る。その内にひ孫も顔を覗かせて、もはや今生には悔いはない。
天上で見る神々は、そんなタカシの母ちゃんの転生劇を、つまらんものだと罵った。飽きることなく、ウン十年もいじり続けて、つまりは神の誰しも気掛かりで、百歳となったタカシの母ちゃん。その大往生を、神々は皆で静かに見守った。
再びの天上界へ訪れるタカシの母ちゃん。お疲れさまと、数多の神々に暖かく迎えられるタカシの母ちゃん。しかしタカシの母ちゃんは、あの世には一つ悔いを残していて、最後に言葉を求められて、天上の神々にこう答えた。
「あたしの二度目の人生は、それは素晴らしい世界だった。例え同じ景色に見えようが、あたしにとっては異世界だった。あたしを生んだ、あたしの二人目の母親は、ちゃあんと、異世界転生をしたんだよ」
母ちゃんって最強だよなって、そこから生まれた作品です。
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【異世界転生☆研究部】~転生に興味のある者。異世界転生研究部に入りたまえ!~
中編物語。異世界とありますが、現実世界の部活動。冒険ファンタジーではなく学園ものの恋愛、感動系のお話です。
☆あらすじ☆
異世界を愛する変人、”伊勢原 世界”が部長を務める異世界転生研究部。 ”世界”を助けたことがきっかけで、入部することになった”水上 慎吾”は”世界”と共に類稀なる世界を描く。