結成?ドラゴン調査隊・中編
館が燃えていた。夕暮れの中ごうごうと炎をあげる館の前に、三人の馬鹿が正座させられていた。
背後ではカレンシア兵士らが日々行っている非常訓練の通り適切に対応しており、おそらく館の全焼は免れるだろう。
三人の前にしっかりと立ったレウカは、ただ冷ややかな目を三人に向けている。
「君の休む部屋を確保したかったんだ」
シトロンは目を伏せた。彼女はまず特定の室内から片づけることにした。ソファーの確保のため入口近くの個室に入ったところ、古い魔法具が目に入った。仕切りの付いた瓶の中には下級火魔法と動物の脂肪からとった油が入っていて、投擲などで衝撃を加えると爆発するものだ。危険物を見つけたために清掃を中断し、監督役であるレウカの元へ運ぼうとした。
「家の顔と言えば玄関ホールでしょ?だからそこを洗おうとして」
ハニーベルはため息をついた。水魔法が苦手な彼女は使用人たちに裏の井戸から水を汲んできてもらい、それを操ろうとした。掃除は高いところから、という知識はあるが天井に水をぶちまけないという常識を知らない最悪ピープルは、使用人らが泣いて止める言葉を聞かずに魔力を練る。そこに爆発物を持ったシトロンが通ろうとした。
「外観を整えることが大事だと思いましたの」
アナトはこめかみを押さえた。腕力に自信がある彼女はドレス姿のまま折れて放置されていた巨大な枯れ木を担ぎ、巨石を一定の場所に集めた。ツタを千切ろうとすると外壁が悲鳴を上げたので、高枝バサミを持つ使用人に任せることにして石畳を剥がした。こうして地面に除草剤をまこうとしていると、ホールのガラスが割れたのでちょうど剥がしていた石畳を盾にした。
ホール内では死角から現れたシトロンに驚いて、ハニーベルの魔力の軌道が水桶からずれて玄関ドア横のはめ込みガラスをぶち抜いた。そしてそのまま魔力は枯れ木と石の山にぶつかり炎上した。
アナトは火を消そうと近づいた。それを見たシトロンは「こっちに水がある!」と呼びかけた。ハニーベルは再び魔力を集め水を動かして外へ動かそうとした。
だが水がホールにあると聞いたアナトは、燃え盛る大木をホールめがけ放り投げ、玄関ドアに突き刺した。その衝撃で再び手からすっぽ抜けた魔力の塊は、見事大木に命中。炎は更に勢いを増して館に引火したのであった。
「フラグのように登場した爆発物が一ミリも関係ないのはどういうことなの!?」
「お主らが馬鹿なせいでレウカのツッコミもずれとるじゃろがい。反省せい」
「「「すみませんでした……」」」
本当に反省したような三人に、レウカも目じりを上げるのを止めて息をつく。
「待った。あぁいった魔力由来の炎のエネルギーを吸収すれば力が戻るやも」
「そもそも力を取り戻すというのはどういう」
「竜脈から吸い上げようと思っとったんじゃ。お主らが腹が減ったら食事をするようなもので、今の妾は空腹なのじゃ。あの魔力が食えるか試してみるわ」
ガラクテアがだいぶ火の小さくなった館に少しだけ近づくと、彼女のピンク色の髪の輝きが増した。あれが魔力を食べるということなのか、と見ている四人の前で、その輝きが火と触れた。
そして大爆発が起こり、ガラクテア爆砕!
全焼コースの業火が館を包み込む。消火活動をしていた兵士たちは館から距離をとっていた。
「これは無理です姫様。燃え尽きるのを待ちます。延焼を防ぐことに尽力いたしますね」
「……いえ、まだ大丈夫です」
レウカが手をかざすと空間魔法が発動し、どこからともなく豪奢な飾りのついた、彼女より大きな青色の魔法の杖が出てきた。
「リメーニア様の杖ですわね」
「覚えていてくれたのね」
アナトの声にレウカは嬉しそうに笑う。シトロンは少し面白くない気分になった。
「血の契約の名の下に、来たれ!我が友我が同胞!”恩寵解明せし祈り”!!!」
レウカが呪文を唱え杖に魔力をこめると、一瞬のうちに上空に巨大な魔方陣が出現し、そこから巨大な雨雲がもくもくとでてきた。そしてすぐに局地的な大雨が降りだす。
あっという間に鎮火していく館を前にして、全員が言葉を無くしていた。
雨雲からあふれる雨のカーテンの中に、何か大きな影が見えた。それは手足の代わりにヒレがいくつもついた首長竜だった。
それは巨体をくねらせ雨の中を泳いでいるようだった。
一方、碧亜城からもその雨雲が見えていた。イストリアは会議中にもかかわらず窓の外を見ている貴族たちに声をかける。
「まだ終わっていないよ。それとも休憩でもするかい?」
「すまないイース殿。ドラゴンの呼び出しは久々だったもので」
見物人たちは申し訳なさそうに席に戻る。
「やはり王家のあの力は凄いですね。レウカ様さえいれば帝国なんて」
「ふふ、凄いだろう。あの子は妻に似て魔法の才があり、どんなドラゴンとも心を通わせる実直さがある。姉たちも凄かったが、一番ドラゴンと仲良しなのはやはりレウカだな」
王は娘が褒められて上機嫌だった。
「ところで賢者殿、息子ももうそろそろあれくらいの魔法が使えるだろうか。まだ小さいから無理かな」
話しかけられた胡桃色の髪の、眼鏡をかけた賢者はこてんと首をかしげる。
「前から言っているように無理です。あの子は魔力が無いのですから。王様に似て」
会議場内の空気が凍った。将軍は目を逸らし貴族たちは口々に王へのフォローをするが、王は遠い目で窓の外の雨雲を見ていた。賢者は連れている白蛇と戯れていて周辺に気を配ることはない。
「えー、本題に戻ろう。フアノアの調査隊参加についてだが……」
イースは口の端がひきつるのを隠しながら会議の再開を宣言した。
「ありがとうヒューエトス」
レウカが雨雲に向かって語りかけた。首長竜はシルエットだけの首を一行の方へとゆっくり向けた。
『バッカじゃねーの!?調査以外で呼び出すんじゃねーよ何やってんだよ!付き合うやつは選べってイースにも言われてんだろほんとバカ!次に俺様をこんなつまんねーことで呼んだら、ケーキもらえたって行かねーからな!』
荘厳な光景に似つかわしくないチンピラのような軽い叫びが聞こえてきた。そうして彼は雨雲と共にすっと消え、辺りには火の消えたびしょ濡れの館と、一切濡れていない人々だけが取り残された。
「ちょっとご機嫌斜めだったわね……」
杖をしまったレウカは困ったように笑った。
「君って自分が思っているよりも天然ボケだよ」
それにしてもドラゴンって凄い。その力を簡単に借りてみせるレウカも。それは魔力があるとか契約を交わしたからだけではなく、助けを求めるということへの精神的ハードルの低さが凄いのだとシトロンは考えていた。レウカは困り事があると当然のようにドラゴンに助けてと言えるし、ドラゴンもあんなフランクに力を貸して苦言まで呈する。
まるで仲の良い人間同士だ。そこに強大な力が介在しているだけで。
ただ、彼女にとってそれが当たり前すぎるのも気になっていた。ここまで人間とドラゴンの距離が近いのはカレンシアだけ、いや彼女だけのように思えたシトロンは、レウカの置かれた立場の複雑さと彼女自身の真っすぐさがいびつに感じられた。
少しセンチメンタルになったシトロンが、爆砕した後に雨でびしょびしょになり泥まみれになっているガラクテアが館の前に転がっていると気が付いたのは、そのすぐ後であった。
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