味方だらけの暗黒会議・後
「奈の国の御両人の行方は」
報告会はまだ続いている。話題がコウジロウの従者の行方へと移った。
「未だ掴めておりません。しかし王都から出た様子はありません」
促された捜査担当騎士がはっきりと言いきる。そのまま円卓に座る七人に書類を渡し、捜査をした範囲や動員した人員や時系列の整理など必要情報がわかりやすくまとめてある。
「これに書いてある通り、あの日は事故と事件が立て続けに起きたから、王都から出ていく馬車や人も厳重な検査を受けた。例の二人は城壁を越えていないと断言する」
次いで出されたマニウスの結論に、ミトロンは笑う。
「大きく出たね」
「それ以降は反政府組織等に誘拐された線も含めて引き続き警戒をしているからな。街の外で黒髪の男二人や不審な団体を見かけたか?」
「ボクは見てない。キミたちもそうだよね」
背後に立っていた騎士たちも首をふる。巡回騎士はムドラ退治が主任務だが、犯罪集団の逮捕も街道の保全も旅人の警護も荒野に潜む反乱分子の捜索も任務のうちだ。街の外の国土全般において彼女たちよりも詳しい者はいない。
護衛騎士と巡回騎士の報告の後、ずっと黙って腕を組んでいた金髪の男が口を開く。
「俺も知らん。そういった報告もあがっておらん。各都市には先んじて阿呆二人組の通達はした。動きがあれば何を犠牲にしても王都まで伝えに来いと命令してある」
男は四風将軍の一人、名門スキピオ家の長男ルザルグ。王都以外の全ての都市の保安と地方行政と外交の一端を担う総監騎士を率いている男だった。彼は自信に満ち満ちた態度と不遜な物言いで若年層に、名門貴族のため貴族層に、苛烈な手段を用いてまで事を為す判断力と実力から騎士層に、とあらゆる集団から支持を集めていた。
「相変わらずな言い方だ」
「ふざけるな、貴様が役に立たんから俺たちがいらぬ苦労をさせられているのだ」
王都でのあらゆる事柄はマニウスの管轄だ。正確に言えば彼の部下の受け持ちであるが、ルザルグにとって部下の至らぬ点は上司の責任であるために、目の前にいる移民あがりの男に辛辣に当たるのは当然であった。
「それはごもっとも。付近で風竜騎士が二名逮捕されている。彼らは仕事を失った不安から過激な外国人排斥運動に加担していたと認めた。組織や他の構成員についてろくな情報も知らず後ろ盾も無く、訓練された形跡も無く初犯であることから現在は刑務所で労働刑に処してある」
「首でも撥ねろ。仕事を失った程度で犯罪に走る阿呆などこの国には必要ない。社会復帰したところで、今度は女にフラれたなどといって暴れるだろうよ」
「将軍。軽率に厳罰を推奨する発言をしてはなりません」
レウカの窘めるような声を待っていたかのように、ルザルグはわざとらしく肩をすくめた。
「推奨?姫、俺は死刑の復活を進言している。姫の一言で審議すら開かれないのは今の貴君の役柄からするといささか越権行為なのではないか?」
「今現在とて死刑制度はあります。王が即位してから施行されていないだけです。ならば我々が悪戯に口を開くことは民にいらぬ不安を与えることだと存じます」
「ハッ、イストリア殿はどうお考えかな。せめて騎士の現場での積極的対応の可否だけでも議題に乗せていただきたいものだがな」
レウカは釣られてしまったな、と遅れて自分の迂闊さに気がついた。元からルザルグの討論相手は自分ではない。自分をダシにイストリアに話を向ける算段だった。
彼は他の将軍たちと違い、レウカを子供ではなく王の器の無い姫として接している。器でないと判断しただけで見下しも嫌悪もしていないが、彼女が政治に関わるのを露骨に嫌がっていた。レウカの政治能力を疑っているのではなく姫という特権階級にいる彼女が場にいるだけで、彼女に責任や特権が発生するのを疎んでいた。責任があるということは、果たさねばならない。そうすればいつまでも才覚が無いものを特権に居座らせることになるからである。
「つまり現場での過度な制圧行為を許してくれるなら、死刑でなくとも構わないと?」
「別にどいつもこいつも殺すつもりで対応するわけではない。だが向こうが殺すつもりにもかかわらず騎士や兵士には生け捕りにこだわらせるのは反対だと言っている」
「良いように言っているがお前は殺す気満々だし、護衛騎士や総監騎士までもがそんな強権を手に入れたら更に反発されるだろうよ」
「そうそう。殺傷せしめる武力を常に携帯し臨戦態勢でいていいのはボクたち巡回騎士だけだよ。キミたちが街中でボクら並みの武力を持ってみなよ、楽しくなっちゃうね」
口々にマニウスとミトロンは反対した。
「僕個人の意見を言わせてもらうなら、被疑者の殺害も死刑も反対だ。だがそれらの可否や是非を議会で話しあうのはやぶさかでもない」
イストリアの発言に、レウカは思わずむっとしてしまったのが顔にでた。
「しかし将軍、今は認可できない。理由は三つ、単純に時期が悪い。風竜騎士の台頭もそうだが、ドラゴンや帝国のこともあって市民が不安を感じている。死刑についてはいくつかの諸問題を解決してから話し合うべきだ。この時勢ではあまりに極刑を求める声に傾き過ぎる。
二つ目は斬殺の許可を出すとして、その奪った命を誰に背負わす?誤認だってあるだろう。市民からの反発も大きいが、何より兵士たちが病む。では現場の個人の判断をたった一人の上の者に背負わせるかい?」
「それは不義理だな、全方位に」
即座に入ったマニウスのフォローに、ルザルグは重い息をつく。普段はつまらない子供の言い争いをしているこの二人だが、仕事中はすり合わせも無いままに息の合った連携で二人の望む結論へと引っ張っていく。
「三つめは?」
「予想がついているだろう、無駄だからだ。ユヴォーク王は死刑反対派。刑の執行の最終決定権を彼が持つ限り、死刑を執行されることはない。それこそ議会での法改正が可能になるように法改正をしない限りはね。議論の順番が違うと言わざるを得ない」
「以前貴殿は王を介さない民主的な法改正に乗り気だったと記憶しているが?」
「段階を踏まないと」
「今のカレンシア人に民主主義は無理じゃないかな」
白熱するイストリアとルザルグの議論に終止符を打ったのは、レウカでもマニウスでもなくセレマリオンだった。
思わぬ参戦にルザルグは口を止めた。アルジェンはあーあ、という顔を一瞬しただけで、止めもしない。
「将軍、君はいささか人間の知能を高く見過ぎている。君の苛烈な思想は君の鉄の自制心があればこそ、上に立つ者のパフォーマンスの一環として効果的に使えているだけだよ。残念ながらこの会議室にいる者に強行逮捕権を渡したら、半分以上がすぐさま殺すと思うよ?理由はそれこそ、殺していいから、の一点で」
静粛が求められる会議室内に、どよめきが起こった。
「捜査が面倒だから、とすら思わないんじゃないかな。後付けで理由を付け足すことはあったとしても。まだカレンシア人は行動と思考が結びつくほど熟成されていない」
酷い物言いに貴族議員のみならず控えている騎士たちも眉間に皺を寄せて賢者の動向を窺うが、室内のあらゆる勢力から重圧をかけられても賢者はびくともしない。
「この国は未だ他者の生存の権利を、人としての権利を尊重するということができていない。王権のまま共存や社会という概念をさらに教育していくべきだ」
「……ご自分自慢の教育論へのすり替えとはお見事ですな」
「皮肉にもなっていないよ将軍。これって報告会だよね?君の記憶ではどうだろう」
名門貴族の将軍に相手とは思えない、小さい子供を言いくるめるような態度にルザルグよりも彼の後ろに控えている騎士たちが怯えて震え出す。そのまましばし睨み合い、というには眼光が鋭いのは片方だけの時間が流れる。
「引きなさい、君は賢い」
それでも、セレマリオンは目を逸らすことなく、なんの感情も読み取れない穏やかな目のまま諭した。終始上から目線だった。聞かん坊の相手をしてやっている、という態度を隠しもしない。
ルザルグは賢者が苦手だった。まだドラゴンのイストリアのほうが人間くさい。揺さぶれば隙ができるし、突っつけば反応することもある。だが賢者はそれが無い。
やってられるか、と大きなため息をつき、面倒くさそうに椅子の背もたれに背を預けた。
「今すべきはレコメダとの交渉と国境の監視体制の強化と奈の国の両名の捜索にソラ・グラムなる謎の薬物の解析と流通ルートの捜査」
「流石兄上、わかってらっしゃる」
いっそ暇そうにしていたアルジェンがわざとらしく大きく手を叩いて短い拍手をした。
「もっと早くに俺をなだめろ!」
「割に合いません」
二人の関係を知らなかった護衛騎士が小さく狼狽える。二人はともに金髪緑眼だが、顔つきがまるで違う。逆に言えば色しか似ていない。おまけに研究塔と総監騎士という、あまり繋がっていてほしくない機関同士であった。
研究塔が独立していない独立機関だとすると、とまで考えた騎士の動揺に気がついたのか、マニウスは少しだけ身体を後ろに預けて小さく「大丈夫だ」となだめる。
セレマリオンもアルジェンも、やりたいことと言いたいことがはっきりしていて、それ以外に対しては存外どうでもいい性質である。利用するのもされるのも一筋縄ではいかない。マニウスだけではなく他の面々もそう考えていた。
「さて、研究塔からは明日のケブラフでの竜脈調査の際に、一区画の一時閉鎖することを進言させていただきます。総監騎士は調査隊に協力してもらせませんか?」
「許可する」
前言撤回。アルジェン側にスキピオ家の力を使うつもりはなくとも、ルザルグは弟に大変甘い。三人の妹たちには厳しく接しているが、弟にはだだ甘であった。普通逆だろうと長女がいつか愚痴っていたなとマニウスは乾いた笑いを浮かべる。
「待ちたまえ!えぇい、弟の言うことならすぐさま許可するんだから!どこをいつ?」
「商業区を昼前に」
「おいおい最繁時じゃないか。何ヶ国の人間が行き交うと思ってんだ」
なんともなしに言い切ったアルジェンに、イストリアもマニウスも慌てて情報を詰めようと画策する。賢者が助け船を出さないということは弟子の考えに賛同しているのだろう。役目は終わったと言わんばかりに書類の裏によくわからない方程式を書き始めている。
「そもそも明日調査をするというのも決定事項ではありません!」
「レウカの言う通りだ。急を要するのかもしれないが、今から調査隊ではない人員を派遣することだってここで決めてもいいんだ。何故明日の昼に」
「必要なのか?」
レウカとイストリアの問いを無視したルザルグは、もう他に何も見えていないかのように弟を真っすぐ見ている。相変わらず眉間に深い皺を寄せたままだが、その目にはさっきまでの敵意や嘲笑や野心は無い。彼の様子を見て、賢者はアルジェンに耳打ちしだした。
「嫌な予感がする」
「僕ももう頭が痛い」
不安がる二人をよそに、アルジェンはにっこりとほほ笑んだ。
「必要です」
「では許可する」
「あぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
二人は思わず叫んだ。頭を抱えて円卓に肘をつく。
レウカは明日の予定が大幅に狂ったことと、自分含めた問題児たちのことを考えて憂鬱になった。ミトロンだけは「なにかあったら呼んでね!」とだけ元気であった。
次は明日の20時以降に更新予定