ドラゴンと姫たち
ローマンデルジェイ王国王城内。そこに国王夫妻と次期国王である長男とその婚約者が勢ぞろいし、みな一様に頭を抱えていた。
シトロンは領内に出現した謎のドラゴンの撃退までを話し終えて、結論を出す。
「で、なんでも今回の件を調査する一団を作りたいらしくて、それに協力したいんだ。というわけでカレンシアに行ってくる!色々調整よろしく!」
大きなため息をつきながら、国王は父の顔で娘を窘める。
「そもそも魂を預けるだと?お前はあの山羊に追われているドラゴンに実質人質にされたのか」
国王は父の顔で娘を窘める。王城内にある裏庭に飼育されている山羊に角で突かれて「おのれおのれおのれぇぇ!」と叫んでいる声は全員に聞こえていた。
「まぁそう考えることもできるな」
「というかそうでしょ!何をやっているのよもう!」
兄の婚約者がいつものようにシトロンを叱った。シトロンは気の強い義姉のことを気にいってた。優しすぎて軽んじられやすい兄に彼女がいてくれてよかったと思っている。国王に相応しい兄には、それを支えるどころか矢面に立つような女が隣にいる。シトロンは言うほどこの国の未来を憂いていなかった。
「兄上と義姉上がいれば王国は安泰でしょう。オレはこの機会に大国でも見て勉強するのもいいかなって。この国のために情勢でも見極める、みたいな?」
「シトロン、あのレウカ姫のことはどう思っているんだい?君に酷いことをするような人かな」
他の三人が何を言うべきが考えている時に、兄だけが質問を投げかけた。
「いや、それはないよ。正直に言うとまだあの子のことも全然知らないよ。でもそういうことはできないタイプだとは感じる。真面目と言うか真っすぐ過ぎて大変そう。
オレのカレンシア行きも強要したくはないけど絶対に来てほしい、みたいな態度だったしね。だから色々話してみたい。仲良くなりたいし、なんだか放っておけないから傍にいたいなと」
困ったように笑う妹の顔を見て、彼は頷く。
「じゃあ自分から言うことはないよ。行っておいで。いいでしょう父上母上、どうせこれは止めても壁とか壊して出ていきますよ。せめて扉から見送りましょう」
「さっすが兄上!いつでも可愛い妹の味方でありがとう!」
ずっと黙っていた女王が口を開いた。
「今のカレンシアは帝国に後れをとっている。ガラクテア様と手を組めたとなったら一気に形成は逆転する、そのためにあなたを利用する気でしょう。わかっていて?」
「それはまぁあるだろうな。オレも一応は王家だし、そこは飲み込むよ」
母は娘の返事を聞くと、「そう」とだけ呟いて立ち上がり、夫妻の後ろに飾られていた青い柄のハルバートを手に取る。そしてシトロンにそれを渡してきた。
「母上、これって」
「私がお父様に見初められた時に使っていたものです」
「南方侵略軍の別働隊に単騎で乗り込んで敵将軍の首をはねた時の!?」
血なまぐさい話に気の弱い王子は青い顔で目を回す。彼のふくよかな身体を婚約者はがっちりと抱きとめた。
「弟も一緒だったから単騎ではありません。我が家に大体伝わる”竜を否定せし蒼鉾槍”です。ムドラ退治を生業としていた我が一族の誇りをお前に託しましょう」
シトロンは背筋を伸ばしでハルバートを受け取った。普段使いの携帯槍より長く重い。彼女が魔力をこめると銀色の槍先や斧刃に煌めく青色の紋様が浮かびあがる。これは良いものだ。くるりと手首だけで回してから初級空間魔法で武器をしまった。これでいつでも使いたい時に呼び出せばいい。
「ありがとう母上。でも叔父上たちに許可とか」
「兄も弟も一本ずつ持っていますから」
「もしかして家宝のくせに人数分ある?」
「家宝とは言っていません。代々伝わっている武器なだけです」
「母上と話してると頭痛くなってくる」
「お前も大概だぞ」
「あなた」
「シトロンよ!我らの代表としてカレンシア王国に出向き、レウカ姫とともにガラクテア殿の世話とこの度の謎のドラゴンの調査をするのだ!父は遠くから見守っているぞ!」
妻の冷たい視線から逃れるように、国王は勇ましく吠えた。
「オレほんとこの二人の子供だわ」
家族とのコントのような話し合いを終えて、シトロンは中庭に顔を出す。相変わらずガラクテアは山羊に囲まれて汚い叫び声をあげていて、山羊番たちに生暖かい目を向けられている。それを遠巻きに見ていたレウカに近づいた。
使用人たちが慌てて運んできたパラソルつきのガーデンテーブルに座り、紅茶を飲んでいる。自分と違い完璧なお姫様だ。彼女のようになりたいわけではないし、そもそもあの家族からこんな自分は生まれないな、と思った。
「やぁ彼女、一人?隣いいかな」
カップをソーサーに置いて、レウカは呆れたようにため息をついた。
「またそのような物言い。……ご家族の説得は出来たの?どうして途中で私とガラクテア様を退出させたのです」
「君の前だとみんな緊張してたからね。あと馬鹿な話もできないし」
レウカは目を伏せた。
「結局強制になってしまったわね」
『どうかカレンシアに来てもらえませんか?ガラクテア様と契約した私たちは運命共同体。きっと帝国もその他の国も放っておかないでしょう。カレンシアがあなたとローマンデルジェイをお守りいたします。どうか、どうかお願いします』
王城に入る前、レウカは震えながらもシトロンをまっすぐ見ながらそう告げてきた。
シトロンはなんとなく、その瞳を信じたいと思ってしまったのだ。
「ほんとに嫌だったら軍隊が来ても断るから大丈夫。自分で選んだよ」
「そう、ならいいのだけれど……」
「おい話はまとまったか?」
ふらふらとおぼつかない軌道で飛んできたガラクテアは、その後ろに山羊を十頭ほど引き連れていた。
「人の城の山羊誘惑すんなし」
「モテる女ですまんの。しかしこの山羊ども、毛が短いな。雪に耐えられるのか?」
「ローマンデルジェイ雪降らないぞ。雪竜一匹も住んでないし」
「……いびつじゃな、全てをドラゴンに任せすぎたのじゃ。本来は雪があって、そこにドラゴンがいたものを、今の地球にはドラゴンがいないと雪も降らない。熱帯地域にだって雪竜さえいれば雪が降ってしまう。完璧な世界にはほど遠い。次はもっとちゃんと創らんとなぁ」
「チキュウ……ってなんだ?」
シトロンの問いに、ガラクテアは「あ」と小さく声を漏らした。
「気にするな。まだこの時代には人間の理解の外にある概念じゃ」
「完璧な世界とはどういったものでしょうか」
銀河の女王はレウカの質問には目を輝かせた。
「一つの綻びや陰りや瑕の無い、全ての命があるべき場所にあるべき形で存在する完全な世界じゃ!そこでは誰もがなんの心配もしなくていい。妾の目指す世界なんじゃ」
空中を泳ぐようにくるりと身をひるがえし、髪をなびかせてガラクテアは屈託なく笑った。レウカはふむふむ、と傾聴していた。
「それは素晴らしい世界ですね!私もそんな世界になればいいと思います」
「おいおい、人の子よ。お主若くて才気あふれる生まれつきの強者だというのに弱気なことを言うでない。そんな世界にすると言え」
「!は、はい!私もガラクテア様にならい、よりよい世界にしていきます!」
「その調子じゃ!いや~妾ってば若人の背を押して光の世界に羽ばたかせてしまったの~!」
楽しそうに笑うガラクテアとレウカ。シトロンは心が通じたっぽい二人を見て微笑ましい気持ちを抱いた。それと同時に、大した夢も展望も無い自分はこれからどうなるのだろうか、とも素直に感じてしまったのだった。
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