出会い・後編
前回までのあらすじ。
美少女と運命的な出会いをしたいいところだったのに、誰かが叫びながら空から降ってきている。
叫び声をあげていた物体は二人を少し通り過ぎ、低木の茂みに頭から落下した。
「ぶへぇ!?!?」
茂みから出た足の形や短さから十歳にも満たない女児か、とシトロンは真面目な推察をしつつ、汚い声の流れ星だな、と言う言葉をぐっと飲みこんだ。可愛い子の前だったので。
「大丈夫ですか?」
少女は狼狽えながら近づいた。葉をかきわけて手を掴み、その身体を起こしてやる。
推察の通り女児だった。ボリュームのあるピンク色のツインテールにボディスーツのようなぴったりとした半袖半ズボンの不思議な服を着ている。髪も服もどこかキラキラと輝いていた。
彼女がゆっくりと目を開けると、幼い顔立ちに似合わない達観した眼差しの、青と黒のグラデーションの瞳が見えた。その瞳もまた星空のようにキラキラと輝いている。
「手間をかけた」
苦労をねぎらうようで、威圧的な言い方で幼女は少女の手をはらい地面に足をつける。
そして足首をぐねり転んだ。
「ぬぉわい!?」
ぐぬぬ、と悔しそうに顔を上げる。
「今のは手加減してやったんじゃ!」
「重力とでも喧嘩してんのか?」
「もうよい!飛ぶ!」
幼女は一人でキレて一人で解決策を見出したようだ。いうや否や浮遊した。一切の魔力を使わずに空を飛ぶ奇跡を目の当たりにして、どこか幼女を馬鹿にしていたシトロンは考えを改めた。それが幼女にも伝わったようで、彼女は機嫌よく笑う。
「人の子らよ。妾は銀河の女王ガラクテア!五柱の創世竜の一柱じゃ。本来ならお主らのような下賤な者は見ることも叶わぬ上位的存在。存分にひれ伏し崇め奉るがいいぞ」
創世竜。それはこの世界の全てを作った第一世代の五体のドラゴンのことである。同じドラゴンですら太刀打ちできない絶対的な力を持つ彼女たちは、常に世界の維持に努めているとされる。
「お主はカレンシアの姫じゃな?」
ガラクテアは黙ったままの少女を指さした。少女はびくりと肩を震わせ、シトロンを窺い見た。そして決意したように口を開く。
「いかにも。私はカレンシア王国第四子、レウカと申します。銀河の女王ガラクテア、あなたは確かに……我々の力では及ばない、まさしく次元の違う存在と感じます」
「ほう、疑いもせぬか。王家ともあれば妾の魂も見えるか」
レウカは内心恐怖しながら頷いた。一見親しみやすい子供の姿をしていながら、目の前にいるのが紛れもない上位種であると彼女にははっきりと理解できていたからだ。
「お主の方は随分力が薄くなっておるの」
突然話しかけられたシトロンは色々な意味で驚いた。
「え?オレ?オレは別になんの力も無いですよ」
「はぁ~?飛竜の友と呼ばれしデルジェイの民であろうが!お主も妾の偉大さがその血でわかろう!
んあぁ!?おらんではないか!この山に!飛竜が!一体もおらん!なんじゃこの枯れ山は!老人の生肌か!?」
「最後の飛竜はオレが生まれる前に死んじゃったんです。すみませんなんとかの女王殿」
「全く尊敬しておらんな小童め。妾は事情があり長く銀河をさまよっていたが、古にドラゴンと契約を交わした一族同士が接触したことで地上に帰ってこれたのじゃ。つまり妾はお主たちと契約をしたようなもの」
レウカは緊張したように両手をぎゅっと握りしめた。
「では不躾ながらお願いがあります!実は……」
会話の途中だがドラゴンの泥吐き攻撃だ!
山道を溶かした泥がガラクテアに命中した。距離があって放出された泥が細くなっており、二人には当たらない。
木が、草が、土が溶ける。
だがガラクテアは無事であった。泥の中にあっても輝きを放つ彼女は、ゆっくりと手で顔をぬぐう。その顔は怒りに満ちていた。
「三下の分際で妾にたてつくとは!身の程をしれ泥の女よ!死して大地に還り我が糧となれ!」
ガラクテアの姿が見えなくなる。次の瞬間、彼女はドラゴンのすぐ傍にいた。
「早い!」
驚く二人の前でこともなげに銀河の女王は手に魔力を込める。
込められていない。
いや込めようとしてはいる。
あっれー?おかしいのじゃーと書いてある顔に、ドラゴンは至近距離から泥を放出する。
「なんじゃぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
ガラクテアは水圧で吹き飛び、元居た場所を通り抜けて山肌に激突する。そして生物としてはおかしいくらいの弾力で跳ね返り、レウカの前に吹き飛んだ。
一方シトロンは好機と考えてドラゴンの足を薙ぐ。だが岩を叩いたような硬さで、ガキン!と嫌な音を立てて槍先が折れた。一発でか、とむずがゆそうに尾を振り回すドラゴンと冷静に距離をとり後退した。
「武器じゃダメだ。かといってオレの魔力でも無理」
「……私も。攻撃魔法を教えてもらえなくて」
はぁはぁと息を荒げてガラクテアは立ち上がる。
「お主らあれ倒せんのか?マジか」
「無理だからガラクテア様に頼もうとしていたんです」
「ふむ、逃げるか」
銀河の女王(笑)は曇りなき眼で二人に語りかける。
「この辺りにはろくな竜脈も無いし十年くらい暴れたら落ち着くぞ。あいつ人語も話せん雑魚じゃしの」
「つまりここに雑魚ドラゴンが二匹いるのか。いろいろあって聞くの忘れてたけど、あれはいったい」
シトロンに事情を聞かれたレウカは静かに首をふった。
「国境付近の竜脈……大地の魔力が地表近くに湧き出ている場所の調査をしていたところ、突然出現したんです。近衛兵が一番足の速い馬車に私を押し込み、一人でその場を離れさせられたのですが、真っすぐ私を追ってここまで来ました。対話も試みましたが一切返事はなく……。こちらの言葉がわからないのですね」
「馬鹿にするなよ劣等種。お主らにわかるように話せないだけで、あやつはお主らの言葉は聞こえているし理解している。その上で攻撃をやめないのじゃ。つまり倒すか逃げるしかないぞ」
「おい泥の女王殿、逃げる以外に手はあるか?」
「おっ、不敬。いつか処すからなほんま。手とか無いが?この世で最も高貴で強い妾が勝てなかったら誰も勝てんじゃろ、常識的に考えて」
「おっ、まずは泥ぶっかけたやつ処せよ。ちょうど泥パックしたかったんか?」
「か~っ!?これじゃから今時の人間は……そうじゃ、人間じゃ」
ガラクテアは指をパチンと鳴らし、不敵な笑みをシトロンに向けた。
「ならあれが使えるかもしれんの!シトロン、貴様魂を妾に預けんか?」
「絶対に嫌だ」
「超カッコいいビーム出せるぞ」
「預けるだけだよな?」
「ちょっと!何ビームに惹かれてるの!?」
レウカはシトロンの肩を掴み揺さぶる。
「オレ、ビーム出したいか出したくないかで言うと出したい」
「お馬鹿!」
「ここに契約は為された!ローマンデルジェイの姫……姫?シトロンよ!汝の魂の輝き、その槍に灯すがいい!」
「ほら!!!勝手に契約されてるわよ!?どうするの!!!」
「君結構ツッコミなんだね。オレとお揃い」
「あなた自分が思ってるよりボケじゃなくて!?……あの、あなたの槍」
折れたはずの槍の先端に、強い光が灯っている。シトロンはこれなら通用する、と本能で理解した。その輝きを見たドラゴンが、まるで怯えているように身体を震わせ、大きく口を開けた。
「泥が来るぞシトロン!構えよ!」
女王の号令に合わせて槍をドラゴンに向ける。ぽっかりと空いた空洞から、闇色の泥が放出された。飛沫だけで大地が溶けていくそれに対し、シトロンは槍を握る手に力をこめると、槍先の光はひときわ大きく輝いて、バチバチと弾ける。
そして泥が視界を覆うほどの近さになった時、眩い閃光が走った。
「なんか技の名前とか……あ!なんか出た光ビーーーーム!!!」
最悪のタイミングでぶつぶつと言っていたシトロンは一番の良い顔で槍を握りなおした。
ビームは泥を瞬時に消し飛ばし、ドラゴンを貫いた。ドラゴンは声もあげずにその場に倒れ、すぐに真っ黒な塵となって風に乗り消滅した。
シトロンはふぅ、と息をついて槍を下げた。周囲に異常な魔力は無い。山や林は壊滅的な状況だが、ひとまずの脅威は去ったと感じていいだろう。
「シトロン姫、ご無事ですか?」
レウカが心配そうに駆け寄り、確かめるように肩に触れる。
「なんともない!なぁ見た?ビームも出たぞ」
「見事なビームであったぞ。褒めてつかわそう。良い命の輝きじゃったな!」
「おい今なんか聞き捨てならないこと言わなかったか?命がどうとか」
「ん?魂を削って一発分の燃料をひねり出しとるんじゃ。だからまぁ何度も撃てば廃人になるじゃろうな。一発でカタがついて良かったのぉ」
シトロンは無言でガラクテアの頭を殴った。
銀河の女王が初めて人の子にぶん殴られた、記念すべき日であった。
空はどこまでも澄みわたり、昼間でも星が見えていた冬だった。
毎日20時以降に一話か二話の更新を目標としています