関所の謎の影・2
「じゃあお嬢様、ケブラフ前の関所まで行けばいいんですね?」
「頼むわ」
城壁近くに偶然ハルディン家と交友のある辻馬車が止まっていて、面倒な交渉無しにすぐさま出立できたのは幸いであった。兵士たちを気絶させてからは雪崩のように商工会議所を飛び出して城壁に向かったからだ。
「そういえばお嬢様。関所近くにはすっごく小さな集落があるそうですよ。お父様が立ち寄った際に井戸に足を突っ込んで壊してしまってお付きの兵士たちに頭を下げて直してもらったとか」
「パパったら……もし時間があったら集落にも行きたいわね。本当にそこでやらかしていたら謝罪の一つもしたいものだわ」
「西の関所は、街道と大河が交わる交易都市ケブラフと王都の間にあるの。ケブラフより更に西に行くとアナトの出身のガレッドル共和国に行きつくわ。つまり人も物も行き来が激しくて、ささいな違和は見逃されがちなのは否めません。イースもミトロンも悩んでいました」
「ミトロン?」
「巡回騎士を率いる四風将軍の一人です。王都の守護や治安維持を担当するマニウスと違い、ミトロンは機動力と殲滅力に長けているので、文字通りいつも国中を飛び回っていて、!?」
突如馬車が揺れた。
「すみません!馬があれに驚いたようです!」
後頭部を背もたれにぶつけたガラクテア以外は無事である。何事かと外を見ると、距離にして百メートル以上ある草原の上に、黒い影が複数が走っている。すぐに畝の向こうに消えていったが、野犬の群れのようにも見えた。
「あれか、確かにおかしいな。話を総合すると街の近くで人の往来が激しく巡回騎士や兵士も多い。見渡しのいい平野で獲物もいない。にもかかわらずあんな人の近くをふらふら集団で走り回る。狩りじゃあないぞ。何が目的なんだ」
「狩人がいて助かるわ」
「オレはプリンセスなんだよな」
「もうすぐ関所です。あそこに見える門と柵のところですよ」
「待った、止めてくれ」
関所に目を向けたシトロンは、その手前の草むらにしゃがみ込む派手な色合いの服の少女を見つけた。少女は草むらに生えている花を一本一本じっくりと見ているようで、馬車が近くに止まってもなんら気にすることは無かった。
「ありがとうございます。私たちを待っていなくても大丈夫です」
「はい、皆様もお気をつけください」
馬車は関所を超えてケブラフに行く順路を辿った。それを見送ってから少女に歩み寄る。
「君、ちょっといいか?」
シトロンが話しかけると、少女は振り返る。
少女は十二歳程度に見える。褐色の肌に紫色の髪を肩で切りそろえ、再度には控えめのリボンがついている。
近くで見た彼女の服装は南の島の民族衣装であった。お腹を出したカラフルな布地のひらひらした服と、腕や脚や髪につけた金色のアクセサリーが年齢よりも大人びた雰囲気を出している。
「あぁー!食べれる草だったのに!!!」
第一声はそんな外見を裏切るものだった。
全員の目線がシトロンの足元に向く。確かに他のものと違うギザギザした葉が足の下にあった。
「ごめん」と素直に認めて足をどけると、少女はほっと一息ついた。
「でも十秒も踏んでないからOKですね!わたしは好き嫌いしないのです!なんといっても姫なので」
「姫様が外国で野草を食べていますの?」
一切合作を気にせず草をむしりとる様子を見て、ハニーベルは待って、と止めた。
「それ食べない方がいいわよ。お腹壊すから」
「それはスベリヒユに似ているヒユモドキという毒草です。食べていないのなら大丈夫ですよ」
地元民であるレウカとハニーベルは、きちんとこの草のことも習っていた。
だが少女は青い顔になり、五人は大丈夫じゃないんだな、ということだけがわかった。
「……トイレを……お借りしたいです……」
「近くなら関所ね」
「あそこは嫌です!みんな意地悪ばっかり!」
少女は憤慨し、地団太を踏む。
「私はレウカ。この国の、えーと」
嘘をつくかどうか。ここでは方便だって許されるだろう。だがレウカがそれを選ぶはずが無かった。
「レウカ・シャスト・カレンシアと申します。この国の姫ではありますが、信じてもらわなくても結構です。ですがもし、関所の兵士たちに何か失礼なことをされたのなら私に言ってください。力になりたいのです」
いきなりこんなところに姫が現れるはずがない。それは異国の姫だってそうだし、自国の姫だってそうだ。
だが少女は何かを感じ入った様子で、疑いの眼差しをしながらも口を開いた。
「……わ、わたしはビカラ、です。フアノアって知ってます?知りませんよね、どうせね。そこのお姫様なんですよ、一応。ここの人たちは誰も信じてくれませんでしたけど。
まぁ知ってますけど?大きな国ですもんね、カレンシア。世界の端っこで浮かんでる島なんて知りませんよね。うちのパイナップルとかめっちゃ食べてるのに、あの辺の南国の島々、って認識ですもんね。えぇはいはいはいはいわかっていますとも。みんな椰子の実に小指ぶつけて死ね!!!!」
ビカラは卑屈な物言いによく似合う、ひきつりながらの自虐的な笑みだった。どこか投げやりで自暴自棄なのか目の端には涙が浮かんでいた。
マジで知らないから黙っておこう。シトロンは空気を呼んだ。
「知っていますよ。カレンシアからは西南に位置する海洋国家ですね。私はお花で作った糸のフアノア織が好きなんです。自室のテーブルクロスがジャスミンのフアノア織なんですよ。確かフアノアは早期からドラゴン調査隊に参加してくださると表明されていました。もしやそれで」
レウカの言葉にビカラは顔を上げた。大きな目はこぼれそうなくらい見開かれ、今にも泣きそうにうるうるとしている。そのままふらふらとレウカに近づき抱き着いた。彼女の豊かな胸に顔をうずめて大きな声で叫んだ。
「助けてくださいレウカお姉様!!あいつらワンコローを返してくれないんです!!!」
「詳しくお話を聞かせてくださいビカラ姫」
「信じるの?」
立場上慎重にならざるをえないハニーベルの発言に、ビカラは噛みつかんばかりに喧嘩を売った。
「はぁ~!?泣いてすがりつく哀れでか弱き可憐な少女を前に疑うんですかぁ!?どういう教育受けてるんですぅ!?子供は世界の宝なんですが!?」
「シンプルにムカつく……」
「落ち着けよベル。悪いな嬢ちゃん、こいつ騎士見習いだから人を疑うのが趣味なんだ」
「そこは仕事と言いなさいよ」
「そうですか。わたしはレディだから許してあげます。それで、その」
ビカラはレウカから離れ、もじもじと恥ずかしそうに動く。
「厠か?」
ガラクテアの直球発言に、ビカラは心底鬱陶しそうに眉間に皺を寄せながら盛大にため息をつく。
「そういえばそんな話をしていたな」
「はっきり言わないでください!こちとらレディですよ!」
「レディはその辺の草を食って腹を壊さんのよ」
「確か集落があると言っていたわね。そこでゆっくり話を聞かせてもらいましょう」
街道は真っすぐ関所に続いているが、そこから分かたれた細い道の先に木造りの建物が何軒か見える。話を信じるならばまだ人が住んでいるはずであった。
「漏らす前に行こうぜ!」
「いや漏らしませんよ!?流石にね!?」
キレながらも怪しい歩き方をするビカラに、一同は緊張感を抱く。もしもを想定した動きが必要な気がしてきた。
「しかし腹を下しながらの登場か。妾といい勝負じゃな」
「ヨゴレキャラの自覚あったんだ」
「私はヨゴレじゃありませんがぁ!?」
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