関所の謎の影・1
今日のカレンシア王都はにわかに浮足立っていた。レウカ姫がお忍びの視察に街に出る、と言う噂が囁かれていたのだ。
噂が流れている以上お忍びではない、とツッコミを入れにくい空気の中、調査隊一行は大通りではなく兵士たちが移動に使う城壁沿いの道を、イクシア他兵士たちの先導で歩いていく。
「実は東の島国・奈の国と北のワジェンデイクとの話がまとまってね、それぞれの国の王子様が調査隊に参加してくれるそうなの」
「へぇ、すごいじゃない。奈の国って古の悪竜を封じ込めた海底樹の周りにある、十二の島国からなる辺境の国よね。居合とかいう独特な剣術があるそうだから話を聞いてみたいわ」
「ワジェンデイクも帝国と手を組む前にこちらに引き込みたいですわね」
真面目な話をする三人と違い、シトロンはへらへらと笑いながら顔をかいていた。
「うーむ、なんか聞いたことはあるんだろうけど、知らん」
「次の授業はその二つの国についてお願いしようかしら」
「ご本人にどこの人?って尋ねる愚行を阻止したいですわ」
己の立場を気にしなさすぎる不勉強者に呆れながらも、二人は対策を考えている。
「それまでにいくつかの調査実績が欲しいの」
追い詰められているわけではないが、また背負い込もうとしている。そんな過剰な気合を入れているレウカを冷静に見ているうちに、一行は西地区商工会議所に到着した。
「会議場?」
目立たないように最低限の浮遊をして、歩いているように見せかけていた銀河の女王は不愉快そうに看板を叩く。
灰色のレンガ造りの平屋は、長年使われていながらどこか清潔感があった。事前に必死に掃除したのかもしれないが、もしかしたら商工会議所を司るドラゴンがいるという線もあり得る。
「いきなり街中に行っても望む情報は得られないとイストリア様はおっしゃられました。ですから今回は商工会議所での聞き込みにいたしました」
「安全確認がとれている室内で身元のはっきりした商人たちから聞き込みをする、ってことね」
「その通りです。ではこれ以降はなるべく口を挟まないようにいたしますので」
「ありがとう兵士長。みんな、頑張りましょう」
兵士たちが恭しく開いてくれた扉から室内に入ると、緊張した様子でやたらと着飾った商人たちが数人いた。とくに室内だというのに巨大な羽のついた帽子をつけた老人と目が合った。
「おめかしした?」
「つ、つい」
「わかるよ」
その会話で商人たちは緊張が抜けたのか、肩の力を抜いた。地図を見ながらいくつかの噂や何かしらの目撃情報など、あやふやなものも含め全てメモをとる。
「しかし野犬の目撃情報がムドラに関係あるとは」
「まだ不確定ですが、ムドラが出現すると周囲の動物が狂暴化する事案があるのです。そうでなくても兵士には重要なお話でしたわ。ありがとうございます」
帽子の老人はほっと胸をなでおろした。
「あの……ドラゴンではないかもしれないけれどいいですか?」
思案顔でずっと黙っていた女性が挙手した。
「えぇ勿論。どうぞ」
「あんまりよくないのですけれども」
「まぁここはね」
恐縮です、と女性は地図の前に移動した。
「私は夜のプレイ用の縄を仕入・販売するのですが」
「身元がしっかりしている以外にも確認とったか?」
「すみません!性の癖までは!!!!」
黙って見守っていたイクシアが頭を下げた。
「いえ私自身に縄でしばったり鞭でしばかれたりする癖はありませんので」
「あたしも鞭でしばいてるからって興奮するわけでもないしね」
「ややこしい!つまりただ売ってるだけか」
「そういわれるとお客様が縄を見ている様子で興奮はしていますが……。あんな人が買っていくのか、とか縛る方?縛られる方?とか」
緊張したのかぐるぐるとした目でうす暗い笑みを浮かべながら、女商人は言わなくていいことを言い続けた。
「レウカの前に出しちゃいけないだろ!!!」
一同が咄嗟にレウカを見ると、彼女はアナトにより耳をふさがれていた。
「マッスルイヤーガード!!!!」
「技名はともかくでかした!」
「す、すみません、緊張して。今日この集まりのため王都に向かっていた途中、西街道沿いの関所で野宿している外国人の女の子がいたんです。十歳とかそれよりちょっと上でしょうか」
「確かにそれはドラゴンとは関係なさそうだけれど、緊急性が高いわね」
「はい。王都を目指しているけれど、この関所から離れるわけにはいかない。パンをあげようとしたら高貴な女なので施しは受けない、と。とくにまだ問題は起きていないから兵士にいうのも憚られたのですが、先ほど野犬の群れとムドラの話を聞いたので言うべきかと」
「ちょっと気になるわね。ムドラ相手も調査の一環と言える気もするし、行きましょうか」
「お待ちになってレウカ様。野犬も外国人の保護も、ムドラであっても騎士や兵士の仕事ですわ」
アナトは珍しくレウカに直接不満を告げる。
「その通りだ。だからこそ行ってみるのはどうだ?それで調査隊とは関係ないかどうかを確かめてみれるのは、メンバーも少なくて遠征回数も無い今のうちだけじゃないか?少なくとも他の国の人間が増えていくと、簡単に動けなくなると思うぞ」
シトロンのフォローにアナトはうぅん、と唸った。一理はある。少数精鋭を率いて領内のムドラ退治をしてきた姫の言うことであり、説得力だけはあった。いつもちゃらんぽらんに見えてそれだけでもないことはなんとなく彼女にもわかってきていた。
「わかりましたわ。わたくしも協力いたします」
「ありがとう二人とも」
「よし。じゃあイースにぐだぐだ言われる前に行くぞ」
「今からですか!?しかし今日は王都から出る予定は無かったはず」
慌てたイクシアをどう説得したものか、と四人が目くばせをしていると、ずっとお菓子を貪り食っていたガラクテアがあからさまにわざとらしく、しずしずと中心にやってきた。
「兵士長、ことは急ぎのようじゃ。じゃがレウカに何かあってはというお主の懸念もわかる。そこで今の話を聞いていて、かつ他の兵士より階級が上なお主が王宮まで戻って将軍の許可をとってくる、というのはどうじゃろう。それまではおとなしくここで待っておる」
ガラクテアのそれらしい提案を聞いてイクシアと控えの兵士たちは何やら話し合いを始めた。
「なるほど、一度全員が戻るよりも早いですね」
「結局ここから兵を出すなら将軍の許可があった方がいいのは同じじゃろ?ただの見回りならともかく、ムドラの疑いがあるのであれば巡回騎士の出番と聞く」
「……わかりました!しばしお待ちください。では失礼します!」
そのダメ押しに、イクシアは折れた。レウカに頭を下げ、他の兵士に二・三の言づてをしてから商工会を出ていった。その背をきちんと見送り見えなくなったから、ガラクテアはほくそ笑む。
「今のうちに行くぞ」
「せこい」
「責任なんぞ全部妾が背負ってやるわうははははは」
「馬鹿他の兵士に聞こえるだろ!!!」
「でもどうやって」
「マッスル首の後ろをとんっ……!」
アナトが目にもとまらぬ速さで兵士たちの後ろに入り込み、首の後ろと手刀で叩く。
音が一撃につき”ドゥゥゥゥン!!!”だったのは気のせいだろう。
その場には死屍累々が転がるだけとなった。
「さぁまいりましょう」
「ここまでする気はなかったのですが!」
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