賢者による授業その一・創世竜の五柱
みんな揃った朝食の途中、一人のメイドが「失礼します」とレウカの耳元でなにやら話していた。彼女はぱぁっと顔を明るくして、メイドに礼を言い下がらせる。
「ちょっとみんないいかしら。食事が終わった三十分後、書き物の準備をして会議室にきてくれない?」
「いいぜ、なんか話し合い?」
「授業をしてもらえることになったの」
二階建ての黄昏館の一階部分には、入ってすぐの吹き抜けのホールを抜けたすぐ隣に大きめの部屋がある。騎士が作戦会議の際使っていた机と椅子がそのまま残されていたことから、調査隊も会議室として運用することにした。
ほぼ同時にレウカ以外の三人が会議室に入ると、そこには一足先に席についていたレウカと、見慣れぬ小柄な白いローブの人物がいる。
賢者だ、とシトロンは見当をつけた。遠目から見た時の記憶通り、小柄で華奢で、胡桃色の長い髪を高い位置でひとまとめにし、丸い眼鏡をかけている。だが、思ったよりも若い。賢者のイメージとは少し合わない。
その人物は三人に振り向いた。この大陸ではあまり見かけない黒い瞳だった。
「初めまして三人とも。私はセレマリオン・テウルギア。賢者とかセーレでいいし、敬語も必要ないよ。私も君たちには使わない。今日はみんなに簡単な授業をしにきたんだ」
にこやかな話口に三人は緊張を解いた。レウカが自分の近くの机に座るように手招きしたので、そちらに移動して席についた。
「授業ですか?」
「うん。報告書を私も読ませてもらったんだけど、アナト君がいいまとめを書いてくれていた。知識は力だと」
「わたくし物事の本質を捉えるのが得意でして」
シトロンとハニーベルは呆れてじっとりとした目で睨むが、賢者は拍手をした。
「その通りだね、自分のアピールポイントを高らかに宣言できる子で嬉しいよ。君たちにはカウンセラーとしても対応したいから、手のかからない子もかかる子もクラスにはいて欲しい」
賢者は鼻高々といったアナトをそれ以上構ったり褒めたりはせず、壁に備え付けられた黒板を指さす。するとチョークが一人でに動きだし、小気味いい音を出しながら文字が書かれていく。
そこには”創世竜って何?”と。
「本日の講義内容はこれです!」
「基本中の基本じゃない」
つまらなさそうなハニーベルのことも賢者は気にしない。
ふと賢者のローブの袖がありえない軌道で動いた。すると裾から白い蛇がにゅっと頭を出す。そうして四人の生徒を見てからすぐ戻っていった。
「私のパートナーだよ。気にしないで」
賢者は反対側の袖から教鞭を取り出して、黒板をてんてんとなぞるように叩く。
「カレンシアの教育基準は知っている。というか口出しした。現行の教育制度はほとんど私が定めたからね。改定が必要だと八年前からユヴォークをせっついているんだけど、あの人決定権があることへの自覚が薄すぎる。後回しにしている間に誰かがなんとかしてくれることには慣れたのにね」
セレマリオンは「あはは」と笑うがレウカを気にして笑うに笑えない室内には何とも言えない空気が流れている。それに気がついた賢者は笑うのを止めて口を閉じた。
「生徒の前で父親の文句を言ってしまった。ごめんなさいね!」
「耳が痛いです」
居心地の悪そうなレウカに、セレマリオンは待ったをかける。
「親の至らなさを子供が背負う必要はありません。それはおいといて。ローマンデルジェイやガレッドルの基礎教育を知るという観点でも、創世竜についておさらいしようと思ったんだ」
「では創世竜の名前をアナト君、お願いします」
「はい!光の竜ガラクテア、星の竜ウラノス、闇の竜ソラール、水の竜アクア、氷の竜グラツィアルですわ」
「よくできました。ガラクテアは光の他に銀河と創世を司っている。ウラノスなら惑星と裁決、ソラールは内核と消滅、アクアは生命と豊穣。グラツィアルは天氷と終焉。これくらいは暗記させられているかな」
説明が終わる前に、シトロンは勢いよく手を挙げた。
「シトロン君どうぞ」
「その辺りからちんぷんかんぷんです!」
こういう時は勢いが肝心だ。それでひるませてからこちらのペースに持ち込む。幾人もの家庭教師に使ってきたテクニックであったが、セレマリオンは慣れているようでペースを崩さない。
「そう来たか。じゃあこの机」
講演台のはずが、賢者のせいで教壇になっている机の天板を軽くたたいた。
「机を発明したのがガラクテア、机の定義を決めるのがウラノス、机を増やすのがアクア、机を片づけたり壊したりするのがソラール、机をなくすことにするのがグラツィアルって覚えておけばいい。グラツィアルのはソラールと混ざりがちだからね。彼女のことは今はふんわりしててもいいや」
シトロンはなんとなく理解できた気がした。気がしただけではあるが、一歩前進ではある。
「ガラクテア、アクア、グラツィアルは女性でウラノスとソラールは男性と教わりましたが、竜の性別ってどう決まるんですの?」
アホな質問にも気軽に答えてくれる、とわかったからか、質問自体も気軽にできる。アナトの質問に賢者はうんうんとうなづいた。
「いい質問だ。ケースバイケースです」
「一番聞きたくないやつやん」
「創世竜だけはちょっと違う。最初は無性だったけど信仰が性別を決めた。私たち人間が創世竜ってこんな感じなんだろうな~っていうのを叶えたんだ。彼らには自分の願いや思いは無い。ただ世界を作り管理運営していたけど我々の祈りや願いを反映してくれた」
賢者はシトロンを見た、ような気がした。少なくとも彼女はそう感じた。
「つまりガラクテアが女王なのも、人間が望んだからなんだ」
シトロンはなんだか、思ってもいなかった視点から殴られた気分になってしまった。
銀河の女王を自称するあのドラゴンが、物悲しい存在に思えてしまったからだった。
次は今日の21時に更新予定です