調査報告と寂しさと
「みんな!無事だった?」
探していたレウカの声を聞き、シトロンとアナトは街道沿いに停車した馬車から慌てて外に出た。そこには手を繋いだレウカとハニーベルがおり、馬車に駆け寄ってきた。
「二人こそ大丈夫か?レウカ、怪我は?」
「私は大丈夫よ。ベルが守ってくれたもの」
ベル?とシトロンとアナトは訝しげに二人を見る。二人は互いを見ては笑いあっていて、なんだか仲が良くなっていた。手を繋いだままのハニーベルはその視線に気がつき、ドヤ顔で赤い髪をかきあげた。
「ふふん、当然完璧なナイトっぷりを見せつけてきたわ」
「本当かしら。どこか痛いところなどありませんの?」
「無いわよ!あたしが優秀な騎士見習いだって誰より先にレウカが認めてくれたんだから!勿論ドラゴン相手にも完全勝利を決めてきたわ!」
「「「ドラゴン?」」」
頭についた土や虫を兵士に取らせていたガラクテアもまた、声を重ねてきた。
「……というわけ」
ハニーベルの簡潔な報告に三人は聞き入った。
「多分さかさになったというより、種を植える時に指で砂に穴を開けるでしょう?あれを頭でしていたのだと思うの。草を司るドラゴンだし、地下の自分を見つけてもらいたかったから、で。こじつけかもしれないけれど」
不思議な挙動にそれらしい説明がつくと、なんとなくみんな納得できた。
「わたくしわかったかもしれません。調査に必要なのは知識と発想力ですのね。レウカ様、調査隊のメンバーを大々的に募集したのは正解だったかもしれませんわ。誰しも得意分野はありますもの。そうでなくとも生きる場所が違えば気候や地質や生物も違うから前提知識がまるっきり違いますわ」
「そうね。そうだと嬉しいわ。ではみんな、簡単な確認をしてから城に戻りましょう」
夕方の碧亜城、謁見の間。二つの玉座の向かって左側には弓と王冠が置かれていて、右側には王が座っている。イースからは簡略版と説明されていた通り、通常ならわらわらと貴族や大臣や騎士たちがいる室内には王とイストリア、そしてイクシアと彼女の上司として参列している将軍と、王付きの二・三人の従者がいるだけだった。
穏やかな空気の中、レウカが中心となり報告を終えた。
「流石レウカだ。あっという間に一つの問題を解決するだなんて」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
国王というより父親としての顔をして、彼は娘を見て微笑んでいた。
「正直調査隊というもののイメージが掴みきれていなかったけれど、現地に向かってドラゴンたちと言葉を交わし、人々の抱える不安や問題と地道に向き合い救っていくということなんだね。君の優しさが可能とする、君に相応しい仕事だ。応援しているよ」
レウカは満開の花のような笑顔になった。キラキラと輝くような瞳と淡く色づいた頬で子供のように、無邪気に嬉しさと喜びを表している。
「はい。つきましては王に」
「うーん、私はライムのお勉強があるからここで。難しいことはイースに言ってくれ」
笑顔できっぱりと空気と娘を断ち切り、王は立ち上がった。レウカは笑顔を慌ててひっこめて、キリリとした姫らしい顔にした。
「……はい。煩わせてしまい申し訳ありません」
「じゃあね」
王は手を一度ふると、娘がふり返すのも見ずに出口へと向かい、一度も振り返らず行ってしまった。従者たちもそれに続いて出ていった。
レウカになんて声をかけていいのか、と三人がそれぞれ逡巡していると、イストリアが声をかけた。
「みんなお疲れ様。楽にしていい」
イストリアと一緒に壇上から下りてこちらへやってきたのは、年若い将軍だった。彼は四風将軍の中で唯一貴族階級ではない男として、市民からの人気が高い。
彼はレウカに軽い会釈をしてからシトロンとアナトに向き合った。
「初めましてシトロン姫、そしてダネイ殿。挨拶が遅れて申し訳ない、俺はマニウス・ガーリム。王都と周辺地域の警備を担当しているボレアス騎士隊の将を務めています。この度は部下たちをご活用していただき恐縮です」
調査隊の後ろに膝をついたまま控えていたイクシアは、顔を伏せたまま口元だけ緩めていた。
「あ、どうもー」
まったく気の利いた挨拶を返せないシトロンを軽いタックルで数メートル吹き飛ばしながら、アナトはドレスの裾を軽くつまみながらにこやかに話しだす。
「国賓ではありませんもの、お気になさらず。お噂はかねがね聞いておりますわガーリム将軍。カレンシアはイストリア様の守護風壁と将軍率いるボレアス隊で堅牢に守れらている、と」
「俺はただこの偏屈ドラゴンのわがままに振り回されているだけですよ」
爽やかに笑う将軍の脛に、イストリアは無表情で杖を思いっきりぶつけた。鎧の重たい金属音が謁見の間に響く。
「妄想癖も大概にしなよ、君が僕無しじゃあろくに働けないだけだろう?」
「いつまで人をガキ扱いするつもりだ?背ももう俺のほうが高いぞ」
「茶葉の違いもわからないくせに大人ぶるとは滑稽だね」
「俺にばっかわけわからん謎茶を飲ませてるんだろうが!」
「毎度きちんと説明しているのに君が聞いていないだけだろうが!」
「ごめんなさいね、この二人はいつもこうなの」
盛り上がっている二人をさておき、レウカはにこにことフォローをする。
「仲良しね」と呆れながらもハニーベルは笑った。
「「どこが!?」」
息もぴったりの二人に、更に周囲は笑うしかなかった。
「でもオレもイースが子供みたいな言い合いできる相手がいると安心するな」
「子供!?」
「あーっはっは!人をガキ扱いしてるからだ」
「パパから勇猛果敢な騎士と聞いていたのですが、親しみやすい方なのですね」
「ぐっ……部下の娘にそんな気の使われ方をされるなんて……」
それぞれテンポよくダメージを受けていったことで、イクシアは下を向いたまま笑ってしまった。
「こら!おいお前こら!」
目ざとく見つけたきた上司にさらに追撃をくらい、彼女はぷるぷると震えている。
「そうじゃ、我ら天空を支配せし強き者。あまり人間と戯れるのもどうかと思うぞ。もっと威厳を持ってじゃな」
「すみません……」
ガラクテアのお叱りに、すぐさまレウカが間に入って反論した。
「駄目です!イースのこういうところが私は好きなのです!」
「そうだそうだ!自分だっていじられまくってアホ面晒しまくって威厳なんて宇宙に置いてきたくせに!目下の者には突然説教始めるとかとんだ女王(笑)だな!」
「なんじゃとこら!?だいたいお主ら人間は超常的存在に親近感や親しみやすさや庶民感覚を求めすぎなんじゃ!違う生き物を己のラインまで撃ち落とすのを止めい!」
「お前は勝手に落ちてきただろ」
「くぅ~!!!!力が戻ったら真っ先に貴様の魂全部使ってビームの無駄射ちしてやるからな!」
ガラクテアは、悔しそうに謁見の前を回転しながら飛び回る。
「みみっちいですわね」
「えー、話を戻そう。第一回目の調査は成功とみていいだろう。それで次は街での聞き込み調査か。王都は安全だろうけれど、万が一に備えて兵士の数を増やし事前に不審者や不審物がいないかチェックさせる。当日には騎士を同行させようと思うけれどどうかな」
「私にはベルがいるわ」
姫の言葉にどやぁ、としたハニーベルに、シトロンとアナトはむかぁ、ときた。
「君にはね。でもシトロン姫やアナト嬢の護衛も必要だ」
「いやビーム弾ける筋肉の女とドラゴンに斬りかかる女に護衛は必要かの」
「ではガラクテア様の華やかさを、更に彩るための騎士たちはいかがでしょう」
「欲しい」
「こらこらこら!あんまり人増やしてもな」
「威圧するだけですわ」
「それはわかるけど」
「じゃあ私服の兵士も配備しておく。それでどうだ」
将軍のフォローにイストリアは眉をしかめたが、レウカとハニーベルは喜んだ。
「いいですね。きっと兵士や騎士のあたしが良い目くらましになると思います」
「お前騎士見習いだろ。承認審査までは冗談でも騎士を名乗ることは禁じる。姫様の護衛騎士を目指すなら猶更だ。案外みんなに見られるからな、気を抜くなよ」
「はぁい……」
親しみのあるお兄さんの顔から一転、上司兼大人としての忠告を、勝気な彼女でも流石にしっかりと聞いた。
「仕方ないな……きちんと仕事をしてくれたまえよ」
水を差すのは止めたのか、イストリアは何か言いたげなまま許可を出す。マニウスは不満げなイストリアにどこか上機嫌になった。
「はいはい、誰かさんにお小言言われないように頑張りますよ。では姫様、俺はこれで」
挨拶をしてから、軽やかな足取りのままマニウスは謁見の間を出ていった。イクシアも頭を下げてから後に続き、室内にはシトロンたちだけとなった。
「子供のままだなあいつは」
イストリアはどこか拗ねたように呟いた。
「そうか、イースにとってカレンシアの人って子供の頃から結構知ってるんだ」
「まぁね。だから君のこともよく知っているよハニーベル。ご両親のこともね」
「都合が悪くなりそうだからこの辺りで話を切り上げたいわね」
にまにまと笑っていたハニーベルは、さっと表情を真剣なものに切り替えた。
「わかっているじゃないか。みんな今日はお疲れ様。休んでくれていい。館の方で夕食などの準備ができているそうだからゆっくり休んでくれ。次のことは明日以降に話そう」
「わかったわ。では帰りましょう」
イストリアをその場に残し、四人は大きな扉をくぐり廊下に出る。もう随分と陽が傾いていた。
「それにしても王様、オレとも一応初対面だったんだけどな。とくにコメントなかったな」
「安心せい。この美しき輝きを放つ銀河の女王にも興味の薄そうな男であった」
頭上から声が聞こえたな、と四人が目線を上げると、扉上部に挟まったガラクテアがいた。彼女は何故か喚くでもなく”無”だった。
「笑え」
銀河の女王の迫真の言葉を無視して、三人は歩き出した。助けようとしたレウカを運びながら。
「いっそ笑え人間ども!!」
館に到着した五人は、それぞれの使用人に迎えられて一旦部屋へと戻った。
だがシトロンもそうしようとした時、レウカに声をかけられる。
「シトロン姫、夕食が終わったら部屋に行ってもいいかしら」
「勿論いいぜ」
「良かった。ではまずゆっくりとお休みになって」
足早に部屋へと戻るレウカの後姿を、シトロンは寂しそうに見送った。
「……相変わらずオレはシトロン姫、だな」
「お主らの心の距離が近づくと、恐らく妾の力も戻る。もっと仲良くなってくれんかの」
珍しい感傷的な姿に、ガラクテアは煽ったり笑ったりはしなかった。
「お前のためじゃなくても仲良くなりたいと思ってはいるよ。若人へのアドバイスとかないのか?」
軽い勢いで聞いた話題であったが、ガラクテアは思ったよりも暗い笑顔を浮かべた。
「妾は……本当は人間関係に口を挟む資格などないのじゃ」
それだけポツリと呟くと、しょんぼりとして部屋まで飛んでいってしまった。
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