出会い・前編
いまだ魔法がある世界。自然や現象や概念を司る魔法生物・ドラゴンが存在する世界。
人はその偉大さと強大さを忘れていき、ドラゴンとの共生が困難になっていった。
人間が世界を征服するため侵略戦争を行う”竜殺し”のバートイザ帝国。
竜と共生しながら竜を抑止力としても使う”蒼風王国”カレンシア。
どちらにも組しない謎の国、”銀の都”ブレアルネイソル。
今この世界は三つの国が互いに牽制し合いながら、時に人に牙を剥くドラゴンや、ドラゴンになるほどの力の無い魔物”ムドラ”と戦う、戦争前夜の状態であった。
そしてそんな空気とは全く無縁の小国ローマンデルジェイ王国!
ここに全くそんなシリアスな雰囲気なんぞ知らない一人の王族がいた!
「シトロン様~!どこにおられますか!?」
従者の呼ぶ声を聞きながら、シトロンは金髪を風になびかせてじっとタイミングを見計らっていた。
眼下には草むらに身をひそめる怪我を負ったムドラが一匹。先ほど兵士の槍が肩をえぐったはいいが、仕留め損ねて逃げた個体に間違いない。魔力の痕跡を辿りやっと見つけたのだ。
「オレならいける、絶対勝てる!今日のパンケーキめっちゃ丸かったし!」
気合を入れたシトロンは、使い慣れた槍を手に切り立った崖から飛び降りた。
全身に巡る魔力を制御して、槍先に少量の炎を乗せる。あまり強い炎を出すと周囲の植物が燃えてしまう。
高山に位置する王国は、国土の大半が岩肌に覆われた不毛の地だ。貴重な植物を燃やすわけにはいかないし、ムドラの穢れも残したくはない。
シトロンの槍は見事ムドラを貫いた。その瞬間槍先に乗せた炎を傷口から直接体内に流し込む。
ギャアゥ!と小さな断末魔を上げ、魔物は絶命した。すぐさま全身が黒い塵となり、大気にかき消えた。周辺に異常な魔力はもう無い。
「こっちだ!ムドラなら倒した!」
主君の声を聞き従者や兵士が安心したように崖上から顔を出す。
「シトロン様、まだ無茶を」
「女王様から叱られても知りませんからね!」
「みんながオレを野放しにしたって言ってやる」
「ここから岩落とそうぜ!」
「手頃なのがあったぞ!」
「オレが悪かった!次からは声かけてから先行する!許してください!」
「仕方がない、我々も大人ですからそれで手を打ちましょう」
「どっちが主人だか」
多くが幼馴染だったり同級生だったり親戚だったりの、田舎特有の気安さでじゃれあっていると、物見が声をあげた。
「シトロン様、カレンシアの馬車です。あちらの方向を」
物見がほのかな赤い光を放ち、方向を指し示す。シトロンは魔力で視力を底上げしてそちらを見ると、確かにカレンシアの紋章が入った小型の馬車が隣の山の山道を駆け上がっているのが見えた。
「いつの間にかかなり国境に近づいていたようです。気づかれる前に退きましょう」
「でもあの山うちの領土だろ。なんで俺達が逃げなきゃいけないんだ?」
「大国相手なんだぞ。道理よりパワーなんだって」
「それに勝手に帝国側のカレンシア包囲網に数えられたら最悪っすよ」
兵士たちは思い思いの愚痴を言う。
「ところで帝国とカレンシアが戦争になったらうちはどっちにつくんですか?」
「ノータッチ貫けるほどデカい国じゃないからなぁ。父上も頭を悩ましてるよ。どっちについてもオレ達に旨みは全然無いし……。あ」
「いかがしましたか?」
「怪我人はいないよな。総員戦闘準備して山道沿いに南下、あの馬車まで近づけ。オレは先行する」
「シトロン様!?うわ!」
突如空気が振動し、兵士達は態勢を崩した。
一方でシトロンはそれらを気にもとめず、器用に岩肌を蹴って壁歩きでもするように馬車の走る隣の山へと近づいていく。
馬車は、何かに追われている。それがまき散らすどす黒い魔力がシトロンにはいち早く感じ取れた。
「余計なもん連れてきやがって」
まだ麓に近い山道は木々をぬうように張り巡らされている。一旦馬車が林に隠れ見えなくなった。
突如、破壊音が山々に響く。砂煙と砕ける岩々、折れた木々が悲鳴を上げているようだった。
その煙の中から馬車が飛び出てきたが、降り注ぐ岩の破片に馬具が壊れ、馬だけが走り去り車は横転する。
そうしてその次に、ゆうに十メートルは超える真っ黒なドラゴンが現れた。
肌の表面は瑪瑙のように少しずつ色の違う縞模様が、絶えず波打つように動いている。背には大きな四枚の翼があり、大樹をも紙のように切り倒した。太い尾と四本の脚で歩く度に空気が振動するのに大地は静かなままだ。見た通りの重量があるわけではない。現に鳥は逃げていない。
怯えているのは人だけだ。
一体何竜だろうか、とシトロンは一旦木の影に隠れた。馬車までは二十メートル、ドラゴンまでは百メートル地点。想定より近づきすぎた、と後悔していた。兵士たちはまだ遠い。
ドラゴンは司る力や概念により戦い方や対処法が大きく変わる。話し合いが通じるものもいる。何も分からないまま敵対してはならない。
もし馬車が悪いのならば、申し訳ないが見捨てるのもやぶさかでない。
カレンシアとは一時的に関係が悪くなるかもしれないが、そもそもドラゴンとの共生を謳う国がドラゴンを怒らせているのだ。そちらが仲良くできてないだけでは?でなんとか乗り切れるか?無理かな?とシトロンがぐだぐだ考えていると、横転した馬車から一人の少女が出てきた。白のローブを身にまとい、亜麻色の髪をミディアムボブにした、緑の瞳の美しい少女だった。
彼女は足を怪我したのか、すぐに地面に倒れた。それを見つけたドラゴンが、大きな口を開ける。
シトロンは、気がつけば木陰から飛び出して彼女を抱きあげ、即座に林の中に身を翻した。
二人のいた場所にドラゴンの口から吐き出された真っ黒な泥がまき散らされる。山道は跡形もなく溶けていき、山から削り取られたようになっている。
少女は突然のことに驚いていたが、下敷きになっていたシトロンに向かい謝った。
「ごめんなさい、貴方が助けてくれなかったら、私は……」
「気にすんな、足は大丈夫?ところで君可愛いね、どこ住み?」
「……すぐに治します」
少女は緊張の糸が切れたように呆れた顔を見せた。シトロンの言葉を無視して、スカートを少しだけたくし上げる。ふくらはぎ付近のタイツに血がにじんでいて、そこに手をかざすとすぐに治癒魔術の白い光が輝いた。
「あなたは?」
「オレは平気。強いので。母上譲りの鋼鉄のボディーだ」
「ふふ、凄いですね。それにしても勇気があるのね、王子様みたい」
「当たらずも遠からじって感じ。オレ、シトロン」
愛想よく笑ったというのに、シトロンの上に乗ったままの少女は硬直していた。ドラゴンに怯えていた表情から一転、ただただ困惑している。
少女はシトロンをじっと見た。金色のショートヘアに、整った顔立ち。身体のラインが見えない赤い軍服と軽鎧の、よく見るローマンデルジェイの若い槍騎士。
だというのにローマンデルジェイのシトロンと言えば王の子供の。
「あなた……シトロン姫?」
「そうだけど?」
「王子様などと言ってごめんなさい!」
「謝る必要なくね?だってオレ、どう見ても王子様って感じだし?
だいたい王子様に性別は関係ないよね!」
シトロンの裏表のない笑顔につられて、少女は「そうですね」とやっと微笑んだ。
あぁ、綺麗な子だな。
シトロンがそう思った時、突如上空から何者かの叫び声がした。
「のじゃぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」
21時に二話目を更新予定です