8.灰色豹
もう、走れない。
もう、無理。
若返ったと喜んでいたけど、思った以上に体は動かなかった。
腕の中にいる子狼が生きていることを確認したら安心したのか、腕の痛みが急に襲ってくる。
「痛い!」
短く痛いと叫んだ後は、痛みが猛烈に襲ってくるので、叫ぶことも出来ない。
脂汗を大量に掻きながら、蹲り、痛みに耐える。
ポーション飲めば。
そう思ったと同時に、目の前にスィートバチ二匹が小瓶を支えながら飛んできて、アヤコの腕に掛けた。
痛みが急激に引いていく。
「ありがとう」
心配そうに覗き込んでいた蜂たちが、ホッとしたように表情を緩めた。
起き上がってポーションを飲もうとするが、全身筋肉痛のようにバキバキで体が重い。更に傷を負った左腕は鉛のように感じる程だ。
なんとか右腕を動かし、ポーションを口に運んだ。
流石あのエリクサーとなったポーションを薄めた、完全回復ポーション。
身体から全ての重さが無くなった。
アヤコは起き上がって事態を確認しようとドアの方を見れば、戦闘蜂たちが羽をブンブンと鳴らし、勝鬨をあげていた。
まさか、倒したの?
恐る恐るドアの外を見れば、完全に戦闘蜂の針を動脈に差されて事切れているとわかる灰色豹1匹と、痙攣している灰色豹1匹。あたりを見渡したが、もう1匹は逃げた様でいなかった。
この森の中でスィートバチが生きていけていた理由がよく分かった。
実は物凄く戦闘力、高かったんだね。
『頭にある石が魔石』
女王蜂が灰色豹のところに行ってそんなことを言った。
「魔石?」
恐る恐る近づいて倒れている灰色豹を見れば、頭のところに小さな角が生えていて、その付け根に水色の石が付いていた。
「これがそう?」
直接触るのは怖いので、アヤコは指を指す。
『そう。これが魔力の原動力』
なるほど。
こんなに強い者と戦わないと手に入らないのなら、魔道具を作るのも大変なわけだ。きっと買うのも高いんだろうな。さて、この水色の魔石は…と。
水色の魔石…属性(風) 剣に嵌めると切れ味抜群 風を起こすことが出来る
扇風機とか船とか乗り物に使うと良さそうだけど、残念ながらアヤコの作っていたモノには適さなかった。
でも、持ってたら何かに役に立つはず。
ナイフで削るのはちょっと戸惑う。指で軽くもげないかな?と触れてみるが、流石に埋まっているものを取り出すのは難しかった。
ん?
横から戦闘蜂さんが1匹やってきた。何をするのだろう見ていたら、太い針を魔石の根っこに差した。
えええええ――――――。
目を剥いで見ていたら、ポロリと石が落ちた。
どんなもんだいとばかりに戦闘蜂が胸を張るので、苦笑いしながら手を叩いた。
「すごいねー」
棒読みになったのは許してほしい。
『アヤコ、あっちのはどうする?』
女王蜂が指さした方向には痙攣している灰色豹。
「生きてるんだよね?」
『仮死状態』
「このままなら普通に生き返るってこと?」
『そう。森へ帰すのか、土に返すか』
なるほど、どちらにするかアヤコの判断待ちだったらしい。
灰色豹…風を操り、素早い動きと鋭い爪で獲物をしとめる、森のハンター
この灰色豹は子を宿している。
どうやら倒したのは雄で、痙攣しているのが番の雌のようだ。身の危険を考えたら止めを刺すのがいいのだと思うけど、子を宿らせている分かれば、アヤコがそれをするのは難しい。
番が居なくなって生きていけるのかわからないが、無理に殺生はしなくていい。
「このまま放置で痙攣は解ける?」
『このままで大丈夫』
だったらせめて逃げれるようになるまで、囲いを作っておこう。
「動けるようになるまで、他の動物に襲われないように囲いを作っておくね。ここから出られるから」
中からは出られるようにして、外からは入れない罠の逆の入口に仕上げた。
睨むようにしてこちらを見ている雌の灰色豹に、ここよ。と何度か伝えてそこを離れた。
雄の灰色豹は、このままだと他の動物に食べられるだろう。実際にこちらを窺っている気配が幾つかしている。それは自然の摂理なんだと思うけど、番の前でそれを見せないほうがいいと勝手にアヤコは判断して、深く深く穴を掘ってそこに灰色豹を入れ、土を素早くかぶせることにした。
「この子を見ててくれる?」
塀の中に子狼を優しく置いて、探索蜂に見守って貰う。
最近畑で培った土起こし、所謂土魔法で穴を掘る。
自分がすっぽりと埋まるよりも深い穴を掘って、そこに埋めた。
これでよし。
庭に咲いていた花を添え、自己満足だが埋葬を終えた。
一先ずはこれでいい。
アヤコは子狼の元に戻り、抱きかかえると家の中に入った。体はある程度元に戻ったけど、精神的疲労が凄い。
今回は本気で怖かった。
改めて自分の姿を見れば、切り裂かれ血の染まった服。
場所が悪ければ……。
生きていることが奇跡かもしれない。
明日はスィートバチに改めてお礼を言うことにして、アヤコは子狼をタオルが敷いた籠に寝かし、お風呂に入った。
読んで頂きありがとうございました。
次回 9.孫認定