6.更なる若返りと錬金
庭の周りに張り巡らされている柵は2mもなく、2階の窓から外をのぞけば普通見えるはずなのに、ここでは切り取られた別世界のように見えない。ただ空だけは屋根より数メートル先には見えない壁があるけれど、外と繋がっていることがわかる。何故なら時折不思議な声の鳥が飛んでいるのは見えるし、フンが落ちそうなこともあった。なのに、庭に落ちることなくある場所を境に消える。
初めてそれを目にした時、ファンタジーと変に感動した。
家の中の者が無くならない時点で、十分不思議の塊でファンタジーそのものなんだけど、いつの間にか慣れていた。
家の不思議の説明はそれぐらいで、まずは入口とされるインターホンのあるドアを、開けた。
初めて開けた時には、傷ついたスィートバチばかりが目に入ったので、外の様子など何も覚えていない。スィートバチ探索隊の先導で第一歩を踏み出す。
先ほどまで何も見えなかった場所が、視界に飛び込んで来た。
これは…また、凄い場所に家が建ったものね。
アヤコの目に映るのは、全て樹。それも立派な家の高さを優に超す樹ばかりで、それらが好き勝手に生い茂り、地面に光は殆ど届いていない。
地球でいうところの苔のようなものが落ち葉の合間にあるだけだ。
これは長年放置された山と変わりがない場所だ。
流石深淵の森。
家から持ち出したiPadを開けると、アヤコの視界に入ったものがすべて記録されていった。
一緒に鑑定結果も表示されるが、どれをみても魔樹としか出ていない。
魔樹…自分の意志で根を下ろす場所を決めることが出来る。とても頑丈で建物に最適、とでた。
樹の魔物?
そう思ったけれどスィートバチが警戒していないし、嫌な感じもしなかった。
家の周りを一周してみることにして、柵伝いに歩いてみるが殆ど景色は変わらない。これは家の近くとはいえ、迷ったら帰れないかもしれない。
これは困った。アヤコは重度の方向音痴だ。スマホを見ても目的地に到着しないことなんて、多々あった。その度に誰かに道案内してもらっていたのだ。
スィートバチをみれば、任せてとばかりに小さな手で胸を叩いた。森で生活していた彼らなら、確かに迷うことはないと思う。
「お願いね」
アヤコの言葉に可愛く頷くスィートバチに萌えながら、一周を終えた。
今度はドアに紐を付け、持ってきた懐中電灯をもって真っすぐ進んでみた。
真昼間だというのに歩く場所は薄暗く足元をしっかり見ておかないと、木の根で転げそうだ。
折角鑑定もあるし、キノコ類があればと思って歩いてみたが、いるのは綾子の苦手な地面を這う虫たちばかりだ。
山歩きの必需品品である長靴を履いているとはいえ、ちょっと怖い。
ただ助かっているのは目が退化しているのか、光を当てるとすぐに逃げていくことだ。お陰で視界には入るが、踏むこともなく進めた。
10mと決めていた紐がピンと張った。
その先を懐中電灯で照らしてみるが、見える限り同じ視界ばかりだ。
ならば引き返そうと、踵を返した。
それらを三度続け入口に戻れば、ドッと足が重くなった。
どうやらアヤコはかなり緊張していたらしい。
このまま一度腰を降ろせば動けなくなりそうだと、急いで家の庭に戻った。
ドアを閉めた途端に、アヤコは腰を落とした。
「スィートバチさん、今日はありがとうね」
肩から掛けていた水筒から一気に梅ジュースをあおるように飲んだ。
カラカラに乾いていた喉が潤うと、大きく息を吐いた。
「引きこもりが第一歩を踏み出すのは、勇気もいるけど、体力が奪われるわね」
それでも噴き出てくる汗が、冒険をしたことを物語っていて、どこか誇らしかった。
おばあちゃんも、やれば出来る。
まあ、今はおばちゃん?
どっちにしても外は気力と体力、胆力もいるのがわかった。だったらもう少し若い方がいいかも。
だったら………。
夜寝る前にローヤルゼリーを食してみようと決めた。
2つ目のローヤルゼリーを食べた次の日、はやり目覚めは凄く良かった。前日夜9時には限界が来て寝たのも良かったのかもしれない。時計を見れば針は朝の5時を示していて、カーテンの向こうは光が差し始めていた。
起きて一歩を踏み出せば、体が違うのが分かった。自然と背中がまっすぐに伸びていて、姿勢がいい。それにお腹のぜい肉が…減ってし、やせ細っていた脚の筋肉が僅かだけど戻って来ている。
急いで洗面台に行き自分の顔を覗き込めば。
「間違いなく若返ってる」
鏡に映った画面には、
アヤコ36歳 人族
生活魔法 クリエイト中級 錬金術Max
と出ていた。
錬金?
え、まさか若返りが、錬金という扱いになったの?!
知らず知らずのうちに、ローヤルゼリーと梅酒の組み合わせがエリクサーになったとか?
あり得ないとはいえない。
ここは異世界。
アヤコが若返ったと証言する者もいなければ、詮索する者もいない。立証しようとすれば、誰かに呑ませてみないと分からない。
「いいよね。アヤコ36歳。夫と死別したから森の奥深くに移り住んでいる変わり者ってことで」
世界の謎は深まったが、外の世界に興味を持つ理由の一つとなった。
後2カ所、午前中に昨日と同じことをして、お昼を挟んで一休みしたら、初めての錬金を読むことにした。
読んで頂きありがとうございました。
次回 7.運命の輪が動き出す