37.日常
バーベキューはとても評判が良かった。
シェーンの子供たちもお腹は一杯に食べたはずだが、美味しそうな煙には勝てなかったらしく、食べたいと騒ぐので、お肉ではとれない栄養をということで、野菜を軽く焼いてお皿に乗せて食べさせた。
出てきたのがお肉ではなかったことに若干シュンとした感じはあったが、それでも必要と感じているのか、シェーンが少しだけ睨んでいるからなのか、食べ始めた。
流石に野菜だけでは可哀そうかと思ったが、ない物を振舞うことは出来ない。
「明日、みんなで出かけるからその時に狩りでもしたらいいかもね」
少しだけご機嫌取りのように声をかければ、明日は美味しそうな匂いの肉が食べられるとわかったのか、3匹の尻尾が扇風機のように回り始めた。
今だけしかないシェーンとの思い出もこの子達には必要だし、アヤコ自身も子狼たちとの別れまでに、時間が必要だった。
アヤコにしてみれば、多すぎるほどの肉と野菜がすべてなくなれば、皆満腹とばかりにユーキを始め子狼達は、ウトウトし始めた。
その様子が4匹ともシンクロしていて、何とも可愛い。
シェーンが寝るなら寝床に、と3匹をいつも寝ている場所へ連れて行く。
ユーキも限界を超えているのは目に見えて明らかなので、アヤコは素早く片付けを始める。
ただ後片づけという片付けはなく、クリーンでお皿を綺麗にすれば、炭を消壺に入れるだけだ。
「スィートバチ達、この入れ物熱いから気を付けてね」
熱いままで倉庫にのけることも出来なので、そのまま庭に置いておくことになる。それで怪我をされたらこまるので、一言注意を促しユーキを伴ってアヤコは家に入った。
ユーキは最近お気に入りのリビングにあるクッションに突伏し、暗殺狼と思えないだらけた感じで寝始めた。
アヤコもお風呂に入って今日の疲れをとったら寝ようかと思ったが、不意に明るい空を見上げれば月はオレンジだった。
何ともポジティブな色だ。
美味しいご飯をみんなで食べて、明るい夜を楽しんだ。
ここからはアヤコ一人の時間でもいい。
お風呂に入る前にアヤコは準備を始めた。
こういう場所でもないと、中々出来ないよね。
アヤコは湯船に浸かりながら、用意ししていたスダチ酒を炭酸で割ったものを口にした。
「あゝ、美味しい!」
お風呂の窓と入口を全開に開け、少しひんやりした空気が入るのを楽しみながら、ごくりごくりと喉を潤した。
お風呂でお酒を飲む。
ある意味贅沢な時間、アヤコ人生初だ。
お酒を飲んだ後お風呂に入ることは若い頃はよくあったが、40代を最後にしていない。お風呂で溺死とかごめんだし。
だから、人生初。
悪くない。
地球にいたころと違う森の音に耳を傾ける。
以前よりも家の周りが穏やかになったのか、遠吠えさえ聞こえない。
聞いたことのない虫の声と、ざわざわと葉と樹々の擦れる音、悪戯に花々に風が吹くのか、ふわっと薔薇の甘い香りが流れてきた。
贅沢
独り占めは勿体ないと思いつつも、一人じゃないと味わえない今。
たまには違う日常を送るのも、悪くない。
2杯目を飲み干した後、そろそろ限界かなと湯船を出た。
上機嫌でいつ流行ったか分からない歌を口ずさむ。
簡単に体を拭けば、ドライヤーを丁寧にかけるのも少し面倒になった。
どうやら酔っ払っているらしい。
じゃあ、試してみようと髪の毛にドライをかけてみれば、一瞬にして乾いた。
ただ乾いたはいいけど、少々乾かせすぎたようで、もさっとした髪になった。
それすら可笑しくなってナニコレと笑った後は、ベッドにダイビングだ。
あ、化粧水…と思ったが、すぐに意識は静かに沈み笑みを浮かべたまま寝入ることになった。
良く寝たからか、アヤコの目覚めは悪くない。
ユーキが部屋の中を走り回っている気配があるが、それはいつもだから気にならない。
アヤコはいつものようにパンを焼いて珈琲と共に食べ、ユーキは3号のご飯にありったけの肉と野菜を乗せたどんぶりを綺麗に平らげた。
『ばあば!美味しい!』
ユーキの弾んだ声にそれは良かった!という思いと、冷蔵庫の中身、毎日こんなに減ったら…。
絶対に無理。
が交差する。
朝でこの量ならば、お昼と夕食はお肉が何倍もないとその分のご飯、お米がいるということだ。
米は確かに補充されるから完全には減っていないけど、一度に炊ける量は決まっているし、復活するにも時間はかかる。年寄りの必要な米は一年で30㎏はいらなかったのだ。
お昼からは気合入れて狩りをしてもらうべきね。
ユーキの食欲が急に増えたこと以外は、いつもの朝だった。
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