30.衝撃的事実
湖では主こと水龍の復活を喜ぶ水の精のはしゃぐ声が聞こえるが、アヤコとしてはどういうことなのか説明が欲しいところだ。
ただ頭ではそう思っているが、体が追いついていないので、目を閉じて草むらに突伏しているけれども。
べチャッとなったままの人間アヤコは、今は森で嗅いだことのない華やかな香りに癒されている。
ミントのような清涼感のある香りが漂うと、頭も体もスッキリしてくる気がしていた。三半規管を鍛えてどうにかなるものだろうか。
探索達たちが自分たちの持っている蜜蝋を食べろと唇に乗せてきてくれた。
「ありがとう」
甘くて舐めたらとろみがあるそれをもぐもぐとしていると、完全に体が復活した。
女王蜂が凄いのか、この世界のスィートバチが凄いのか。
ヘタなポーションよりも効き目が凄い。
『ばあば!』
「ユーキ…大丈夫よ」
先ほどまで見たこともない湖に夢中だったが、アヤコの存在を思い出してくれたようで何よりである。
そして不意にアヤコは大きな気配が頭の上で感じた。
一気に湖の周りが曇ったかのような影と共に。
『驚かせてすまぬ』
初めてあったはずなのに、アヤコに大きな影を落とした水龍から発せられたトーンは、とても懐かしそうな声色だ。不思議に思っていると、その水龍はアヤコに爆弾とも思える発言をした。
『龍一の番が次の管理者とは、何というめぐりあわせか』
この強面の水龍は、アヤコにとって衝撃的すぎることを、なんともさらりと言った。
アヤコは理解が追いつかない。
先ほどの森の中を蔓でライディング状態の時よりも、酷い酔いに陥ったようだ。
龍一ってあの龍一?
地球で10年前までアヤコの夫であった、龍一であろうか?
棺に入れたし、火葬もした。骨もしっかりと拾った。
はあっ?
なに言ってくれてるの、この水龍。
『信じておらぬな。まあ、そうだろうて。我も龍一の残滓をそのリュックから強く感じたから、分かっただけだ』
何故動けないはずの水龍が元気なのかという本来なら一番聞きたい内容だというのに、そんな些細なことはいいからどういうことか教えろといいたい。
アヤコの頭の中も心情も大混乱だ。
ただアヤコの夫だった龍一が、この世界にいたことは間違いないのだろう。間違いなくアヤコの背中にあるリュックは、唯一残っていた夫龍一のジーパンが使われている。
ああ、まぁ、あり得ないと言いたいけれど、山で過ごすことも苦にならなかった龍一なら、森の管理人も出来たんじゃないかアヤコはと思う。引きこもり気味のアヤコでさえ、生きていけているのだから。
そんなことを心の中でつらつらと考えていることお構いなしで、元気になったことが嬉しいのか水龍のおしゃべりは続く。
『規格外だった龍一の番にしては、かなり常識的に収まっている。何とも面白い組み合わせか』
規格外…。あんたなにしたの?
『あの時は驚いたわい。強固な武器と防具を作るから、その鱗をくれと我に直接言いに来たのは、後にも先にも龍一だけだ。しかも水属性のみじゃ不足だと、火龍と土龍、風龍まで紹介しろと宣った。あれは傑作だった』
いやホント、なにしてるのあんた。
はっちゃけすぎじゃない?興味のあることないことがはっきりしていて、興味のないことは無関心というか、適当で。逆に興味があることにはとことん拘るというか、無駄に細かかった。それがこっちにきて変に爆発したってこと?
目の前にいる水龍から剣呑な雰囲気もないし、逆に好意的だから怖いという印象は薄れているけれど、馴れ馴れしく言葉を交わす相手ではないと思う。だって圧倒的強者に言うことじゃない。
何を考えているのか。
――いや、考えてないからの言葉かも。
『まあ、勇者としてこの世界に来たようだし、勝てる相手じゃなかったから我の鱗は早々に渡したが、肝の据わった奴だった』
昔を懐かしむようにあれこれと龍一のことを話してくれる水龍に、それで良かったのかと聞きたい。
蹴りうさぎが水龍を前に、短い尻尾を更に縮こませているのをみて、アヤコは落ち着いてきた。
なんか、もう。お腹一杯、頭一杯、全部いっぱいいっぱい。水龍が元気になったのなら、今日はもう帰っていいかな?
『そうじゃ。色々と龍一の置き土産も渡しておこう。一先ず、これに触れてくれ。ここにいつでも来られる』
何処かの魔女?と言わんばかりの杖を押し付けられるように渡され、手に触れた時には遅し。
『認証しました』という声が聞こえた。
『無事、承認できたようだ。詳しいことは、後日話そう』
水龍がそう言った途端に、アヤコの体はセーフティーゾーンの門の前にあった。
狐につままれるというのは、こういうことを言うのだろう。
今日はもう、寝よ。
あれ?そう言えば、他のみんなは?
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