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1.老衰死と転移

1.老衰死と転移

ああ、生きた。

十分な人生だった。

父を看取って、母を看取ってから、20年。自分の順番が回ってきた。

父母の墓は弟もそこに入っているから甥か姪が見てくれる。

自分と言えば結婚し夫もいたが、残念ながら子供には恵まれなかった。だから二人で永代供養にしようと話し合い、年上の夫は先に寺に眠っている。いよいよ自分の出番らしい。


甥っ子と姪っ子には、同じように永代供養をしてくれと頼んでいる。その為のお金も準備できているし、私の遺産も入ってくるから最低限のことはしてくれるだろう。


気がかりなことは何もない。

晩年、要らない服や家具など大きな物はかなり片づけたし、黒歴史になるような本も時間をかけてシュレッターにかけた。夫が好きで集めたよくわからない機器たちも、業者に来てもらって査定して引き取ってもらった。


ああ、そうだ。

ギリギリまで楽しみたいからとPCの中身はまだだった。

投稿サイト…閉じてない。

まあ、興味が無かったら中身全部消して使うか、売るでしょ。

多少腐りもしたが、どっぷりとは浸かってないから、読まれても……うん、多分、大丈夫。

読むのは悪役令嬢ものや冒険もの多かったし。


もうすぐお迎えが来るかと待ち構えてから、何故か頭がスッキリとしてきて、いつもより色んなことに気が付いてくる。

起き上がる気力もないのに、PCの中身消去できるかもとか思ってしまうほどに。


楽しかった。

一人になっても、趣味のお陰で退屈しないで済んだ。

庭で薔薇やハーブの世話をしながら庭を眺めて。

疲れてきたらボンヤリとアニメを見て、昼寝して。

思いついたことを書いて、投稿した。


ああ、そうだ。

義妹にラインを送っておかねば。

お願いと書かれた犬のスタンプを押して、目を閉じた。

享年81歳  佐藤綾子 平凡だけど、平穏な最後だった。



――はず、だったのだけど。

30歳若返った51歳で、何故か不思議な場所に立ってます。

何故51歳ってわかるかって?

ステータスなるものが目の前に出て、アヤコ51歳って書いてあるから。

白い靄のかかった空間にポツンと一人立っているのはいいのだけど、一体どこなのだろうか。


どんなに目を凝らしてみても、霧のような靄は晴れることはない。

「誰かいますか?」

取りあえず声を出して呼んでみたが、当然のように声が返ってくるどころか、靄の中に声は吸い込まれて辺りは静まり返ったまま。

画面は以前、

アヤコ51歳 人族

のみの表示。


若返ったとはいえ、51歳。立っているのも疲れる。白い地面に座り込むのもどうかと思うが、立っているだけなのも辛い。よっこいしょ、と座ろうとすれば、何故か臀部は地面に着くことなく、板のようなものに着地した。

「椅子?どこから…」

独り言に誰も答えてくれるはずもなく、椅子が出てきたなら取りあえず座っておけばいいかと、腰かけたままボンヤリする。


辺りを見渡しても何も見えないまま。

「せめてPCがあったなら、小説ぐらい読めたのに」

目の前に家で使っていたデスクとPCが出てきて、椅子もフカフカのリクライニングチェアに変わった。

「ここは死後の世界で、次の転生先を待つ場所?」


答えは返ってこないが、綾子はそう思うことにした。転生する間、生前と同じようなことが出来るなら、

ボーナスステージだと思って堪能するに限る。

「じゃあ、好きで飲んでた珈琲と自作の梅酒や柚子酒、ブルーベリー酒や、それらの果実酒、各種ジャムも欲しい。どうせなら、家ごとここにあったらいいよね。庭に咲いたラベンダーや薔薇。四季に合わせて咲くハーブ達。庭もあったら、最高ね」


そう言えば、生前住んでいた間取りのままの、リビングに綾子は座っていた。

「言ってみるもんね」

後は死んだ後だけど、お腹は空くのかな?空くなら食料が心配になる。買い物にはさすがに行けないだろうし、冷蔵庫の中身は減って行く。

中身が減らないのなら、肉はあるし、卵もある。野菜もそれなりにストックはあるし、冷凍もあるのだけど。米は流石に冷蔵庫にはないけど、米びつに一年分が入っている。

米を一掬いしてみるが、元の米から分量が減っているようには見えない。

減らないならそれだけで、暮らしていける。


安心して綾子はPCの前に座った。

最近は目がすぐに疲れるので、小説も思うように読めてなかった。それが30歳も若返ったのだ。多少の老眼はあるものの、気力体力も比べ物にならないくらい、いい。

気になっていた小説を読もうとPCを開いた。


PCの電源を入れる前に、開いた真っ暗な画面の前には『ようこそ、スリロスイストリア(伝説の物語)へ』と書かれた文字が浮かんだ。

「スリロスイストリア?」

『あなたの夢物語をここで咲かせてください』

「夢物語って…自分の家しかない閉塞的な場所で、夢も何も…」


そこまで言って綾子は言葉を止めた。

この空間に来てから思ったことは目の前に実現できている。これが死後の世界なのか、異世界転移なのか誰も説明してくれないので分からないが、後30年生きられるのなら、もう少し自由に生きてみてもいいかもしれないと思った。

現在51歳。

独身時代から勤めていた会社で、フルタイムで60歳まで働いていた。

本当は体力がある内に辞めて、ゆっくりしたかったが、生活の為だ。家のローンもあったし、老後まで何が起こるか分からない世の中だったから蓄えは必要だった。


この家に住むことが出来て、食べる物に困らない。治安も安定してて、多少年老いた体でも何不自由なく暮らしていけるなら、色々やりたいことはある。

畑はあったが、車で一時間ほど行かなければならない山の中。70歳を最後に行けていない。夫が免許の返却をしたことで、自分で車の運転をして山に行くのは怖かったからだ。


季節ごとに出来る野菜を育てたいから、家と同じぐらいの広さの畑が欲しい。あと、果実を植える畑は別で。

自分の老い先もわからなかったから生き物が飼えてない。話し相手になってくれる可愛い子が欲しい。

そして、魔法で便利に生きたい。

魔道具を作ったり、色んなものを鑑定して珍しいものを見つけたりとか。

人恋しくなったら遊びに行ける町があれば、いい。


『アヤコの要望を認証しました。では良き物語を紡いでください』


その言葉を目にした途端に、白く靄ばかりだった辺り一面が明るくなった。いきなり明るくなった視界に綾子は顔を顰め、目を細める。年老いた目に強い光は厳しい。


光に目が慣れると、生前自分が住んでいた家の庭にいることに気が付いた。息を引き取るまで見ていた庭だ。間違いない。そして家の東側には、こんな感じがだと良いなと綾子が想像したままの畑があり、南側には何かの果実の木が立っていた。

ジッと見ていると文字が浮かび上がる。


ブルーベリー、柚子、梅、すもも、スダチ、花梨、キウイ

山に植えていた果実の木たちと家の裏庭の塀の向こう、誰も通らない川の流れた農道に植えていた果実の木がそのままここにあった。

ここ10年程山に行けてなかったからか、無造作に伸びて何とも不格好だ。


「これはやりがいがあるわね」



読んで頂きありがとうございました。

取り合えず、10話までは毎日更新予定。

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