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第〇一八四話 始まりの地、魔王城跡へ

 ラーゴたちが西キーノ浜近くの船着き場カイヅに着いたのは、タドゥーカを出発した日のかなり遅い時間となる。


 予定ではパルキーを午後に出たら、翌日の同時刻くらいにはたどり着けるはずだった。しかし半魚人たちがまだ罪滅ぼしや恩返しと言って、昨日未明に引き続きがんばってくれること半日。日中でさらにスピードアップしたため、日暮れにはもうカイヅに到着してしまう。


 暗くなってきてはいたが、浜まで行軍の行軍を敢行した結果、連絡のついた常駐の観察隊によって、野営準備はすでに終えていた。無理に兵を進めた結果、ほんの半月前まで魔族(ディアボロス)の棲んでいた海が、見えてきたのは夜半である。


 闇の中では魔王島(ディアボライル)の調査はできないため、本日中の調査はあきらめざるを得ない。

 すでにミリンたち本日の到着メンバーには、連絡用グンカンドリが手紙を持って飛んでおり、残存部隊によって、岸に近い防風林の内側当たりに野営が用意されていた。明日は夜明けから全軍が、魔王島(ディアボライル)跡へ動くことになるようだ。

 ちなみに王都から同時に出征した教会軍(カルタジニアス)は、とてもこちらのスピードについてこられていない。そこでボコボ港へ進軍する手前の、隊を整える拠点とするはずの漁村に向かって、コースを変えさせたと聞こえてきた。


 皆が寝静まったころ、一人 ── 一匹というべきだろうか ── 、ミリンの隣を抜け出て海岸に出るラーゴ。その際、耳の中にいる今日の当番、ヤチヨには変身してもらい、ラーゴの身代わりを頼んでおく。続いて鱗を通じ、クラサビに出てきてもらえるよう指示した。


 クラサビはすぐに、カマール姿で飛んできてくれる。人の姿で出て行くと、同テントの殿下付きメイドたちに見咎められるのを、嫌ったのかも知れない。

 たまにクラサビの様子を透視する限り、すでに打ち解けたメイドたちと、教会軍(カルタジニアス)にいるらしい、イケた兵士の話に大輪の花が咲いているようだ。夜中に出て行ったのが知れると、後でそんな話のオカズにされかねないと言ったところだろうか。


「主様、今からお出かけ?」

「ごめんね遅くから。ボクは昼間寝てるからさ ── 」

「見た目はね。でも本当には眠ったりしていないでしょ。ラゴンさまの姿でずっと活躍してきたのを知ってるわよ」

「ボクが動かさないといけないタイミングっていうのは、本当にラゴン自身がどうしたらいいか困ったときだけだからね。いわば映画を見ているようなもんだよ」

「エーガって何?」


 それは相続者(インヘリター)ならではの回顧であり、よくあることながらそう思ったときはもう想起が通り過ぎてしまっていて、詳しいところはわからない。だがラーゴが相続者(インヘリター)である事実は、すべての自分の知識や能力を、魔王の落とし胤だからと信じているクラサビへは、なんとなく話しにくかった。


「ごめんねこれは独り言。たいしたことはしてないってことさ。じゃあ行こうか」


 どうも、クラサビ相手だと旧知の友人としゃべっているようで、バカなことを言ってしまう。ミツとはこういうしくじりは少ないのだが。


(─ エーガ? たしか見るものなんだけど ── まあ、こちらの世界にはなさそうだよね)


「このまま運んでいい?」


 『このまま』とはカマールの姿で、ということだ。


「目立たないから、それで行けるならそのほうがいいよね」

「オーケイ」


 クラサビは、六本の足でラーゴをつまみ上げると海面すれすれに、また目立たないよう、魔王の島へ向かって飛んで行った。


(─ あれ? 最近飛べそうじゃないか、そんな気がしたような……)


 ラーゴはここから王都まで連れて行かれたため、周囲には記憶に残る場所もあろうかと思うが、卵の中で眠らされていたからか、ほとんど思い出せない。


「クラサビは、ここのことをよく覚えてる?」

「もちろん自分の産まれたところだもん。覚えてはいるけど魔王城(ディアボリオン)が無くなって、あたいが知ってる魔王島(ディアボライル)とは、随分変わっちゃった」

「真ん中に大きな内海があるのは?」

「ここに魔王城(ディアボリオン)が立ってたんだ、この中心ぐらいの場所に。それがサタンさまのレヴィアタンと沈んでしまった跡なのよ」


 元魔王の島は言わばドーナツ型であり、中央は広い内海になっている。

 王城がいくつか入るほどのひろさだ。

 クラサビの話では、この中心辺りに魔王城(ディアボリオン)があったらしい。しかし、ラーゴが一度目覚めた場所はその城の中だけなので、とてもここに自分がいたかどうかという記憶はなかった。


「じゃあここは、人影も見えないから人間の姿に変わってくれるかい?」


 クラサビがすぐに人間の形になると、ラーゴはその胸に抱かれている。


「どうするの?」

「もちろんこの海の中を調べてみたいけど」

「じゃあ潜りますよ、結界(オービチェ)は張ってます?」

「大丈夫だよ。クラサビごと張ったから」


 そう言うとクラサビは、ラーゴを抱いたまま大きくジャンプして、内海のもっとも深そうな場所にダイビングした。


 外は真っ暗なので、本当なら海中も暗闇のはずだが、ここは千里眼(プレビジオニス)の便利なところだ。昼間と同じように、いや人が日中ダイビングをするよりも、海の中の風景は明るく鮮明である。

 底まではそんなに深くない。ざっと二十メートルといったところだ。そこに何か建物と、その上に覆いかぶさるように、大きな巨大な生きもののようなものが見える。


{あれはサタンさまの最終兵器(アーマレターラ)と言われていたレヴィアタンよ、きっと}

{レヴィアタン?}

{サタンさまが憑依して戦えば何者にも負けないと言われてたのに、 ── やられちゃったのね}

{ゴードフロイやマーガレッタたち、魔王討伐隊が来るまでに何かここで起こったらしいよ。人間たちに責められる以前に。はっきりしたことは解らないけれど、サタンと魔王が諍いを起こして戦ったんじゃないかとか、色々云われてた}

{そんなぁ? サタンさまは魔王様と争ったりはしないと思うわ!}


 といっても、王国で言われていたように、魔族(ディアボロス)同士のことなので、何が起こるかはわからない。ゴードフロイの言を信じるなら、大悪魔サタンは召喚悪魔ではないという。力を誇示する者同士の関係が、なにかとぶつかり易いとラーゴは知っていた。



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