第〇一七四話 宴席に迫る暗殺者の影
そう言えば、グラリスとミリンだけはこの中で、まだアーニャが怪しい女だという先入観のままいるはずだ。しかし今は表立ってミリンを守れる味方なのだから、なんとか協力体制に持って行きたいものである。
{ミリンたちとの関係修復も、ナツミくんの判断でお願いね}
{了解しました}
その話を横から聞きつけてクラサビが話に割り込んできた。
{さっき殿下がこっそりだけど、ヒカゲにアーニャの自室などを調べて、敵と通じていないか調査してくるよう指示してましたよ}
{やべえ! そんな証拠がミリンの耳に届けば、協力関係の構築どころじゃない}
{ ── と思って勝手でしたけど、あたいの判断でナツミには証拠になりそうなものを処分させたの。その後ナズムについて行ってもらい、潔白にみえる幻影を見せてもらえるよう頼んでおいたんだ。それで良かったよね?}
{ナイス! クラサビ}
{実はナツミに相談したら、そうすればって言われたんだけどね}
どうやらみんなが、プロジェクトの進行を気に留めてくれていたらしい。まあ、たしかにクラサビの独自判断とすればできすぎだ。こんなふうに親衛隊同士は、常に連絡を取り合って、チームワーク良くできるので助かる。
では安心して、ナツミにミリン攻略をすすめてもらおう。
「まあとってもかわいい。蛇ですの? トカゲかしら? ── トカゲですわね」
マーガレッタの抱いているラーゴを、さっそくアーニャに褒めさせた。決してアーニャの意思に反して、ナツミが言わせたものではない。好意的に出るようナツミも誘導しているものの、あくまでアーニャの意志で発せられた言葉である。あわせて、ラーゴのことは王家も含め、すべてのものの主様と説明したようだ。
だがそれはまだ、今のところ隠された事実であり、おおっぴらには次期王位継承者ミリンの、最愛のペットとしてカモフラージュされていると。
「あらアーニャさんも、冷血獣がお好きなのかしら」
警戒心たっぷりの、ミリンの言葉である。それはアーニャも、十分心得ていた。
「王国の女の子は結構冷血獣ファンが多いのですよ殿下」
「そうです。わたくしが以前、居たところも女の子が多かったので、両足蛇を飼ってましたわ」
「まあ両足蛇は珍しいですわね。なかなか王国では手に入らないですわ。わたしも一匹だけ飼っており、もうすぐ卵が三つ孵ろうとしていますの」
まずまずの出だしである。ただミリンには申し訳ないが、その三つのうち一つはレオルド卿の屋敷ではかえらない。
「そうなんですの、拝見してみたいですわ。赤ちゃんは見たことありませんもの」
いつものミリンなら、王都の公爵邸に隣接するレオルド教の屋敷に来るよう、いそいそ勧めるところだ。だが相手がアーニャということから、さすがに警戒モードである。
マーガレッタも何か含むところがあるのか、アーニャに対してはそれほど好意的な言葉をかけない。今はただ、注意深く観察につとめているようだ。
「ちょっと抱かせていただいてもいいかしら」
アーニャの言葉に一瞬躊躇する様子のミリン。だがマーガレッタのほうに振り返り、心は決まったらしい。相手に敵意はないと、マーガレッタが読んでサインを出している。
「どうぞ。ラーゴはおとなしいですから、何も心配いりませんわ」
アーニャはマーガレッタからラーゴを預かり、胸元で抱っこの形になると、ミリンよりかなり大きな胸で、ラーゴはけっこう圧迫された。しかしマーガレッタのような革鎧や、窮屈なコルセットなどは身につけていないようで、ぷにゅっとした感じはとても気持ちいい。それに疑問を持って覗いたのは ── グラリスだ。意識下で、『噛みつかないのかしら』と心配している。クリムからの言伝は、ちゃんと届いているらしい。
「お部屋が暖かすぎたでしょうか。ラーゴさまがとってもあったまってますわ」
「快適なお部屋でした。ここにも聖泉が引かれているのでしょうか?」
いきなりアーニャが、自分を『さま』付けで呼んだのでどうかと思ったが、単に王女殿下のペットを、貴族の侍妾の身から表した敬意と解釈されたらしく、ミリンの心に違和感は浮かばなかったようだ。しかも、アーニャに言われて気づいたが、首輪を外してから自分の体温のことは忘れていた。だが変温動物であるため、部屋が暖かかったりずっと抱かれていることで、ミリンの体温が遷ったと思ってもらえているのかも知れない。もちろん意図的に、血のたぎりが漏れ出ないようには抑えているし、これまでだれからも、不審がる声を聞いたことはなかったのでよしとしよう。
「いいえ殿下。貴族の領地にも聖泉が湧き出るとはいえ、さすがにそれはきわめてか細いものでして、領府の城といってもそれだけで冬の寒さは凌げません。これは魔法道具で温めた水を循環させているのでございます」
ハーンナン公爵がそれに答えた。
「そうですか、そんな道具があるのですね」
「それには、もちろん燃料が必要です。このシステムが装備されるまで、冬場は薪をくべることでしか、暖をとる方法はございませんでした。王城周辺のような暮らしができるようになったのは、つい昨年からの話でございます」
「本当に、前回里帰りしたときにはびっくりしましたわ」
グラリスが、やや大きな声を出して強調している。
「王国の貴族は、どちらでもそういった、魔法道具を利用しておられるのですか?」
「いえいえ王国内において、これを採用しているのはおそらく、まだ当家ぐらいでございましょう」
自信を持ってそう言える情報源は、デニムと同じ娘たち情報網であろうか。
(─ 温水を作るシステム?)
だがそのとき、ラーゴの琴線に触れるものがあった。
パーティー会場に着くと、限られた者とはいえ、かなりの数の客人が集まっている。ざっと紳士淑女が百人近くはいるだろうか。パーティは一般的な、いわゆる立食形式というスタイルだ。
船着き場からミリンに付き添って来た、ゴードフロイなど護衛の者たちも、ミリンが立つであろう宴台からは少し距離があるものの、会場の壁に沿って等間隔に並んでいた。
「まあたいへん」
「公爵これはちょっと……」
マーガレッタが意見している。
「いやー、すいません。内輪の者だけに漏らしたつもりだったのですが、ついつい広がってしまいましたな。殿下には一度でいいのでお会いしたい、という想いの臣民ばかりでございまして……」
「しかしお忍びなのだから、ほどほどにしていただかないと」
そう周りの者は云うが、一方のミリンは王家の代表らしく、宴台に堂々と進み出た。
「良民諸君。今宵はミリアンルーン殿下の歓迎会に集まってもらい、ほんとうにありがとう。お待たせしたが殿下は、今しがた会場に到着された」
公爵がそう言うと、ミリンは周囲に対し礼のポーズをとる。場全体から注目が集まり、拍手が巻き起こった。
「みなさん初めまして、ミリアンルーン・カピテーレ・パッセレーレです。当地タドゥーカには、初めてご訪問させていただきました。本日はどうぞ、よろしくお願いします」
再度、割れんばかりの大きな拍手が巻き起こる。
ミリンの人気はたいへんなものだ。
「では皆、今宵はゆっくり歓談に盛り上がってくれ」




