第〇一七一話 北ハルン王国 近史
『北ハルン王国 近史』
大陸の北ハルンの地に長く栄えた王国は、十五年前まで正式名称をシンチョウ・北ハルンと言われて来た。
先々代の王が病気がちであったため子が成せず、遠縁の貴族から二人の養女を迎えて育てる。
そのうちの一人、先代女王は先々代王が死亡した後十九歳で戴冠、二十二年前王位に就いた。自らは陽王と名乗り、レオルド卿と結婚したがすぐには子宝には恵まれない。
それから七年の間、先々代女王が臥せって以来不調であった、聖泉がいよいよ滞って作物は実らず、官吏の腐敗が顕在化し、国家組織が崩壊寸前にまで陥り、国が低迷する。
一説には『先々代の治世に王医から宰相となった、魔女の政策ミスによるものと噂される』とあるが、この後の経緯を見れば、聖泉のルールをおろそかにした結果であると明らかだ。
また別の説によると、陽王には王位継承のお印がなく、本来は五つ年下の妹 ── 現在の真王が、第一位王位継承者であったにもかかわらず、魔女がそれをごまかして王位につけたとも言われている。
さらに俗説では陽王が、妹の婚約者であったレオルド卿と結婚したかったため、魔女と結託して無理を通したともっぱらの噂のようだ。
しかし聖泉に選ばれなかった陽王は、聖泉の不調を回復することができない。国力は凋落の一途をたどり、その救済を申し出た教会も魔女によって拒否された。
陽王は一刻も早く王配との間に後継者を作り、在位を譲ろうとした痕跡があるものの、陽王は子供が生まれにくい体だったようだ。そこでやむなく、禁断の薬に手をつけたと見られている。
多胎児を誘発する、神の祝福のない妊娠出産では、到底聖泉から王の跡継ぎという資格が得られない。にもかかわらず、それを押し通す。禁忌を犯した陽王は王配から拒絶されるが、不思議なことに懐妊し、多胎児 ── 女三人男一人の四つ児 ── を出産した。
しかし、未熟児で生まれた子供たち全員、誕生まもなく体が黄色くなり死に至る病にかかってしまう。とくに継承権のある女児はいずれも、聖堂の霊廟に近い場所で治療を尽くされたが全員死亡。男児はすぐ王配が引き取っており奇跡的に治癒した。
絶望した先代王は自らの命を絶ち、魔女は王国から去って、真王リリアンルーンが二十一歳で即位したのが十五年前だ。
その後教会に、国家再建への助力を歎願して受け入れられ、即位から二年後国内が平定されたと発表されて復興が叶い、国名も新たにグラン・シァトゥルと改名、現在に至る。
真王は先代王の喪が明けた翌年レオルド卿と結婚し、さらに翌年跡継ぎの王女殿下が誕生した。教会から派遣されていた大司祭より、聖泉の祝福を得たと発表され、そのとき国を挙げて祝ったという記録がある。
── ・ ── ・ ───
資料には、この二十数年前からの経緯で、崩壊しかけた国内経済と治安の安定、官僚の腐敗、土地の衰退と力をつけた魔王の討伐などが課題と記されているので、やや古い資料のようだ。なるほど、ミリンはそのような国内情勢にあって、待ち望まれた次代の王、というわけか。そして、跡継ぎが定まっていることが国内の治安を安定させ、戴冠後の王国全土を豊かにして来た。
だが全般的に見て、さすがにここまで酷評されると、レオルド卿の書庫には保存しにくいと思われるし、まず目を通したくもないはず。かなり辛辣な記述が散見されるが、帝国評やほかの内容と比較してみても、事実無根の内容まで、書かれてはないようだ。
あえて『噂』『俗説』と断っているが、おそらくは根拠があってそのように判断したものだろう。だが資料として残すには共和国の見解として憚られる内容だったから、わざとこうしてあると思われた。
(─ なるほど。女王の旦那がバツイチなんて変だと思ってたけど、そういう経緯があったんだな)
レオルド卿本人のデータライブラリでも、もらってくれば確認ができるのだが。残念に思うのはのぞき見趣味にすぎるだろうか。この資料にある『王配から拒絶されるが不思議なことに懐妊』という表現はとても微妙だ。もしかすると四つ児の生き残ったと記される男の子が、アレサンドロであろう。という話であると、彼はミリンの腹違いのお兄さんと思っていたが、まるで王配の血統ではないとした内容にも聞こえた。
(─ ん? それが本当だとすると、ミリンとアレサンドロは、兄弟じゃないんじゃないのか? 母親の姉の息子 ── 従妹になる?)
そんなことに頭を巡らせながら、市庁舎からの帰り道に見つけた漁の用品店に立ち寄って、釣りに使われるテグスを少々買い込むラゴン。時間のあるときに、工作をしたくなったからだ。すでに本体は昨日、クレイに頼んでおいたので、早速ひとつ作ってくれていたものに取り付けてみた。クリムの生来固有能力に頼るまでもなく、芯にあけてもらっている穴に、買ったテグスを通せば完成である。
ラーゴの相続者記憶から作ったヨーヨーとか言う ── 実はおもちゃだ。といっても形状や重量バランスなど、かなり微妙なものらしい。手作りではけっこう量産が難しいようだが、暇を見つけて全員分作ってくれるようお願いしている。殺傷能力の低い武器として紹介し、マーガレッタの運動神経で軽く練習した後、披露してやろうと思うのであった。




