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第〇一六九話 ミリン◆復活の魔術師を求めて

 キャリッジのスピードが落ちると、案内人トリンバーが会話を切って言う。


「ミリアンルーン殿下、そろそろ目的のピアッツァ=セントラでございます」


(とても広い ───)


 ミリンが驚いたとおり、中央官庁の建物や商業施設が立ち並ぶ中に、ぽっかりと緑と木々の憩いの広場が広がっていた。


「例の者は、ここに出没したということを伺っております」


 ミリンがここに来たのは、公爵に教わった死者回生の魔術師(マーゴー)がやってきて、人の目の前で死んでいる人間を生き返らせる芸が披露された、という場所だからだ。


「今そういう芸は、行なわれてないようですね」


 昼を少し過ぎた時間である。子供向けの菓子類の物売りがちらほら見えるだけで、後ははしゃぎまわる子供や、午後の散歩を優雅に楽しむ人しか見当たらない。

 ヨセルハイはこともなげに言い捨てる。


「なかなかそんな、死んだ人間がどこにでも、いるはずはないでしょうから」

「それはそうだ。しかし死人など、どこから連れて来たのだろう?」


 マーガレッタの疑問も当然だとミリンは感じた。王都の街中で、死人を引き連れた者がいたら、衛士が黙ってはいないだろう。


「ちょっとその辺りで聞いてみましょうか」


 案内人トリンバーは、公園前に停めたキャリッジから一人降りて園内に立ち入り、そこで飴を売っている年寄りに、声掛けする。

 すぐに首を振るので、今度はまた違う ── 菓子を商う老婆に当たった。

 今度は何やら、いろいろと話が交わされているので、おそらくなんらかの情報があるのだろう。ミリンは期待した。


 公園内で商いをなりわいにする、平民に聞き込みを続けて、ほどなく戻って来たトリンバーが報告を行なう。表情を覗えば、口を開く前から朗報でないのはミリンにも分かった。王城の中にいると、あまりする必要のない、人の顔色を見るということが、最近板について来たように思えるミリンである。


「ミリアンルーン殿下、申し訳ございません。ここには一週間ほど前から、寄り付いていないと言っております。小職の情報では領府で五つあるこのような広場で、順にやって来たということでしたが……」

「たしかに、死んだ人間が生き返るというだけであれば、そう何度も鑑賞して楽しいものでもないだろうな」


 マーガレッタの言う通り、タネが知れない奇術や、たとえ偉大な魔法であっても、何が起こるかということが解ってしまえば、よほど見栄えのするショーでも無い限り、何度も見たいと思えないだろう。だがそれは演じるほうが一番わかっているはずだ。しかもタネがバレてしまうような稚拙な術なら、ヤジも飛んでくるだろうし、それでは投げ銭も集められはしまい。


「しかしこの広場だけは、さすがに領府最大の広場と言われるだけあり、間を空けて三度ほど訪れたようでございます。約一週間、間が空いていたそうですので、来るとすればそろそろなのかも知れません。本日のところは城のものを一人、ここに残して帰りましょう」

「それはお手間をかけます」

「多分そのようなこともあろうかと、見張りに立てておくため、手の空いた者を一人、連れて来ておりますので。 ── ときに殿下、よければちょっとお降りになり、公爵自慢の広場を見て行かれませんでしょうか」

「そうですね。パーティーまではまだ随分時間もあるし、ハーンナン公爵の治世の一端を、拝見させていただきましょう」


 マーガレッタが昨日の今日で、外へ出歩くというと怪訝な顔に変わるが、市民たちのとても平和な様子を見ていると、昨日襲われた事件ですら、遠い昔のことにも思えた。ミリンが早速キャリッジから降りようとしたところ、それを制止するように立ちあがり、緊張したマーガレッタとヨセルハイが先に外へ出る。すでに、キャリッジの周りは私服の兵士が取り巻いており、周囲を警戒していた。


 広場の中央には、現ハーンナン公の父親とされた、先代領主の像がそそり立つ。人間の身長の、倍はあろうかという堂々とした像だ。差し出す手の先や、肩の上に小鳥がとまって、あたかも平和そうな雰囲気を醸し出していた。


「所々に立つ、小さな小屋は何ですか」

「あれは公園を掃除する道具や、冬になったら寒さに弱い木々に巻きつける藁などが、蓄えられたところだったものです。数年前から、傍らに用を足すため使われる、囲われた場所をつけ加えました。中にはおまるが備え付けられ、王都と同じように回収の車が、この領府を回遊して回収しております」

「なるほど。それでこの街は、こんなに清潔で奇麗なのですね」

「これはひとえに、真王陛下の御指導の賜物でございます。十年ほど前はこの城下もなかなか、その方面の処理には苦労しておりました」

「なるほど、いずこも同じというわけですか。陛下は諸侯領にもよい見本を示されたのですね」


 しばらく広場内を散策し、同行の者たちの力も借りて、死者を蘇らせるという、その術者の話を聞きまわる。それはアレサンドロと、年恰好の似通っった若い男であり、見た目はただの人間にしか見えなかったと云う意見が大半だった。


「あれは魔法使いだろうなあ。よく見ちゃなかったが、間違いなく死んでた人間を生き返らしてたな」

「死体は水の中につけて、十分以上放置している間も、苦しがらないんだ」

「操ってた道具があったように思ったが、あれは生き返らせるための道具なのか? 噂に聞く、人形遣いというものではないか?」

「ありゃ死んでたがすごかったぞ。呪文をかけたら急に生き返って、歩き出したり踊りだしたりした」

「ありゃなんかトリックがあるんだぞ。死んだ人間が生き返るわけがない」

魔力圧縮瓶(ボンベ)ってやつと、似たようなものを下げていたじゃないか、あれは魔法だ」

「他のやつに聞いたが、男と女一人ずつどこでも同じパターンらしい。つまり死んだ人間ってやつに、扮することのできる修行でも、したやつがいるんじゃないか?」

「いや、男二人ってのも聞いたぞ。女一人だけだったって言うところもあったらしい」


 とにかく、見る人の眼は色々である。だがその魔術師(マーゴー)の氏素性や、行なわれた術が魔法なのかいかさまなのか、そしてなにより彼がまたここへ来るのかどうかはわからなかった。


「しかしミリアンルーン殿下、そろそろお戻りになっていただきませんと」


 広場に来て一時間以上たつ。案内人トリンバーが痺れを切らせ、ミリンを()き立てて来た。まだ宴会まで時間は十分というものの、たしかにそんなギリギリに戻ることもできない。ミリンも部屋に帰ってから、密かに影鍬(かげくわ)に頼みたい内緒ごとがあったのを思いだす。


「わかりました。ではもう帰らせていただきましょう」


 後ろ髪を引かれる思いで、キャリッジに乗り込むミリン。どうやら兵士やトリンバーも、ここまで何事もなかったことを安堵しているのが感じられた。


(明日、もう一度お願いしましょう)



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