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第〇一六八話 ミリン◆公爵領府の王女

 ミリンはハーンナン公爵領府、タドゥーカに予定外の到着をした。予定よりも一日以上早い到着である。これも半魚人たちが、夜のうちに川の流れを操作して昼間の三倍速という、飛躍的な航行を可能にしてくれたからだ。

 自分たちの知らないところで、王国の名誉のために尽力されて来たサイバー子爵には、陛下から後日たっぷりお礼を言ってもらわなければならない。

 こうした忠臣に支えられて、王国は成り立っているのだ。それは自分にとって、さらには王国にとっても、なによりありがたいことだと、この度の事件でミリンは再度確信する。自分はよき国であれと願う、王国の民によって活かされているのだと。


(昔は、国民が王家の ── つまりわたしのために働き、努力するのが当然だ、と思ったころもあったわ。でも今、こんなふうに思えるようにまで成長できたのは、命懸けでわたしを護ろうと務めてきてくれた、アレサンドロのおかげ)


 そう、アレサンドロの修行は、ミリンを守るためだけに命すら懸けて行なわれ、その言葉通り魔王城(ディアボリオン)へ出撃し、力及ばず(むくろ)となって帰ってきている。それを見てミリンは感じた。王家のために臣民(みな)が尽くすのではない。その王家もまた、国の繁栄に資するから、これを護る兵士とて命までも懸けて戦えるのだと。アレサンドロは同じ王の子でありながら、男であったから命を賭して闘う道へ邁進したのだ。そして護りぬいたのは妹ではなかった。あえて言えば、世襲で王位を継ぐ次期王でもない。いずれ国と国民を導く、守護者足るべき王の器 ── 脈に選ばれた自分なのだと。


(アレサンドロがああならなければ、わたしも分からないままでいたかも知れないわ)


 いつかは非力な自分がこうして立ち上がり、王国 ── 、つまりは無辜の国民を守らなければならないと思えたのは ───


「 ── ラーゴのおかげかも知れないわね」


 そう声をかけたものの、当の本人は目をつぶったままである。昨日は河の中に落ち、一度は敵として襲って来た半魚人に拾われ、そのおかげで自分たち王国の人間も、小さい命を大事にする、優しい心を持つのが分かったと云う。それで再度攫われたという王子を彼らの能力で探したら、サイバー子爵に助け出されたところだったと報告を受けた。

 もし、あやまってラーゴが落とされなかったら、この極寒に同じ真冬の大河へ、自分たちまで船もろとも放り出されていた、と思うとぞっとする。船長ですらそんなふうに、下船するラーゴへねぎらいの言葉をかけてくれた。

 その顛末を評価すれば、ラーゴを落としてしまったといっても、むやみにクラサビを叱る気にはならない。はからずも、船では忌み嫌われた冷血獣(ヘテロサム)、ラーゴに大手柄を立てさせてくれたのだ。


 今朝も船から出たとき半魚人の一人は、船を接岸させたパルキーに残るユスカリオたちが、川べりで皿洗いなどの作業を、噴水のような技で手伝っていた。たしか父から昔、ゴードフロイの地元よりもさらに南の密林に住む半魚人族に、獣人であるにもかかわらず罪滅ぼしとか恩返しには、きわめて律儀な種族がいると聞かされたことを思い出す。さすが父のアングラ情報への造詣は、目を見張るものがあると、感心させられるミリン。


(でもこの一日半もの早着を、もっとも驚いたのはハーンナン公爵の側でしょうね)


 すべての予定が一日以上、前倒しになってしまっては、いろいろとたいへんなことだと思う。しかもお忍びとはいえ、王位継承権一位 ── この国ナンバーツーの訪問なのだ。だからパルキーの船着き場へ、出迎えの部隊が間に合わなかった不備も、また領府タドゥーカへの入場に際し、本当に驚いた顔で出迎えられた不敬にも違和感はない。しかし、そもそも怪しいと思われる、列に並んだアーニャの目が、笑顔と反して敵意に満ちたものであったことには、正直抵抗を覚えずにいられなかった。

 ミリンは自分の身の安全が確保される ── 、たとえば宴会直前のマーガレッタやクラサビたちと、部屋で待つ時間などを利用して、影鍬(かげくわ)の一人にでも身辺調査に行かせたい、とひそかに計画しているのだ。この城の自室であれば、しっぽのつかめるような証拠品が見つかるのかも知れないと。


 もうひとつ気になっているのは、陛下の推薦で視察隊に加わったクラサビのことである。命を張って、自分の替え玉を努めてくれようとする彼女は、いったい何者なのであろうかと。

 彼女は聖霊から推薦され、新しく陛下侍衛に任ぜられた謎の少女、神官クロスの仲間でもあると云う。しかもクロスという娘とはほとんど話す機会がなかったのだが、着任早々陛下や大司祭の絶大な信認の下、中庭聖堂の少女神官となったそうだ。たしかにそんな話を、陛下から承った。

 だが出発の忙しいとき、ガスパーンなど新しいメンバーの名前を覚えるのがたいへんだったため、そこまで注意を向ける余裕がなかった自分は、反省に価する。

 しかし聖霊がクロスを推薦したのは、過日絶体絶命の自分の前に舞い降りた救世主、王国勇者とのつなぎという触れ込みであったはずだ。ではクロスの仲間と聞くクラサビも、彼の関係者なのだろうか。是非一度確認してみなければならない。王国勇者はなぜ自分を助けてくれ、しかもどうして都合よく、あそこに現れることができたのか。

 前日にその名を聞いたばかりのマフィアが、突然自分をなきものに為そうと、あれだけの事件を起こした不思議も含め、ミリンには理解不能な出来事ばかりである。

 そしてなにより、ミリンのもっとも気になったポイントは、あの鎧と聖剣がいったいいかにして手に入れられたか、という疑問だ。


(昨夜も船の中で寝付けなくて、ラーゴに『ねえ、どう思う?』などとしつこく話しかけていたから、今日は朝から目を開けても、かまってくれないわ)


 他に代えがたい心の理解者を、寝不足にしてしまった ── と、やや反省ぎみのミリン。


 そんなことを考えながら公爵の城内で、与えられた豪華な客室にいる。到着直後、公爵から大臣という肩書きの老紳士に引き合わされ、グラリスとともに彼が城内の重要人物を紹介。続いて主だった城の見どころも解説された後、ミリンの希望で早めの昼食を、城内の重鎮たちといただくといった一連の行程が終了した。

 食後すぐこの部屋に入り、すでに着替えも済ませる。もちろん、すべてメイドたちにおまかせではあるが。その仕事を奪っては、ここまで彼女たちがついて来た意味がなくなってしまう。とくに宴会向けのドレス選定は、長く自分の筆頭メイドを務めてきてくれた、グラリス最後の仕事となるのだから。


 そして今に限って目を引きにくい、身軽なドレスに着替えるミリン。さらにあらかじめ依頼しておいた、ハーンナン公配下の案内人を頼みに、グラリスやマーガレッタ、ヨセルハイとクラサビ、私服の腕利き兵士を五人ほど連れてタドゥーカの城下に出かける。もちろんラーゴは胸に抱き、鹿車(かしゃ)をとりまくハーンナン公の兵士たちが、別に付いて来た。


 公爵の居城を走り出たキャリッジは、パルキーから入府するときも通った、精緻な舗装道路を滑るように走って行く。ほとんど振動を覚えることない道中、見える街並みは王都に負けず劣らず、見事な清潔さだ。常に身だしなみを気にかけ、やや神経質にもうかがえる、公爵の人となりを感じさせた。


「こちらの街はとても奇麗ですね」


 ミリンの感嘆に、公爵から借り受けた案内人トリンバーが笑顔で解説する。居城でキャリッジに乗る前に引き合わされ、挨拶をしたばかりのトリンバーは、最近設置されたらしい観光官吏長だ。もともとは街並みの整備や、今から向かっている公園など、この領地における設備管理の総責任者だったと云う。


「ありがとうございます、殿下。おっしゃる通り公爵は常々、街の景観にはたいそう気遣って来られました。とくにこの大通りに関しましては、道路の舗装ということを得意といたします魔法使いに依頼したもの。鹿車(かしゃ)をスムーズに走らせるだけでなく、雨の日や雨上がりでも、泥はねや水たまりを気にせず歩けるよう、考えられております」

「すばらしいですね。王都もこれほど奇麗な道がすべてになされていればいいですのに」


 マーガレッタが同じように周りを伺って、苦言を呈する。この場合は苦言といっても、それができない王都に対する言いわけにすぎない。


「王都にも幾つか、これと同じ道を引いている場所はございますが、あの広さをすべてこれで賄うといたしますと、たいへんな出費になると思います」

「でもそれで、市民の生活が改善するのでしたら……」

「いえ、必ず市民生活にとって、よいことばかりでもございません」


 意外にも、異論を述べるのは、自らその施設を作り上げて来たトリンバーだ。


「そうなのですか?」

「北ハルンの土地において、そう長い期間ではございませんが、夏になると山から下りてくる熱風で、たいへん気温の上がることがございましょう。そのときに御存じの通り打ち水をするわけですが、この打ち水も一瞬で流れてしまいますので、効果は少なくなってしまいます。また石畳や土の道路よりも、黒っぽい材質のものでございますので、太陽の熱を吸収して、たいへん温度が上がるというのも欠点に上げられるでしょうか。ですからわが領府の中でも、大通りであるこの部分だけに工事がなされて来ました。他にはここからパルキーなどにつながる街道へ続く直線の通りだけ、鹿車(かしゃ)のために同様の加工が施されております」

「なるほど。一長一短というわけですね。雪が降ったらどうなるのですか」

「それは変わりません。ただ温まったときはよろしいでしょうが、舗装道路の冷えている場合は雪もよく積もり、またその上で凍るため危険です。鹿車(かしゃ)やキャリッジが止まらなくなるという事故も発生しており、必ずしもよい話ばかりではないとは、まさにこのことでございましょう」

「なるほどわかりました。しかし街がこのように奇麗に整えられた景観は、見ていて気持ちがよいものです。ハーンナン公爵のお人柄がしのばれますわ」


 キャリッジはひたすら、舗装道路を進んで行った。



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