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第〇一六六話 クレナイ◆妾館の房事

 クレナイは敵の情報を得るため、アーニャに血潜りの術をかけようと、親子ほど年齢の差がある男女の、房時の名残が(ただよ)う部屋を、不本意ながらのぞき見ていた。


 扉の向こうの部屋は、五つほど続き、一番奥が寝室である。他にクローゼットルーム、パウダールーム、トイレと一緒になった体を拭く部屋、そして客人(ホスペス)を迎えたり、団らんしたりするような部屋があった。さしずめここは、アーニャと公爵の閨室・プライベートルームであろう。


 クレナイは一度カマールに戻り、透視でその部屋に入る隙間がないか探す。どうやら、廊下天井にわずかの隙間があり、カマールであれば通り抜けができそうだ。

 ナツミとナゴミ、クレナイの三匹のカマールが、一度廊下の建て付けの悪そうな部分から天井に上がり、アーニャのいる部屋まで入って行く。もちろん気づかれてはいない。


 まずは、ナゴミが公爵のところまで行き、強力な鎮静化をかけて静かにさせる。すでにまどろんでいたので、これは簡単だ。続いて大量の服が吊されている、ウォークインクローゼットの中へ移動した。そして体を拭いていたアーニャに向け、公爵の声色で声をかける。

 この沈静化と声色こそ、魔力が乏しく、赤ちゃんの姿でしか人間になれない、ナゴミの二つだけの能力だ。鎮静化能力は、魔力保持限界(キャパ)がとにかく少ない彼女にしかできない、周囲の生体に流れる血液の元気だけを吸い込むことで、心拍を極端に低下させるという、それだけの能力である。もうひとつの能力は声色だが、これはもはや能力ではなく、特技といった範囲に入ってしまうだろう。


「アーニャ、アーニャ、ちょっとこっちへおいで。こんなものがあるよ」

「なあに? こちの人」実はベッドにいる公爵が、クローゼットのほうから呼んでいると、疑いもなく近づくアーニャ。ウォークインの中は、おねだりして買ったのであろう服が所狭しと吊されており、中に入ろうとすると視界が遮られる。「こちの人、どこにいますの?」


 そう言いながら服の間に首を突っ込んだ、彼女の後ろにクレナイが立ち、肩をつかむと首筋に突き立てた、針を通して一気に吸血する。

 穴が目立たないよう髪の生え際を狙い、吸血といってもそれほどの量ではない。


「ぁぁ ── っ!」


 崩れかかる身体を、ウイプリーの怪力で直立に押しとどめたまま、自分の中に取り込んだ血の一部を、もう一度アーニャの身体に流し込む。これで完了だ。一時的に意識も奪い、しばらくその血の中から記憶を取り入れる。

 千里眼(プレビジオニス)などで意識を読む場合には、強い意識が上書きされてしまい、本当に何を考えているか、過去にどんな記憶があったのかまでを知るのは難しい。だがクレナイのこの能力では、時系列に記憶だけが読み込まれ、一時自分の記憶として利用することができるのだ。アーニャの記憶を知れば知るほど、現在の事情が理解できて来た。そしてすぐに種族間通信(ウィップライン)を使い、ナオミと主様にコールする。


{ナオミ、主様、クレナイです。突然すいません。今アーニャを調べていますが、たいへんな事実を見つけました。公爵は知らないうちに麻薬に犯された状態です。中毒が進んでいるので、ナオミにすぐに治療に来てほしいのですが、いいでしょうか?}

{もちろんだ。すぐに行かせる。場所は ── ?}


 すぐに主様から了解が得られ、ナオミはこちらに向かって飛んできてくれるようだ。アーニャと公爵の二人を攻略するのに活躍したナゴミが、お役御免と交代に戻って行く。クレナイは、その間も状況の報告を続けた。


{アーニャは閨事のたび、公爵に少しずつ麻薬を舐めさせていたようです。公爵はそうとも知らず、微量の麻薬を取らされ続けました。本人も分からない間に中毒をおこし、今では禁断症状が現れるほどの状態までなっています。周りのものも含め、それを麻薬の仕業とは気づかれず、アーニャの魅力だと勘違いされ、公爵は色に狂ったように見られて来たのではないでしょうか}

{なるほど、そんな麻薬の使い方があったんだね}

{それと大事なことがもう一つ。アーニャは麻薬を、自分には影響のないギリギリの範囲で体に塗り、公爵に与えていました。これを指導したのは、噂のあったゾルゲルという下男のようですが、アーニャの感触によるとその技も、他の者からゾルゲルに伝授されたものではないかと。つまりゾルゲルの後ろに、黒幕がいるようなのです。ただ、アーニャ自体は、この薬が麻薬だろうと想像した程度で、公爵の気を引くためだけに使っていました。その提供と引き換えに、麻薬をさばくマフィアがらみの情報が入って来たら、ゾルゲルを通じて流して来たようです}


 そこまで主様に報告した時点で、ナオミが到着する。重症のようだが、とりあえず禁断症状のような深刻な状態からは、すぐにも抜けさせられるらしい。


{クレナイ、よくやったね。でもまだこの二人を完全に自由にしては、二人だけでなく、周りのみんなも危ない。ナオミはそのまま公爵の治療を続け、しばらくは張り付いていてくれ}

{分かりました。でもこの女スパイはどうしましょう?}

{アーニャは隷属させておく必要があるね。命も危険になるかも知れないから、だれかついてくれるといいんだけど。単に彼女の罪をばらすと、公爵の対面もあると思う。今のところは、伏せたまま敵の動きを見たほうがいい}


 クレナイはまだ、昨日の汚名をそそぐには至っていない、と感じて嘆願する。


{主様、私はこのままゾルゲルにアタックしたいと思います。アーニャは公爵から入って来た情報を、ゾルゲルに流していただけらしく、組織のことは、ほとんど何も知らないようですから}

{そうだったのか。それにしては麻薬には執着していたなぁ}

{それは ── その麻薬を使い続ければ、公爵の寵愛が得られると吹き込まれて来たらしく、自分に必要だったからではないでしょうか。以前からマフィアの指導の下、娼婦としてこれを媚薬と教えられ、客に与え、人気(にんき)をとる商売もしてきています}

{まあ、詳しい話は後で聞こう。じゃあナツミ}

{はい}

{ナツミがアーニャの管理を。それとナオミの治療を手伝ってあげてほしい。あとは今後のことも考え、しばらくこのままで様子を見ていて。変な態度をするとそのゾルゲルとかに気付かれる恐れもあるから}

{わかりましたわ}


 人型に変化したナツミとアイコンタクトで、クレナイはアーニャを渡す。さすが主様、すばやい判断だ。

 主様のお許しが出たので、早速クレナイはゾルゲルを探し始める。自分はゾルゲルに術をかけることに専念するため、アーニャのコントロールを継続するのは難しい。ナツミには悪いが、今ここに止まって、この仕事にあたれるのは彼女しかいなかった。


(昨夜と同じ、一人になるけど ── 、それでもがんばらなきゃ!)



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