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第〇一六四話 クレナイ◆領府タドゥーカ入り

 昨夜の事件で、惜しくも敵の情報を逃してしまったクレナイは、悔しい思いを秘め、日の出とともに活動を開始する。普通は夜に活動し、朝には眠りにつくのがウイプリーだが、現在は戦時下と同じで、これからと言うときに休んではいられない。

 船は夜明けからまもなく、パルキーの船着き場に着いた。船着き場とはいえ、大河の交通を利用した立派な拠点、河岸都市である。


 その河岸都市パルキーから、公爵の領府タドゥーカまでは、わずか行軍で一時間の距離だ。夜明けに到着時間をはかった船長は、パルキーに光信号で知らせており、船着き場から早鹿が領府にミリン到着を連絡しているだろう。

 何しろ風まかせ、流れまかせの旅であるから、おおむね二日までくらいの遅延は非常識に当たらないが、一日以上早着の今回の知らせは、ハンナーン公の目覚めをさぞかし妨げたろうと思われた。


 訪問するチームは、到着前に船の中でゆっくりと朝食を済ませ、下船できた者から、早速領府タドゥーカへ行軍の準備が始まる。パルキーから領府タドゥーカへは、もちろん最速の連絡がとんだはずだが、とても公爵のお迎え部隊は間に合わない。急遽予定外の精鋭一部隊百人が、タドゥーカまで随行する段取りとなる。

 クラサビ以外の親衛隊はもちろんカマール姿で、ラーゴの耳穴の奥とクラサビの髪の中に待機。キャリッジに乗り合わせた者たちそれぞれが、昨日のことを報告しあっているうちに、領府の街を囲う壁も見えて来た。


 領府タドゥーカに着くと、わずか半時間ぐらい前に知らせが届いたばかりであろう、ハーンナン公爵と重鎮たちが出迎えに出ている。

 ここには主様から聞いたアーニャもいた。表情にこそ出さないが、眼だけで『なぜ生きて辿りつけたのか?』と激しく語っている。その血液での記憶が取り込める能力を持つクレナイは、吸血せずに他人の意識を読み取る術まで、持ち合わせるわけでないが、術の性質とそれを活用して来た経験から、このような強い感情はわかってしまうのだ。


 グラリスも、故郷に帰るのは久しぶりのようで、先日王城に迎えに来た父親はさておかれ、父の周りの重鎮たちと抱き合って再会を祝していた。今回の遠征において、彼女の勤めはここまでであり、メイドとしてのお役目はこの地で終了するらしい。どうも結婚退職だそうだ。ミリンはグラリスに対し、長い間の忠義に対する、ねぎらいの言葉をかけていた。しばらく実家である公爵の居城で花嫁修業に専念し、来夏、カエバ子爵の跡取り息子に嫁ぐという。


 ところでクレナイは領府タドゥーカに入る前、ラーゴから密命を受けた。


「クレナイは初めて会うことになるけど、公爵のそばに一人の女がいるんだ。名前はアーニャ。年齢のころは二十歳 ── いやグラリスくらいかな? 態度が怪しいのですぐ分かると思うけど、スキを見て、その女の素性(ウラ)を調べてほしいんだ。できるよね?」

「もちろんです。私は対象者の血の中に潜って、記憶自体をわがものとするのが得意技。今度こそきっとお役に立ってみせます」

「それじゃ、お願いね。敵だと決まって周りの人たちに危険があるようなら、排除や隷属も厭わない。ボクは殿下と、たぶんずっと一緒にいるけれど、寝たふりしながらできるだけ注意をむけてるから」

「委細承知にございます」


 主様によると、前回ミリンが襲われたとき、なぜあのタイミングでお城に帰って行くのが敵に分かったのか、そもそもその日の思いつきで出かけたミリンに対し、どうやってあれだけ丹念な用意ができたのかといった謎も、不可解に思われているとのことである。あわせて、公爵家内にいるというアーニャとつながった下男、ゾルゲルも怪しいと教えられた。

 クレナイの内偵に注意は向けるとは言われたものの、常時ラゴン隊の面倒も見られているのだ。実際にはいざというときも、ミリンの手を振りほどいて、駆けつけてもらえるわけではない。すべて自分たちで考え行動しなければならないと、クレナイはその責任をひしひしとかみしめる。


「もしすでに計画されていたとしても、マフィアに対して王家が危機感を持ったのは、ミリンがレオルド卿の邸に出向いたころからだと思うんだ。それを聞いたのは父親のレオルド卿と、その後会った公爵、そしてアーニャしかいないんだよ。もちろんミリン襲撃は、すでに計画されていたことだったのだろう。しかしそこにゴーを出したのは、あそこでの会話が引き金になったに違いない。そして聞いていたのは、あの女しかいなかった。他に疑うとすれば、公爵、レオルド卿の順番だけどね」


 ミリンは昨日再び襲われたばかり。しかも今日これだけの人間がいる前で、さらに大々的な手を打ってくるとは思えないものの、この仕事は敵が次の手を繰り出してくるより前に、形のある結果を出さなければいけない。


 昨夜の事件で、ミリンとマーガレッタに強い信頼を得たクラサビは、グラリスがお役御免になった本日から、ミリンのそばに控えると云う。周りからもボディーガードとして認められたようだ。そこには、いつでもミリンを変身させられるようスタンバるヤチヨ。同時にナナコも常にミリンの近くで控えていた。

 本日の主様当番は、ナオミとナズムだ。残りのナツミとナゴミは、クレナイのサポートに貸し与えられた。


 使節団が公爵城内じょうないに迎え入れられ、いったん休憩と言う時間になる。ミリンは早めの朝食を希望し、着替えをしてから、タドゥーカの街に出て行くようだ。公爵側も、そのような対応の準備を慌てて整えているが、早めに昼食をとってからのことになるのだろう。


 クレナイの血潜りの術を使うには、一度吸った血を自分の体内に取り込んで、もう一度相手に戻さなければならない。カマールの姿ではこの技が使えないので、とりあえず人間として変身したが、公爵の城の中において怪しまれないよう、ヤチヨの力も借りて今日着いたばかりの王女様付きメイドにも、やや似せた服装で紛れ込む。これであれば、どちらのものから見ても知らない、相手方のメイドと思ってもらえるだろうか。


 クレナイは、城内の道に迷ったふりをし、わざとふらふらっと歩き出る。だがしばらく行くと、後ろから衛兵に呼び止められてしまった。



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