第〇一六二話 ただでは帰ってくれない
「そんなわけでございましたのですね。ほんとうにほんとうに、王子様をお助けいただき、ありがとうございました」
「さようなお強い方とは存じ上げず、手加減までもたまわりいたみいります」
「わしもすっかり騙されておった。王国の武術指南役、兵法も教える身として恥じ入るばかりじゃ」
「では、すぐ引き上げてもらえますね」
そう言われて、五人が顔を見合わせた。ラーゴはサバトラーの最後の一括を想起し、とても嫌な予感に襲われる。コピーしたレオルド卿の資料に、『情誼の基準が王国民となじみづらい』とあったのも思い出した。
(─ 情誼というのは、たしか人情や誠意のことを言うんだっけ? 純粋な人間同士ではないけれど)
半魚人たちはどうも、そのまま帰ってくれる様子ではなさそうだ。
「いやいや、そうはまいりません。我らには種族のモットーがある」
「そうじゃ、そうじゃ」
「もちろんですわ。恩を受けた限りは……」
「なぜです? 早く王子様に会いたいでしょう?」
「とても許されるはずがございません。王子様を助けていただいた大恩人に、牙をむいてかかって行ったのですから」
「許します。大丈夫ですったら。お願いですから帰ってくださいよ。そっと引き上げていただけませんか?」
「ここで皺腹かききって、お詫びせねばならんところじゃ。そんな簡単に帰っては、サバトラー翁に何と言って顔向けできよう」
「えーと、サバトラーさんってそんなに偉い方なんですか?」
「もちろんです。先々代の王に仕えて三代、サバトラー宰相と申せば、その腕だけなら右に出る者はみあたりません。位でこそナンバーツーと言われましょうが、サンマクシミリア王はまだ、即位されて短き身。ですから、実質王国ナンバーワンの実力をお持ちなのです」
「 ── そんな偉い方だったとは知りませんでした。でも、そっと帰っていただいたほうが、ボクとしても助かるんですけど」
「いえいえ、まずは船の皆様にお詫びをし、ことを分けてお話しして……」
「だから、それがまずいんですって、本当に困ります」
「なぜですか。ラーゴさまのすべてお手柄でございましょう」
「いや実はね、ボク、このとおりトカゲじゃないですか。で、ちょっと色んな事情があって、そちらの王子様、助けたりとかできたりしてるんですけど、これみーんな内緒でしてね。トカゲでいたいんですよ、ボク結構かわいがられてるんで」
親衛隊たちの目の前で本音を吐露してしまい、しまったと思って彼女たちを伺うと、なぜかニヤニヤして見ている。意識をのぞいてみると、『主様ったら大望のために、あらぬ嘘をついておられる』『全世界の支配に必要なのね』などと考えているものの、こちらが本心だ。まあ、その点ではごまかす必要もなくラッキーかも知れない。
「では、あなたがここへ飛び込んだのも?」
「だれも知りませんよ。あなたたちと喧嘩したくなかったんでね。船に、この娘たちの仲間がいるんで、その娘たちはわかってるんだけど。ですからボクの正体を知っているのは、もう一人か二人です。だからね、このままこっそり、戻っていただいたほうがありがたいんですよ。何もなかったということで」
五人は集まって、ひそひそと相談する。それぞれの心に『ラーゴさまの手柄は』とか『活躍だけを隠蔽して』とかいった内容の、浮かんでいるのがうかがえた。気を使ってくれているのは解るが、できれば素直にこちらの希望をかなえてほしいラーゴである。
「何もないというわけにはいきませんが、分かりました。ラーゴさまのご活躍については申しません。ただ我らが誤った行為をした、間違えていたということだけはお話させていただきたい」
どうも、武士道を通したいという覚悟は、引けないと見た。やはり予感的中で、サバトラーの言葉が効きすぎたようだ。
「それで話し通せますか? 絶対に、余分なことを言わないでくださいよ」
さらっと自分たちの仲間の名前を偽装して、ひっかけを思いつくグループである。まるでクロスの機転を彷彿とさせた。
「ただわが国の王子様がこちらの国内に、マフィアの手で捕らえられていたと、気づいた事情は話させていただきますが、それは偶然わかったと云う話で」
「なら攻撃を始めた後、偶然サイバー子爵の手で助けられたサバトラーさんから知らせがあり、分かったという内容にしておいていただけますか?」
「はい。あなたがそうおっしゃるなら、そのように謝らせていただきまして、なんらかの恩返しが船の皆様にできれば、というふうに考えます」
別の、 ── フグレイだったかが話し始める。
「たとえば船の道中でございますから、この先、我らが水先案内を務め、昼夜を問わず快適に航海していただくのもよろしいかと。我らは水中でも夜目がきき、他国と言えども川の様子ならだいたい何でも分かりますし、安全な流れを作ることもできましょう。いかがでございますか」
「じゃあ、それはあちらの船長さんのほうへご提案いただいたら。ボク、船も河も、専門じゃないんで」
船や河が専門ではない、というと怪訝な顔をするが、意味不明なので無視しておこう。
「わかりました。お許しを得たということで、船のほうとご相談させていただきます。ではこの後どういたしましょう? あなたを船に上げたほうがよろしいですか?」
「そうですね、自分で上がると、みんな注目してるから目立ちますよね。ボク以外は、小さくなって気づかれずに帰れますので。さきほどのショックでボクだけが落ちた、それを助けてもらったと云う話にしてください。よろしいですか?」
「結構です。そこまでご自分の能力をお隠しになりたいとおっしゃるなら、たまたま落ちて来たところを、お助けさせていただいたという話にいたしましょう」
こうして半魚人は、船の乗組員にお詫びをする段取りに至った。
船からは弓やら銛やらを構え、あるものは剣を持ち、川から何かが出てくるのをただただ待っている様子だ。そこに隊長クエドワードが、まず両手を上げて名乗り出る。
「おーい! 我々は半魚人だ。敵対する意思はない。話を聞いてくれ」
出て来た姿を見て皆一様に驚いた。しかもこの呼びかけだけでは、敵か味方かもわからない。
しかし先ほどの水難を静めてくれた者かも知れず、ようやく一人が声を出した。
「なんだおまえは、名を名乗れ!」
「これは、ギルマン族の国、ナイール密林王国の王室護衛隊長クエドワードだ。そちらの代表者はいらっしゃるか?」
ゴードフロイと魔法使いのガスパーンが、船長室から戻って来たマーガレッタと前に出る。
「ナイール密林王国のクエドワードどの。小官はこの軍の隊長、ゴードフロイである。先ほどの大渦はそなたたちのものか、お答えいただきたい」
「それについては我々がやった。いやしかし、早まらないでほしい! 間違いであることに気がついたのだ。そちらの被害のほどが判らぬが、間違って襲った ことについては、ぜひお詫びしたい。我々の謝意を、受けてもらえないだろうか」




