第〇一六一話 見破られた欺騙の策
「ナイール密林王国の仲間たちよ、聞こえているか?」
すでにこちらの状態に構わず、サバトラーがこれまでの経緯を話し始めていた。
密林王国でマフィアに襲われ、王国までたいへんな思いをして連れてこられた流れ、その後は山奥で匿われていた話。さらにはそれを発見してラゴンという心やさしき勇者が助けに来てくれた幸運。そして玩具の一つもなくぐずられた王子に、浮かぶ芝球と言うおもちゃを与えていただいた恩義。
そのラゴンのおかげで自分たちは、地元の領主に助けにきてもらえた。しかもたいへんな思いをして山から降ろされ、自らの居城の風呂をひとつ明け渡して住まわせてもらっていることに加え、ナイル密林王国に国内の魔法使いを通し、すでに連絡を送ったなども伝えられ、だんだんと現実が見えて来たようだ。
「それでだれが来ているのじゃ?」
サバトラーが問いかけた。
「みなさんのお名前を教えていただけますか? ボクのほうから、お伝えしますので」
「これは本当のことなの?」
「我々は騙されていたのか?」
動揺を隠し切れないようだが、なんとか落ち着いてしゃべれるようになってきている。軽く相談があって、自己紹介が始まった。
「では改めまして。私はご誕生前から、王子様付きとして任官されておりました侍女で、名はハマチルダと申します」
「わしは密林王国の武術指南役カツオットー」
「これは同じく王室護衛隊長クエドワード、他にもフグレイとアジョンソンが来ております」
これで五名全部だ。
「サバトラーさん、ハマチルダさんとカツオットーさんとクエドワードさんです。あとフグレイさんとアジョンソンさんもいらっしゃってるそうですが、最後の二人は今 ── 申し訳ない、これは見られておりません」
「アジョンソン? それは、アジェイムズではありませんか? 片田舎のスズキ部落から出て来た、カッポレ家のハナタレ坊主を、カツオットーが秘蔵っ子と言って育てておる……」
サバトラーが疑問を呈すると、口々に半魚人たちは反応する。
「あー」
「たしかにサバトラー翁」
「間違いない」
「申し訳ない、ラーゴさまとやら。アジョンソンというのは欺騙の策にございました。かくも容易に王子様と、めぐりあえましたのがとても信じられませんでしたので、真実サバトラーさまかどうかを……」
『欺騙』とは、つまりひっかけのようだ。本当の名前はサバトラーの言う通り、アジェイムズが正しいらしく、内々の者しか知らない詳しい素性までを言い当てられたことで、サバトラーが幻影や偽物ではないかという疑義は一挙に解消した。ラーゴは自分の言い間違えだったように訂正しておくが、その欺騙は半魚人たちの用いる常套手段のようで、サバトラーの見抜くところとなる。
「こーら、よく聞け。小職のほうからお前らの声は聞けないが、お前らはまんまと、あのマフィアの悪者どもに騙されておるようじゃ。ラーゴどのは、おまえらがだれも探せなかった王子様と小職を、人里離れた山奥まで助けに来ていただき、魔法銃なる小職もが恐るるべき武器をもつ、悪漢二十数名を一撃で倒された強者であらせられるぞ。そのような方に戦いを挑むとは言語道断、身の程知らずも甚だしい。ただちに土下座してあやまれ!」
すでに、親衛隊たちの拘束から解放されている三人は、あわてて最敬礼した。実のところ自分 ── トカゲは何もできないと知らず、どうやら完璧にビビってしまった様子だ。
「いえいえ、そこまで言われなくても。とにかく、戦うのさえ避けられたらいいんですから」
「反省しましたでしょうか。小職らはあれから、本当にサイバー子爵にはお世話になったのでございます」
「すぐに来てもらえましたか?」
「はい、翌日の昼過ぎには子爵様が兵をお連れになり、同行されたグールメンという方にもいろいろと良くしていただきました」
「ほう! 子爵様自身が来たんだ。しかもグールメンまで。さすが腕に自信のあるおじさん。でも、よく山を下りられましたね」
「それもお湯と王子様を桶に入れて小職が、みなさんも小屋から熱湯を一人ずつ大量に背負って、王子様を入れた桶の温度が下がると継ぎ足し、麓まで下ろしていただきました。後は先に下山し、走られたグールメンさまに手配いただき、森の出口のところまでたっぷりお湯の積まれた鹿車を、何台も調達して来ていただくなど、とにかくたいへんな苦労をかけて ── 。しかし今は領府ヨランで、なかなかいい生活をしております」
そんな話を聞いていると、フグレイとアジェイムズの二人が目を覚ました。クエドワード直属の配下のようで、すぐ事情を説明され、今後のことを伝えている。王国がブリチャード三世王子をとらえて人質に取ったため、こちらの王女殿下を殺して見せしめにしなければ、王子の戻ってくる可能性はない ── というような話を吹き込まれていたらしい。ついでに王子たちの映像を鑑賞できる仲間にいれてあげた。
「わかったか? 聞いておるな、とくにクエドワード、王室護衛隊長でありながら、まんまと敵の口車に乗せられるとは情けないにもほどがある」
「もうしわけございません……」
(─ 聞こえていないけれどね)
「サバトラーさん、みなさん十分にわかっていただいたようです。ありがとうございました」
「いやいや。こちらもこの機会に、ちゃんとお礼が言えてようございました。では悪人征伐の旅、どうぞご無事で。あ、その者たちには、王子様の居場所を教えてやってくだされれば、ありがたく存じます」
「わかりました。みなさんも早く王子様にお会いになりたいでしょうしね」
「よいか、ちゃんとお詫びと罪滅ぼしをしてから探しに来るのだぞ。王子様は、ここにいる限り何の心配もない。まもなく国もとへは、統治領主のご好意で送っていただけるか、場合によってお迎えもあるや知れん。とにかく、我ら一族が受けた恩に対するモットーは忘れてはおらんだろうが、礼を失せぬようくれぐれも頼んだぞ!」
「サバトラーさんありがとうございました。ではお健やかに……」
その言葉を最後に、千里眼は切断する。五人の視界からも、王子様の映像は消えただろう。




