第〇一六〇話 騙された半魚人を説得せよ
クラサビに川へ放り込まれたラーゴは、結界を張って水中に入った。水の中とはいえ、魔族の自分は息をしないからよいが、いかんせん推進力はない。
(─ やっぱり一人ではなにもできないなぁ)
トカゲの身の限界を感じるが、それでも渦に巻き込まれ、しだいに中心へ近づいていけた。その中心では三体の半魚人が、流れをどんどん強くしている。他にもいるがこれが主体だ。
重量が軽く、サイズも小さいラーゴは、一気にその中心まで引き込まれながら思う。
(─ まずはとにかく、力ずくで止めなければ!)
耳の中にいるナズムに幻影を発動させようかと思ったが、大事なことに気付いて思いとどまるラーゴ。やはりここは、人間姿で食い止めると決めた。
{ナツミ、ナズム、ナナコ、あの中心にいる半魚人たちを、意識は奪わず押さえ込んで!}
{了解しました}
{じゃあアタシは若いオスの ───}
{だめよ、ナツミはメスっぽいの!}
{そうよ、おかしな気を起こすから、じゃあ私はこっちの年寄りっぽいのね}
川の中心で流れを引き起こし、どんどん渦を作っている三体に、ナツミ、ナズム、ナナコの三人をぶつけると、余裕ありありの変な駆け引きが聞こえている。後は船の外周で、警戒にあたっている者が二体。大きさからラーゴやカマールは見逃されたが、彼らは明らかに下っ端のようだ。
{ナゴミ、ナオミと二人でなんとかできる? けがさえさせなければいいから。 ── あ、クラサビ、二人を変身させてね}
{やってみます}
{了解}
はじまったばかりだが、タイマン三組のほうは思いのほか苦戦している。吸血鬼にとって、水の中でも息継ぎがいらないという利点があるくらいだろうか。後は素手対素手の腕力勝負なら有利に見えるものの、水中ではどうも相手のほうが一枚上手のようだ。水の流れを使ったりうまく逃げ回られたりしている。力比べになっても水中での動きの良さを発揮されて、ウイプリー本来の剛力はあまり役に立っていない。ただ、船を引き込む渦は、なんとか止められたようだ。
外の二体は、ナゴミが鎮静能力を行使、おとなしくなったところに、ナナコが蹴りを入れて気絶させている。そして小さい身体で、二体の手を引っ張ってこちらに連れてこようとしていた。
(─ そうだ、水の中でなければ)
思いついたラーゴは、三対三の二人ずつが絡んだところを捉えて結界に閉じ込める。そして結界を大きく膨らませると、物理結界の中はほぼ真空、足元に少し水が溜まっただけの状態になった。物理法則は、ラーゴの相続者記憶通りである。
溜まっている水は見た目、ほどなく沸騰状態になるが、決して熱くはないはずだ。身長より、やや大きいくらいの直径がある球型結界でとらえて、大きさを三倍あまりにすると、膝くらいの水位まで下がる。
これを三組ともに行なうと、すぐに圧倒的な腕力で三人の半魚人を捕らえることができた。三人とも意識は奪わず羽交い締めにした状態で再び結界を解く。
「くそぉ、お前らはいったい何者なんだ、なぜあいつらに味方する? お前らも人間ではないのだろう!」
「はなせー! くそー! 貴様らー殺してやる!」
残念だが興奮していてとても話せそうにない。
「あー、ナゴミ、よろしく」
とりあえずナゴミに落ち着かせてもらう。術を働かせ、少しほんわかしたところに話しかける。
「みなさんナイル密林国の方ですか?」
「何、わしらの正体を知っておるのか? こいつただものではない。何者だ?」
「ボクはラーゴって言うんですけども、大丈夫ですよ。みなさんの敵じゃありません。でも今みなさんの攻撃したっていうか、沈めようとしてる船から来たんです」
「やはりこいつ、王国の回し者か!」
「困ったなあ、しょうがない。ナゴミ、もう少しおとなしくさせといてね」
その間にラーゴは、千里眼で赤ちゃん王子様に渡した、芝球のウロコを探す。
(─ まだあの芝球を持っててくれよー‥‥・よし! 見えた王子様だ)
「ブリチャード三世王子様、そしてサバトラーさーん」
「らーご!」
ラゴンとラーゴは、もともと同一人物と言うかトカゲだから、同じ声である。王子様がすぐに、芝球から聞こえる声を認識してくれた。
「は、どうされましたか? 小職にもなにやらラゴンどののお声が。これはどうも、年齢のせいか?」
「ボクです、ラゴンと言うか ── 、またの名のほうのラーゴでわかりますか。実はその芝球につけておいた鱗はボクのもので、それを通じてしゃべってるんです」
「な、なるほど。はっきりとはわからんが、了解した」
すぐには理解できないだろうけれど、幸い『なぜ体に鱗があるのか?』などと不思議に思う種族でなくてよかった。人間だったら、まずそこに引っかかって、お前は何者? ということになるのだろう。
「よかった。ボクのほうからはそっちが見えてます。それとボクは今、サバトラーさんのお仲間に攻撃されてて、なんとかやめてもらえるよう、説得してほしくて連絡しました。サバトラーさんの知り合いと、戦いたくないんですよ」
「なるほど、委細承知した。しかし、それでどういたせばよろしいかな?」
「こっちからはお国から来たみなさんにも、サバトラーさんや王子様の様子が見えるようにしますので、現在の状況を説明してあげてください」
サバトラーには、一瞬そんな技が可能なのかと驚かれる。だが彼らにも、水を伝って遠距離通信や傍聴のできる能力もあるらしい。おかげで化け物扱いされることはなかった。
とにかく話はついたので、目の前にいる三人の視野に、ラーゴの千里眼が見ているのと、同じ映像を展開する。百聞は一見に如かずだ。同じものが見えた三人は、『王子様』『サバトラーさま』『ブリチャード王子』などと声をかけるが、もちろんラーゴ以外の声は聞こえない。
「どうぞ静かに。今からサバトラーさんが、状況を説明します」
「き、貴様王国の魔法使いか? 騙されんぞ」
(─ そう、ここで疑われるので、さっきナズムの幻影能力が使えなかったんだよ)
「王子様をさらっておいて、我々まで、たぶらかす気か」
「違いますったら。とにかく聞いてあげてくださいよ」




