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第〇一五五話 まるでバラルの箱船

「そうか、きみという男は ── 。聞いたか、一国民がここまで国のことを考えているんだ。モーイツの町、 ── いや共和国はそんな素晴らしい国と手を結んで、無頼の徒と戦って行こうじゃないか」

「そうだそうだ」

「よし、俺も一口乗った。じゃあラゴンくん、その船まで連れて行ってくれたまえ」


 そんな声が上がると、みんなが自分のセレブなペット生活のために、がんばってもらっているようで、思わず顔がほころんでしまう。


「あなた。どうしましょう? そんなにたくさんの人が来たら、うちには入りきれないわ」

「では、商工館(エントバラル)をお借りしようじゃないか、あそこなら広い会場もある。どうだ、オートン?」

「もちろんだ、食事はうちからも運ばせるが……」

「そりゃ各家庭から持ち込んで、今日の無事を祝おうじゃないか!」


 ということでパーティの準備の間、まず船を取りに行く段取りになった。今回は、グールメンからおよばれしたときや、昼の弁当と違って、他のメンバーに遠慮しないで済むだろう。全員がおいしい港料理にありつけることが確約されたわけだ。

 船舶管理委員会会長コイダリが、戦艦三隻を港まで戻してくるため、操舵できる人間を集めてくる。並行して、タイ島まで行く船も、港に用意されていた。島につけば、お子様チームにもいろいろ聞かれると思ったので、船を取りに向かう間、話をすり合わせておく。


{みんないいかな? まず、共和国に来たのはタオに頼まれたためだけど、途中で影鍬(かげくわ)に情報を得たり、対マフィアの秘密結社の力を借りて、廃船寸前の船とマフィアの戦艦を入れ替えたりした}

{ ── おっけー}


 自分たちの手柄を持って行かれるのは、少しテンションが下がるようだ。それでも納得してもらわないと仕方ない。ラゴンと若い女性三人、そして幼い子供たちで、あれだけの仕事をやってのけられるはずはなかった。少なくとも王家の影鍬(かげくわ)をほとんど駆り出さないと無理だろう。しかし、それでもマフィアが違う船に乗って行ったという説明には、とてもならない。


{だって、クレイの力で造った船を港に入れたとか、ミツのサイキックでマフィアの軍艦を、島まで動かしたなんて言えないからね。こちらでオートンたちを捜索するうち、クオレが連れて来たお子様チームと、ボク・ミツ・ハナコが出会ったということにしてくれる?}

{なんでー?}

{いっしょに来たんじゃないのですか?}


 そう言う彼女たちの気持ちもわかる。だがこれも、納得してもらう必要があった。


{だってさ、こんな状態のところとわかっていながら、子供をつれて来るってないでしょう?}


 それよりも、子供心で赤い両足蛇クリムゾンディポディーズを助けたい一心で、卵を抱えて共和国へ密航して来たら、そこはとんでもない危ない場所だったというほうが、納得されやすい。しかも、大人が聞いたらけなげな子供たちと、感情移入しやすいこと請け合いではないだろうか。


{あー、そういう……}

{たしかにねー}

{それよりみんなでお祝いして、パーティできたほうがいいでしょ?}

{そうだね ───}

{主様、ありがとうございます}


 やはりここは感謝されてしかるべきだろう。どうせ使いようのない船三隻を支払って、嘘をついたかいがあるというものだ。


{でも、船を取り替えるとき、気を逸らすのくらいは手伝ったことにしようか、と思ってる。そこはみんなで、相談してもらってていいかな? 実際やったんだから、大丈夫でしょ? 他に実行部隊が、いた前庭で考えてみて}


 わかっていると思うが、特殊能力は使わずにである。といっても子供のことだから、キャーキャー言うなど騒がしくして、気を引くくらいしかできないかも知れないが。


{分かりました}

{了解!}

{そういう経緯(いきさつ)で、こっちへ来てから会った、ということにしたいんだ。それと、君たちが両足蛇(ディポディーズ)の卵を、持って来たと言ったほうがいいと思っててね ───}


 パーティには拉致されていた家族もほとんど集まって来た。途中からは市長や、遅れて来た魔術師(マーゴー)組合長も参加して、さらに盛り上がる。仕事柄、大司祭という人も出て来ることはできないそうで、後日礼を言うためラゴンには聖堂に来てもらいたいと伝言があった。


 あらかたマフィアの影が一掃されたとは確認されているが、実際の安全宣言は翌日発表されるらしい。現在街の中は厳戒態勢に近いらしく、もちろん街に入ってくる船などは、かなり厳しくチェックされると言う話だ。ならば海からの入街して来る者たちへの警戒は、ある程度緩めておいていいかも知れない。マフィアは自滅したと発表されたとはいえ、敵の本部が勝手にこの街の力によるものと見た結果、報復のおそれもあると市長は危惧していた。そこで市長は共和国の首都デンナーへ、警備勲章持ちの強者(つわもの)の派遣も依頼して来たらしい。


(─ 市長は敵の増援が来るって、知らないんだ。相手はかなり質の悪い輩だろうから、首都からどれほどのメンバーが何人、何日かかって来るのか判らないが、それまでに片付けときたいな)


「そこでだ。王国の勇気ある若者に助けてもらったことを尊重し、以前から懸案として練られて来た、ボコボとの安全保障条約を、戦艦の活用も含め、すぐにでも調印したいという提案を、王国に打診しておいた。すでにあちらからは、そこそこ色よい返事が返って来たぞ!」


 市長から勢いのいい発表があり、よく意味が解らないラゴンたちを除いて、共和国の面々は子供たちまでが湧き上がる。


(─ でも、ここでのパーティは、ちゃんと片付いてからのはずだったのにね)


 このパーティのおかげで子供たちの宿泊は、仲良くなった家庭に別々でお世話になると決まってしまった。

 パーティが終わって、ラゴンはかなり飲んだオートンといっしょに彼の家へ戻る。結局ハナコとクオレはそれぞれ、小さい子に付く形で、別のお宅にお世話になるらしい。

 本日かなりハードな仕事まで、こなしてくれたハイジとクレイを、彼女たちの代わりに連れ帰ることにする。枯渇しかかっている魔力補給が、必要だと思われたからだ。キャパの小さい彼女たちには、今回かなりの負担を強いた。

 ハッチなどは、会場で力つきそうになったのを見かねたミツが、途中トイレに連れて行く振りをして、緊急の補給も行なわれる。

 その後、ミツは全員の宿泊場所へ補給に回った。結局ふらふらになって戻ってきてすぐ、同室のラゴンから血を吸おうとしながら、力尽き眠ってしまう。魔力タンクであるバストは非常に小さくなってしまっていた。


(─ いや、触ったんじゃない! 心配だったから、千里眼(プレビジオニス)で見ただけだ)


 ラゴンからの補給がないまま、自分の魔力を供給し続けたのだろう。

 またまたラゴンは御馳走をいただいたが、朝からとくに大きなエネルギー消費がない。以前ミツの背中の傷を治したときと同じように、肺に溜まった血を、舌の下に通じた血管からあふれさせる。

 眠ってしまったミツをあおむけに横たえ、覆いかぶさるように顔を近づけて、意識のない美少女の口を無理に開けさせた。自分の口の中にある血液すべてを流し込む。ほどなく重なった胸のあたりに、感じられる隆起。すかさず、すっとミツの両腕両足が動いた、と思ったら、がっちりラゴンの頭と腰が、押さえ込まれてしまう。


(─ すごい力だ)


 口はふさがれ声も出せないので、意識を読もうとしたが意識がない。ミツは眠ったまま、生存本能でラゴンにしがみついているのだ。そしてあらためて肺へ伸びた血管に、舌の先の針を差し込んで吸血し始めている。こうしてモーイツでの長かった一日は、平和の中で終わりをつげた。


 一方、意識を戻したラーゴのほうでは、ただただ今日も終日進軍に護られ、キャリッジに乗り続けの旅だ。すでに川にたどり着いた隊列は乗船し、トーサ・ボリー大河を下る王家の御用船二隻が出航していた。

 この後、その河下り船ではたいへんなことが起こったのだが ── 。



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