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第〇一五二話 アネクドート 居残り組ヤヨイ◆発見、怪しいお助け小屋

 すぐにヤヨイは種族間感応通信(ウィップライン)で、階下にいる仲間に連絡をとった。しばらくすると、クミコから連絡がある。


{ヤヨイ、もしかすると大当たりかも。そんな人が何人か居るようなの。しかも間違いなく、あの魔族(ディアボロス)が攻め込んできた後に、舞い込んできたおじいさんを一人抱え込んでるんだって。でもどうもガードが堅くってね。仲間以外は入れない場所らしいんだ}


 そこまでこの短時間に、ただの魅了では聞き出せまいと思える情報を、クミコが引き出した。さすがの能力というか、毎晩飲み歩いて男相手に情報集めに励んでいるだけのことはある。


{わかった。私この人が最後なんでカマールになってついて行く}

{お願い}


 想定していたのとは違うルートであったが、やはりこのようなコミュニケーションを、広げておいて間違いではなかったようだ。考えてみれば、女同士は口が軽くて情報通である。もっと早くから女性客にも情報を、流しておけばよかったかも知れない。浮浪者情報など、子育て中の母親の耳に入るものではないだろう、というのは早計だった。


 マッサージを終わらせると、ヤヨイは奥に走り込んで、とっておきの魔力水を一口いただく。羽音をさせないように必要と思ったものの、すでに魔力欠乏に陥りがちなヤヨイとハツナがたびたびいただいて来たため、もはや残り少なくなっていた。


(大事にしないと、いざというとき役に立てられないわ)


 だが見失ってはたいへんだ。すぐにカマールに変身し、二階の窓の隙間から喫茶店の外へ飛び出す。

 黄色いマフラーをし、髭を生やした男の名前はブランドルと言うらしい。外はもう視界の悪い黄昏時とはいえ、目のいいものに見つからないよう、人間の身長よりはかなり高いところを飛んで追うヤヨイ。ブランドルはポケットに手を突っ込み、口笛を吹きながら、スキップを踏むような足取りでねぐらに帰って行く。

 きっと気分の中では、突然貴族になった心持ちに浮かれているのだろう。


 鹿車(かしゃ)の通れる大通りを、半時間ほど往く間に三度ほど道を曲がった。ダウンタウンと言われる場所に入ってから数分、周りを警戒してゆっくりと歩きながら、だれもいないのを確認すると、暗く狭い路地に飛び込んで行く。ここで見失ってはたいへんだ。ヤヨイは慌ててブランドルの髪の中に潜り込む。すると再度だれも近くに人気(ひとけ)がないのを確認したブランドルは、路地のならびにある石造りの家の木戸を叩いた。

『ココンコンコンコン』


 中から男の声がした。


「殿下のお尻は」

「割れている」

「ブランドルか」


(まあなんて品のない合い言葉。たしかに合い言葉としては、だれも考えつかないのでいいのかも知れないけど。しかもこの答えが下手な内容だと、その言葉だけを聞いて不敬罪で捕まりそうだしね)


「遅かったじゃないか」

「すまねえ、ザトォー。ちょっと野暮用が……」


 メイド喫茶に寄っていたとはいえないようだ。人間は多数見えるが、生気も控えめで、いずれも(むくろ)のようになって眠っている。

 ヤスコたちがつかんできた情報によると、こういったお助け小屋は、単に身体の悪い浮浪者を引き取ってくるだけではない。女客が少し匂わせた通り、堂々と一般的なお助け小屋の世話になりづらい元奴隷や前科者を集め、世話を見る場所と言われていた。

 もちろん王国や貴族からの、補助金など受け取れるはずもない立場だ。それでもこんな立派な居をかまえ、薬屋に出入りできるなど、資金面でもしっかりしたところに何やら怪しい匂いを感じるヤヨイ。

 自分たちの話が、よもや聞かれているとは思わない男たちは、会話を続けた。


「別に構わないんだが、薬は買えたのか」

「けがの薬はあったんだが、それ以外はなかなかな。値段もそれなりに高いが、事情を話さないと売ってくれない」

「そっか。バンザール通りのノリスカンの店なら、ある程度融通してもらえると思うんだが」

「傷薬だってあそこくらいだぜ、譲ってくれるのは。先日の殿下襲撃事件から街がピリピリしててな。なかなか普通の薬屋では手に入りにくいぜ。ノリスカンの店なら、以前からの取り引きがあるから、その継続ということで大丈夫なんだが。初めてとなるとあの襲撃でけがをしたんじゃないとか、薬屋も記録に残さなきゃいけないらしい。役人がいちいち、それをチェックしに来ているそうなんだ」

「なんてぇことしやがるんでえ。俺たちみてぇなもんまで、煽りを食らうんだから困ったもんだ」

「昔は俺らも、あんなバカをやってみようと、考えたこともあったがなぁ」

「バカ言うな。治世が腰を据えてるってのは、いいことだってもう十分に分かったろう。だがここにいるやつらは、治世が安定したって日の眼を見られねえんだよな。だから守ってやらないと」


 ふたりはそう話しながら、部屋の奥へ入って行く。

 地下室があるようだ。そこは結構広く、ベッドが並んだところに何人もの男たちが寝かされている。多くはけがを負っているが、けがだけでない者もいた。何か理由(わけ)ありの状態でここへ運び込まれ、そのまま臥せってしまったのだろう。ヤヨイは彼らを一人一人チェックして、魔族(ディアボロス)ではないかどうか確認する。どうもこの部屋に魔族(ディアボロス)はいないようだ。


「二階のじいさんはどうだい?」

「だめだなー。飲み食いしねえで、生きれてるのは不思議でしょうがねえが、もう動きもしねえ。ガンディーさまも、よくあんなの拾って来られたもんだが」

「あの人はなあ、そういう人だから」


(二階にだれかいるの? しかもじいさんというと ───)


 ドアが閉まっているので、ブランドルたちが動くのを待つヤヨイ。


「ガンディーさまは、こいつらを治してどうしてるんだ?」

「まあ元気になったら、王国の外にでも逃がしてやってるんじゃないか? ここに居たって、こいつらにはいいことないしな」

「奴隷から抜け出たやつらなんて、俺たちみたいに犯罪者に、身を落とさなきゃいけねぇ。まともなとこでは働けないからな」

「これだけの金、ガンディーさまはどこから……」

「それは云うんじゃねえ。ガンディーさまがお金持ちなのかも知れないし、スポンサーがいるのかも知れない」

「そうだな。捨てる神あれば拾う神ありだ」

「じゃあ晩飯にしようか」


 ようやく二人は地下室から出てくれる。ヤヨイは階段を通って、暗がりの中二階の部屋まで飛んで行った。二階には、そこそこ動けそうな人間がたむろしているが、その一番奥に部屋の隅で丸まって転がった黒い物体を発見する。


(ロノウエさま!)


 ヤヨイには見覚えがあった。ウイプリーたちが、すべて魔力を失ってカマールに変わったとき、後陣にいたロノウエ大伯爵は、小さい老人になってしまったのだ。

 陣から、命からがら逃げ出したエリートたちが、何匹か付き添ってはいたものの、すでに彼女らの魔力も尽きており、ロノウエの身を守るどころではない。王国軍の手が、陣の跡へ迫るまでにロノウエを逃がせたのは幸いといえる。とはいえ、ヤヨイたち最前線の兵士の集まれたころには、もはやほとんど動けない状態だった。

 そのときの姿とまったく変わらない。それからクラサビの報告を聞いたロノウエは、ラーゴさまの身を案じて一人王都に出かけてしまった。日中のことであり、太陽光線に抵抗できるだけの魔力を持たないウイプリーたちは、だれもそのおともに付き添えなかったのだ。いや、付き添った者もいたかも知れないが、太陽光線を浴びて消えてしまっただろう。

 ヤヨイは急ぎ種族間感応通信(ウィップライン)で、喫茶店のナオコに連絡を取った。


{よくやったわ、ヤヨイ。ラーゴさまにも報告しなきゃ。しばらくそこにいてて。あなたの場所をたどってだれか迎えに行かせるわ}

{私でも連れて帰れるよ}

{幼女が自分より、大きいおじいさん、抱えれるなんて変でしょ}

{そかな? わかった、待ってる。できたら魔力水、持ってきて}


 ヤヨイはロノウエの顔のほうに回って様子をうかがう。死んでいるのではなさそうだ。最後に体内に残っている魔力でなんとか消滅だけはしのいでいる。

 これを復活させる方法といえば、例の魔力水を飲ませるしかヤヨイには考えつかない。悪魔は魔王城(ディアボリオン)では、魔脈(ディアポラダー)から魔力エネルギーを吸い出すか、モンスターも驚くほどの量の食事によってそれを得ていた。だがたとえ、人間の血を浴びせてやっても、悪魔への魔力補給にならないはずである。

 ミツがいればなんとかしてくれるだろうか。ようやく成人を迎えたばかりの女の子から、おっぱいを吸うおじいさんというのはどうかとは思う。そうなるとヤヨイには、手近な魔力供給の方法が他に思いつけなかった。


 ナオコとの連絡を切ってから、それほどの間もなく、だれかが訪ねてくる。


「こんにちは、開けてください」


 クミコの声だ。


「だれでい? 女の声だな」

「ここに女がくるか? まあ、出てみよう」ブランドルにザトォーと呼ばれた男が玄関に近づく。「だれだ? 符牒はどうした?」


 やはり合い言葉を言わないと開けないらしい。ブランドルが帰ったとき、外から合い言葉の呼びかけをしなかったということは、まずその前にノックが符牒 ── 合図なのだろう。


{クミコ、『ココンコンコンコン』だよ、それから ───}

{面倒じゃん}


 そう言うと、いきなりクミコの声が部屋に響き渡った。


「開けなさい!」

「うっ!」


 男たちは瞬間固まったかと思うと、目がうつろになり無表情にそれに従う。玄関の扉が開いて、メイド姿のままのクミコがすんなり中に入って来た。


「ごくろうさま」


 念の為ヤヨイは、カマール姿のままクミコに近寄る。


「ありがとう、すぐだったね」

「で、どこ? ロノウエさまは」

「二階だよ」

「二階の老人をすぐに連れてきなさい」

「はい、仰せのままに」


 二人は力なく返事をして二階に上がり、すぐにロノウエを抱えて下りて来た。急いで口を開けさせ、クミコが持って来た魔力水を飲ませるが、残念ながら一口くらいしか残っていない。だがこれで、消滅の危機からは脱しただろう。


「ありがとう、じゃあこのおじいさんは連れて帰るけど、だれかに聞かれたら、家族がきて連れ帰ったって云っといてね」

「はい」


 さすがクミコの一時支配は簡単だ。声掛けだけで片付いてしまう。ただしこれは変身しているときだけの能力らしい。ロノウエを背負うのも、クミコが命令して男たちに手伝わせる。外へ出ると、玄関の扉を閉めてから、中に向かって声を掛けた。


「では扉に鍵をかけ、そのまま休みなさい。それとブランドル。二度とメイド喫茶には来る必要はありません」


 扉に鍵をかける音が聞こえた後、部屋の中でどさっと二人の男が床に倒れこむ音がする。ヤヨイは子供の姿に戻り、クミコの後ろからロノウエを気遣いながら、メイド喫茶まで帰って行くのだった。



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