第〇一五一話 アネクドート 居残り組ヤヨイ◆侮れぬ女性情報網
無限の眷族召喚を得意技とするヤヨイは、同じ親衛隊のハッチより少し幼い、王城に残された六人の一人である。
居残り組が提案して始めることになった喫茶店 ── メイド喫茶は当初、その意味が分からなかった王都市民に、思いの外受け入れられなかった。しかし、見張りに立ってくれていた、タオの配下の者たちを無理やり最初に連れ込んで、評判を広めていってもらう。そんな地道な活動が実を結んで、開店四日目となった今日は、朝から結構な賑わいを見せていた。
「「ご主人様おかえりなさいませ!」」
ミツから出発前に魔力をたっぷり補充された、強靭のヤスコ(二十三)、偽りの命のナミ(二十二)、テレパスのナオコ(十九)、一時支配のクミコ(十七)の超絶美人メイドが並んでお迎えをする。主様の提案だけれど、王侯貴族の屋敷ではきっとこんなお出迎えではない。メイドというものが、これほど元気に言う仕事ではないと、は思ってしまう眷族召喚のヤヨイ(九)。
とはいえ、かわいい女の子たちがそんなふうに、メイド服で出迎えてくれるところなど、今まで存在しなかったので物珍しくはあった。しかもそのメイドが揃って美人ばかりということで、外から覗きに来るやじうまだけでも、店の前は賑やかだ。お茶一杯程度はリーズナブルなので、ちょっとした用事に外へ出た、時間に余裕のある商店主などがちょこちょこと寄って行く。すると、仕事に急いでいなさそうな職人ふうの男も入店し、デレッとしながらお茶を一杯飲むと、すぐに出て行った。
退店時には、『ご主人様、いってらっしゃいませ』と、みんなで声をかけてもらえる。注文時と給仕以外にたいしたサービスはないため、これがまた快感のようでなかなか店の回転は速い。退店する職人は肩で風を切りながら、大手を振って出て行く。見た目は職人だが心の中が王侯貴族になったようだ。それを見た人がまた自分も味わいたいと、入店する者は増えはじめ、ついには店の前に行列ができていた。
こうした職人たちは、朝はバタバタとチラ見して行くものが多いのだが、夕方その日の稼ぎを持って、店のドアを叩いてくれる。日暮れを過ぎたころには、再び店に人がいっぱいになるのだった。
この店では簡単な軽食を出しており、これらはほとんど、ヤヨイと短時間復帰のハツナ(十四)の二人が、裏方で作っている。ふたりは年少者のため、表立った接客といった労働ができない。とくにこの、メイド喫茶という微妙な風俗営業店においては、彼女ら超絶美少女が表だって店の手伝いをしていると、なにかと問題がありそうだからだ。
ちなみに現在、ラーゴのいるクラサビグループはラーゴの血液を、ラゴンとミツのグループはミツから魔力の供給を受けている。王都に残った彼女らはラーゴの許可を得て、ある程度は人間からの血液供給を容認してもらえていた。もちろん、吸血鬼がいるといった噂が立ってはいけないので、吸血するとしても絶対に目立つ場所には穴もあけない、最小限の範囲という条件つきである。その範囲を利用して、店で働く大人スタイルのウイプリーたちが、夜の情報収集と称し、よろしくやっていることを知っているヤヨイ。しかしヤヨイとハツナは未成年であり、さすがにそれはできないため、エネルギー補給はもっぱら食べ物に頼るほかない。そういう点で調理係はうってつけではあるが、それだけでは十分とはいえなかった。
そこで小さい子も人間から魔力をいただく手段として、別のサービスを考えようということになる。それは授乳中のお母さんに対する、乳腺マッサージサービスだ。授乳期間の赤ちゃんがいるのに、おっぱいの出が悪くなったお母さんの乳腺マッサージ。または詰まってしまったおっぱいを無理やり搾乳し、乳の出をよくしてあげるお手伝いが事業化された。しかもこれは無料サービスである。
実は出が良くなった余録として、おっぱいを少しだけ戴いていた。客が少ない間は、乳を吸ってからハツナの技で時間を巻き戻し、さらに飲んで巻き戻しということを繰り返して、代わるがわる結構な量をいただかせてもらったのだ。
ウイプリーが吸血するには、短時間で最後の一滴まで吸い取るため、血流が促進される効果が付与できる。母乳はすなわち血液であり、同じ効果があるようで、一度ここの施術を受けると、乳の出が良くなってしまうことが幸いした。よく出る乳腺マッサージという評判が評判を呼び、わざわざ遠くからでもやって来る。
もちろんその効果はすぐに消えたりしないので、頻繁に行なう必要はない。にもかかわらず、一度来店した人が、まだ乳の出は悪くなっていないのに、再来店してくれることも増えて来た。
というのは、吸血行為のときに吸われる人間側が覚える陶酔感ほどではないにしても、それに近いものを感じられる。それ味を占めて、子育てのストレス解消に役立つのかも知れない。そういえばミツでも、自分たちから一斉に吸血されると、艶っぽい表情を浮かべていた。
しかもマッサージを受ける間、授乳中の赤ん坊はヤヨイが預かって面倒を見る。魅了の能力を使えば、どんなキカン坊でも愚図ることはないため、これまた子守りから解放されたと、母親たちには大好評であった。
居残り組のちびっ子たちはこのようにして、涙ぐましい努力で魔力収集に当たって来たものの、先日ハヤミが持って来た魔力水はそれをひっくり返す。あれが一定量、定期的に供給されれば有り難いかぎりだ。しかし考えてみれば、あれほどのエネルギーがあっても自分たちに、使う機会はほとんどやってこない。
という経緯で、せっかくいただいた貴重な魔力水である。自分が一口もらって眷族召喚を行なった後、蓋付きの壺に入れて大事に置いておくことにした。普段の活動エネルギーだけなら今のところ不自由しないだろう。だから自分たちちびっ子の魔力が枯渇したとき少し舐めるか、再度ラーゴから特別な命令が来るまで、あの壺は閉じられたままに違いない。
そんなさまざまな理由から、始めたばかりとはいえ、なかなかの繁盛ぶりだ。何より無料で受けられるサービスなので、お母さんたちは気軽に来てくれる。タオの事務所跡らしく、市民に優しいと好評を博していた。
混み合うと順番待ちの間、一階のカフェでお茶を飲んだりするので、見た目でもまったくのボランティアとはいえない。都会である王国であっても、赤ん坊におっぱいをあげるときに、あえて隠さないというのが常識だ。だから赤ん坊連れの母親は、よく出るようになったばかりのおっぱいを、喫茶店内で授乳して帰ることもしばしばであった。ミツが親衛隊に魔力補給する際、ラゴンの前でまったく隠さないで胸を出すのも、こういう人間社会の常識からのものだろう。
するとここも、授乳中の胸の張った若妻が来る、ということで男たちにも密かな人気が出ているのかも知れない。
さらには、そんな来店からメイド対応に嵌まり、それに味を占め足しげく来店する女性が多発する。しかも授乳中のものだけでなく、既婚未婚も関わらず、知り合いの女性を誘ってどんどん連れて来た。これは計算外だ。考えてみれば、貴族にも男女両方居るのだから、女性としてもメイドにかしずかれる、生活を夢見るのは不思議ではない。いや逆に女性のほうがそういう夢物語に、はまりよい特性を持つのかも知れなかった。
時間帯で、女性サービスタイムを設けて優遇し、オジサンたちが来やすい時間は同価格の、魅力ない設定にしてはどうだろう。自動的に男女分離が進むのではないか。
まあこちらには、他にそれ以上の利益があるのだから、女性の来店もとくに問題ないのであるのだが。
モーイツの港で奪還作戦が成功した夕べ、王都の喫茶店の窓辺に沈みかけ、西日の差し込む時間がやってきていた。
クミコにあやしつけられた赤ん坊たちが、おとなしく専用のベビーベッドに寝かされた傍らで、女性二人の乳腺マッサージサービス施術中である。ヤヨイが担当する最後のお客様も、今回で五度目を数えるリピーターだ。
マッサージが済むとこう切り出された。
「そう言えばあんたたち、生き別れたじいちゃんを探してるんだって」
女性たちは、ときとして情報通のものも多い。しかし子育て中の母親の場合、なかなか、そんなところまでアンテナを張り巡らせたりはできないため、それほど積極的な情報収集は行なっていなかった。マッサージ中にした雑談の中、ヤヨイが漏らした覚えはない。たぶん喫茶店でだれかが男の客と話しているのを、待ち時間の間に耳に挟んだのだろう。たいした情報はないとは思うが、ここは丁寧に、対応しておこうと思うヤヨイ。
「はい、王都では死んだらみんな、聖堂か墓場で管理されるということなので、姉ちゃんたちが調べに行ったのですが、それらしい人はいなかったみたいです」
姉ちゃんたちとは、ヤスコ(二十三)、ナオコ(十九)、クミコ(十七)、ナミ(二十二)、そして隣で別の客を担当しているハツナである。最初の打ち合わせで、ヤヨイの年回りから言えばナミかヤスコを、母ちゃんにしてもいいのではないかと提案したが、とんでもないと却下された。
「そりゃあ心配だろうねえ。こうやってあんたらが立派に仕事してるのに、あちらのほうが気づかないってなると、きっとなんか事情があるんだろうかね」
「そうなんです。じいちゃん、持病持ちだから心配で」
こんなところへ医学の心得を持つ女が、やってくる心配はないと思って忘れてしまったけれど、持病というのは何だったろうか。まあ、聞かれることはあるまいと高をくくっていたら、驚きのカミングアウトだ。
「なるほどね。あたしもね、主人が薬屋やってっから、ちょっと気いつけとくよ。そういやそんな、体の悪い人ばっかり集まってるグループがあるみたいだね。ここにも来ているよ。ちょっと理由アリの小屋の、まとめ役をやってる何番目かのあんちゃんがね」
とくに持病を聞かれなくてほっとするが、その上棚から牡丹餅情報である。ヤスコたちも、王都内にそういうグループの存在することだけはキャッチして来たものの、実際そこにつながる人材には巡り合えなかったのだ。しかも、客として今来ていると云う。
「どんな方ですか?」
「今日もちょうど、下で会ったけどね。黄色いマフラーして、髭生やした男だよ」




