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第〇一五〇話 人質最後の危機一髪

 タイ島の崖から、その一部始終を確認し終えたラゴンたちは、衆人環視の中、さすがに情報隠蔽結界(バーニシオービチェ)で姿を隠し、一路モーイツ港に戻って行った。モーイツの港の突堤では、遠いながらも船がモンスターに襲われて、沈んで行く様を見ている野次馬がたくさんいる。中でも灯台に登って確認していた人間が、慌てて商工館(エントバラル)のほうへかけて行こうとしていた。


「主様、この男も敵のようですが捕まえますか?」

「いや、一応他に仲間がいるならそこまでいってもらおう。まだ商工館(エントバラル)には何人か残っているはずだ」


 モンスターの逆襲により、海に出たマフィアとユニトータが、全滅するのを確認したラゴンたちも、姿を消したままの飛行で商工館(エントバラル)に向かう。現在ミツ以外は、全員カマール姿だ。


「そこにはまだ、拉致されたままのオートンや市長たちが残っているはずですが、どうしましょう?」


 あまり表立って助けてやるわけにもいかない。組織の者たちは内部紛争で、海のモンスターにやられて消えていってくれたが、地上に残ったものはやはり、実力をもって排除しなければならないのだろうか。


「目立ちたくないけどなぁ。ボコボのほうがうまく行き過ぎたから、面倒だ」


 ユニトータは、幸い最初に港にいる最高幹部の事務所が押さえられたので、根こそぎ連れ出せた。残っているのは外部の協力者か、忠誠心の薄いチンピラ程度で、いわば下っ端もいいところだろう。後は王国の自浄作用で何とかなるはずだ。しかしこちらは少数とはいえ、人質を取った親玉格がいる。おそらく麻薬強化人間(ナルコマンダー)も残っていた。


 やがて灯台から走って来た男がたどり着き、三階のもっとも奥にある、元の館長室らしき部屋にあわてて飛び込んだ。そして今まであぐらをかいていた髭の男に、必死の形相で報告をする。周りには三人の、腕に自信がありそうな男たちが、魔法銃を持ってガードについていた。

 報告を聞いた男が、慌てて部屋から出て行くと、続いてそこにいた全員も後を追う。どうやら全員で逃げるらしい。そいつらをどう料理するかは後で考えることにし、まずは捕まっている人たちの救出だ。


 自分としては何も手を出さず、タオに頼まれてやって来たら勝手に自滅しており、数の減ったやつらが逃げて行ったのを見て救出に来ました、と云う話を信じてもらいたい。ミツにもその線でコンセンサスはとっておく。それでおそらく、疑われることはないと思われた。


 ラゴンたちは屋上に着地して、商工館(エントバラル)の出口を見張る。あわてて逃げたにしては、出て行くまでに時間がかかったと思える、ここの親玉らしき男たち。そいつらを見送ってから、あらかじめ透視して調べておいた、全員が捕まっている部屋に飛び込んだ。ここに入るのはミツと二人だけでいい。

 八人の男たちが、椅子に縛り付けられたままでこちらを見た。すると安堵の表情が期待できるところなのに、意外とみんなの顔は引きつり、差し迫っている。


「君たちは?」

「助けに来ました。みなさんが捕まってるんじゃないかと聞いたので、この建物に絞って調査していたら、ここにいたらしい悪そうなやつらが、逃げたのを見て飛び込んだんです」


 みんなの縄を解こうと近づきながらそう言うと、一人の男が叫ぶ。


「そこにある導火線を消すんだ!」


 見ると、箱につながった導火線に火がついており、どんどん短くなっていた。


「ヤヤ!」


 その掛け声でヤヤが、ラゴンの時間を常人の倍まで早くしてくれる。もう高原球技(プラトーシャール)場以来、何度もやった定番作業だ。


(─ いや、倍じゃきかない ───)


 数日でヤヤの能力が成長したのか、あるいはエネルギー満タンに加えやる気が迸り出ているのか。体感で、三倍とも四倍とも思えるスピードである。

 きっと常人の目で見ると、ラゴンが一瞬で駆け寄って、導火線を引っこ抜いたように見えただろう。しかし周囲のゆっくり動く世界の中で、先ほど導火線を消せと言った男がまだ何かしゃべろうとしている。

 意識を読むと ───


(きっとまだあるぞ、下の階だ!)


── というつもりらしい。すぐに下の階を透視し、あとふたつ同じような爆薬が仕掛けられているのがわかった。やつらが出て行くとき、順に火をつけたのだろう。下の階、その下の階と順に、まもなく爆発する長さまで縮まってきていた。急いで部屋を飛び出し、ラゴンは叫ぶ。


「ハヤミ!」


 さらにハヤミの高速移動を起動させて、その場所から爆弾まで突っ走った。通常時間からすれば瞬間的な移動で、ほとんど二つの導火線の長さは、発見したときと一ミリも変わらず処理を完了する。


「これで大丈夫か?」


 ようやく危機は去ったが、それでも逃げたやつらはどこへ行ったのかは気になった。他で同じようなことをしないかという心配だが、少なくともやつらはそれぞれ、魔法銃をもっているのは間違いない。そこへ連絡が入る。


{主様、ハッチです。逃げ出したやつらを、足止めしときましたけどどうしましょう?}

{よくやった、ハッチ}


 ミツの髪の中にいるとばかり思っていたが、気を利かせたハッチは、単身マフィア残党の跡をつけ、隷属させてくれたらしい。しかしこればかりはさすが、こちらで捉えたことにしなければならないだろう。

 人質の部屋に一緒に飛び込んだ、ミツはいまさら動かせない。カマール姿のまま待機中だったハナコとクオレを呼び出して、一緒にハッチが隷属したという、逃げ出した男たちのところへ急行だ。商工館(エントバラル)を出る直前に変身したハナコが一足遅れ、透視で見つけた用具倉庫のようなドアを勝手に開け、船で使う縄や鎖を持ち出してきている。

 ハッチのところに着くと、抵抗できない男たちを二人に縛り上げさせ、意識は奪ってハッチの隷属を解いた。ハナコが鎖を持って来たのは、ここで麻薬強化人間(ナルコマンダー)を捕縛するためだ。各自の配慮には頭が下がるが、ハッチの場合吸血せずに隷属させられるので、クミコの一時支配と同じように跡形も残らないのも都合がいい。

 ラゴンとクオレが見張っている形にして、街の屯所にハナコに走ってもらった。もうマフィアの脅威もないのだ。ほどなく警備兵が荷鹿車(にかしゃ)と一緒にやってきてくれるだろう。その間にミツに現状を連絡する。


{どうだい? そっちは}

{主様、こちらはもう大丈夫です}


 ラゴンが部屋を出たときは、下の階の爆弾が爆発するのではないかと、縛られたままの人質がパニくったらしいが、ミツから力強く『大丈夫。兄様が何とかしてくださるので』と説き伏せられたのと、いつまでたっても何も起こらないため今は落ち着いているようだ。すでにもう縄をほどいて自由の状態である。

 その後オートンさんがだれであるか確認し、タオから頼まれて助けに来たことを説明してもらっておいた。タオからの手紙も渡しておいたので、ほどなく事情は納得してもらえるだろう。


 しばらくして、屯所から警備兵が駆け付けてくれた。とりあえずマフィアの残党を引き渡し、説明のため一緒に商工館(エントバラル)のほうへ戻って行くラゴン。すると玄関先で人質になっていた人たちから、握手の嵐に襲われる。ミツのほうから、すでに彼らの家族の安否についても伝えられたようで、それについても感謝の言葉が述べられた。

 そこへほかの警備兵や、市の官吏たちも飛んでくる。捕まえたマフィアの残党たちに同行させたハナコの口から、市長たちがここに拉致られていたと知ったようだ。ただどうやら、市長たち重要人物の拉致されたのがこの商工館(エントバラル)だとは、うすうす分かっていたらしい。だが下手に助け出そうなどとする者がいれば、人質も含めて命はない、と脅されたのだと口々に語った。この街自体がシティージャックにあっていた、といっても過言ではないだろう。

 しかしようやくすべての人々が解放され、同時に悪者たちは完全に一掃されたのだ。


 人質の無事も確認されて、ひとまずの心配がなくなったと理解すると、ひたすらラゴンにお礼を言う市長。


「本当にありがとう。きみたちが来てくれなかったらどうなっていたことか」

「いいえ、あいつらは勝手に自滅したんですよ、仲間割れをして。たくさんの人がそれを見ています」

「あ? いや、そうじゃない。ちょうどきみたちが、我々の拉致された商工館(エントバラル)を見張っており、やつらの逃げた直後、あそこへ助けに来てくれなかったらどうなっていたか。そしてきみのあのすばやさ、状況判断の速さでこの商工館(エントバラル)も粉々に崩れる危機から免れた」


 商工館(エントバラル)の話は、自分のものと思ったのか、そこへオートンが口をはさむ。


「この商工館(たてもの) ── エントバラルは、帝国発足時代からの由緒ある建築物で、無血革命により共和国を建国したときの拠点として、モーイツ市のシンボルでもあるんだよ。もちろんきみの動きがなければ、僕たちの命も、今ここには無かった。ほんとうに、真実にありがとう」


 周りに集まって来た人もそれを聞いていた。さらには警備兵から、その後逃げようとはかった残党たちを、ラゴンと仲間の娘たちが一網打尽にしたことも報告される。こうしてラゴンたちは一躍英雄に祭り上げられた。


「とにかくラゴンくん、僕と一緒に市長の庁舎に来てくれ。オートンも一緒に。それからそのお嬢さんたちもお連れして……」


(─ エントバラルってどこかで聞いたことあるなぁ。あ、やっぱりあの聖書の話か)


 ラゴンが備えたデータベースによれば、長い歴史を持つ街の多くで、もっとも由緒ある建物に同じ名前を冠するそうである。はからずも聖書の物語を、しっかりなぞらえてしまったようだった。



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