表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/116

第〇一四八話 アネクドート ゴードフロイ◆船までの辛抱

 二十人の兵士のうち、腕の立つもの八人を殿下の周りに付けたゴードフロイ。宿屋の案内にしたがって建物奥の階段を使い、二階に上がって殿下の寝所となる部屋に進んだ。先に部屋に入ったゴードフロイが部屋全体、そして窓から外に対する守りを視認し、マーガレッタはベッドの下や寝具の中も改める。ヨセルハイも引き出しやタンス、調度類などをあらためて何事もないと了解しあった。


「大丈夫です。殿下、どうぞ中へお入りください」


 マーガレッタがそのように促すと、ようやく入室してくる殿下。


「何もなさそうですのね。本当に今日はみなさんご苦労様でしたわ」


 すぐに、女性兵士とお付きのメイドたちが部屋へ入って来たと思うと、荷物を置いたり、使いやすいよう殿下の身の回りを整えたりと、忙しく動き回っている。


「では我々は、ここで失礼を。いつでもお声をおかけください。外の八名が交代で、廊下、階段の守りを固めております」


 扉前(とびらまえ)の守りは、現在部屋に入って来た女兵士たちが、交代で行なうとマーガレッタから伝えられた。この階のすべての部屋は、メイドはじめ、女兵士やマーガレッタ隊長の仮眠室である。

 これから、殿下はお召し替えの時間だ。ヨセルハイやゴードフロイ、謎の魔術師など男性陣は、そそくさと退出する。外に出て一礼し、ドアを閉めるとそれほど防音性がある部屋ではないらしく、早速中からマーガレッタが殿下にかける声が聞こえて来た。


「ではやはり、私がラーゴを連れて……」


 それに慌てたように答える殿下の声も、部屋の外までまる聞こえだ。


「何を言うのですか。こんなにゆっくりした部屋なのですから、ここにひとりでは広すぎます。ラーゴはわたしが抱いて寝ますわ。だって寂しいじゃありませんか」

「殿下はいつももっと広い部屋に、一人で寝られてらっしゃるでしょう。今日はお疲れなのでゆっくりとお休みください」


(なんだ? トカゲの取り合いをやっているのか)


 見ると手を広げて、こんな調子ですというジェスチャーをしたヨセルハイが、小声でゴードフロイにささやいてくる。


「一時間ほど前から、あのトカゲとだれが寝るかということでもめておられました。しかしそもそも、すべての面倒はユスカリオが見ると云う話でしたので、そういうものと思っていましたが ── 。殿下とマーガレッタどののお二人が、長時間もめる様子を横で聞いて来たのです」

「それで疲れきった顔をしていたのか……」


 なるほど、緊張し続けたのはゴードフロイ一人のようであった。


「しかし ── 何事もなかったな」


 階段へ足を向けながら、扉の前に残った二人以外の者たちに声をかける。ヨセルハイがそれに答えた。


「そうです。別に期待していたわけではありませんが、それなりにこちらは用意周到で待っておったのですがね」

「たしかにハケンヤーまでのこの街道では、なかなか襲えるところがない。あえて言えば分岐点かな」


 分岐点は、切り立った崖の麓部分の峡谷を通る。もちろん夜を徹して一部の者が先に走り、確認させる手を打っているとはいえ、敵のほうが一枚上手という可能性もあるかも知れない。


「じゃあ、明日ってことですかね」


 若い兵士ドルガンが、腕まくりせんばかりの剣幕だ。


「それもまあ、取り越し苦労かも知れんがな」

「しかし船に乗ってしまえば、なかなか敵は遅いにくくなると思います」


 そう話す色黒の兵士マクロスは、たしか海兵の経験もあったことを思い出した。


「だろうな。そう簡単に川の船が用意できるとは思えない。何よりも王室御用達(ごようたし)の大型船だ。おそらくその船を襲える船など、この河川流域ではまず手に入らないだろう」

「でございましょうね。小さい船では取り付けもしません。それほど大したものではありませんが、砲門を積んであるらしいです」

「こちらには弓矢もあり、銛を発射するボーガンのような武器も備わっているのだろう?」

「数はそれほどでもないようですが」

「それにしても、こちらも結構な数がいるのだ。二隻に分乗したといっても、負けはしないだろう」

「ただ、相手は魔法銃を持っているでしょうね」

「威力を考えた、盾を用意してあるのではないのか」


 こうして精査すると、船においての備えは万全といえる。


「とすれば、やはり船までが勝負ということですか」

「あるいは向こうに着いてからかな。こちらの手の内をよんだとすれば、黙っていても懐に飛び込んできてくれるのだから、別に無理して襲うということもないのだろう。 ── 公爵のところに寄るときはどうだ」

「一時間ほどの行軍があります。公爵側からもかなりの部隊が迎えに来てくれるということですが、それも予定通り到着すればと云う話で」

「逆に、こちらが予定通りつかなければ、敵も狙えまい。これも難しいな。やはり明日か、あるいはこちらが港に乗り込む際、そのどちらかだろうか。ボコボの港での戦いとなると、市民を巻き込む可能性もある」

「殿下もそれをご心配しておられました。きっと総力戦になるでしょう」


 そんな遠い話を今から思い悩んでも仕方ない。ゴードフロイはその前にも問題があることを思い出す。


魔王城(ディアボリオン)のほうは変わりないのだろうな」

「はい、何の連絡も入っておりません。こちらも動いているので、色々と連絡は取りにくいと思うのですが。それでも、いくつか方法は準備しておりましたので、今のところ動きがないのでしょう」

「殿下は島まで行く気だぞ」

「何もございませんがね。ただぽっかりと、内海ができただけでございますから」

「返す返すも、アレサンドロを巻き込んでしまったのが悔やまれるな。俺の失態だ」


 ゴードフロイは考える。あのときアレサンドロが来なかったら、戦いの行方はどうなっていたのだろうかと。


(サタンと対峙したのが、マーガレッタや自分であれば、魔王は倒せたのだろうか。尊い犠牲だったが、アレサンドロの行為は無駄とは言えなかったかも知れん)


 しかし、死んだのでもなければ回復もしないとは、いったいどのような状態なのだろう。そういう不思議知識は一切持ち合わせないので、自分が考えても仕方がないのは間違いない。あれほど一生懸命な殿下のために、何とかならないものかと頭をひねってみるものの、お手上げだ。その道のプロである、聖人のできないことなど素人が思いあぐねても無駄な努力と、ゴードフロイは途中で思考を放り出す。

 そんな話をしながら、すでにヨセルハイと二人、一階のラウンジまで下りて来てしまっていた。他の者は離散し、自分の支度に戻っている。


「一杯もらいますか?」

「いや、船に乗るまでは気は抜けないだろうからな。一日の辛抱だ、今日はやめておこう」

「夜討ちと言うなら深夜ですからな。早く休みますか」

「そうだな。寝るのも仕事のうちだ」


 常に攻撃隊の指揮官の立場を預かって来たゴードフロイは、敵の軍隊の襲撃に対する勘は鋭いと自負してきた。しかしこのような、暗殺に対する防衛の技術は養ってはいない。言い換えれば『受け身』というのは苦手科目といえる。ヨセルハイの言うとおり、夜討ちに備えて寝てしまうのが得策だと思い、七十数キロ馬で駆けた疲れを、自室の寝台に放り投げた。


    ──  ・  ──  ・  ───


 翌日も底抜けに晴れた冬空の下、ゴードフロイの軍はさらに同じ距離を、河岸都市とは名ばかりの船着き場へ向かって行軍する。もう一度野営する手間を思えば、夜道に入っても船までは今日中にたどり着きたい。


「あーいい天気だ」


 あっという間に夜が明けてしまった。昨日腕まくりをしていた若い兵士ドルガンが、隣について話しかけてくる。


「結局、昨日も何も起こりませんでしたね」

「交代とは言え、夜通し番に立たせた兵士にはかわいそうなことをした。今日また、昨日と同じだけ歩いてもらわなければいけないのに、朝番のものは特段つらかろうな」

「しかし、彼らが守っていたから襲ってこれなかったと思えば、十分な役目を果たしたといえるでしょう」


 たしかにそうだ。今日もヨセルハイは、敵以外のことに悩まされるだろうが、それもこれも船着き場までの辛抱である。船に乗ったら、たらふく飲もうと考えるゴードフロイであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ