第〇一四四話 花売り美少女、ドアを蹴破る
ラゴンたち四名は、日の落ちたばかりのボコボ港に着いた。街中で見つけた花売りから、売れ残ったものを買いあげると、三人に花売り娘っぽい格好をさせ、あえて怪しい男たちがいるあたりで商売だ。ボコボの街は港という土地柄からか、広い大通りには魔法の街灯が点々とついている。夜間でも、鹿車が通行するに違いない。そのほの暗い灯りの下で、クオレたちの美しさに蠅がブンブン言いながらたかって来た。
「おじさん、お花……」
「おーら、こんな場所で勝手に商売していいと思ってんのか?」
思った通りさっそく絡んできたのは、ユニトータのバッチを胸元にひけらかせた組織員たちだ。ラゴンは二百メートルほど離れた、半鐘付きの物見台からそれを見ている。
「アニキ、この娘たち、なかなか絶品の器量よしぞろいですぜ」
「ばかやろう、こんな小便臭いのばっかじゃ……、おやぁ嬢ちゃんは結構いい身体 ── きみ幾つだい?」
聞かれたのはクオレだ。ナンパ男の言うお上手かと思ったが、そう言えばドレスの試着をしてもらったときとは違う、なかなか女らしい曲線を醸している。ただ胸の開いた服ではないので、なにかいい詰め物 ── あるいは特別な魔法でもあったのだろうか。
(─ だがそんなこと、本人には聞けないな)
失礼なので、透視するのもやめておく。
「はい、十二になりました」
「へへへ。王国じゃ、殿下でも十二になったら、成人の儀ってやつをやるんだぜ」
それとそういう破廉恥行為を、させていいかどうかは別だと思うが、そこは無法者の勝手に考えた理不尽なルールにすぎない。並外れた美貌と魅力を持つ少女ばかりの中から、クオレ一人が房事におよべる年齢ということで連れ去られた。
幼児二人は下っ端たちに足止めさせられ、クオレの連れて行かれた後を千里眼で追えば、そこはユニトータの事務所だ。
一方ハッチは、一緒にいた下っ端の男たちを、すでに隷属させていた。それを確認したラゴンは、五メートル以上ある物見台の上から、路地の暗がりに音もたてずに下り、ハッチたちの場所まで駆ける。
チンピラたちはそこに残し、ハッチとハヤミを連れてラゴンが事務所に殴り込んだ。
「すいませーん、この子たちのお姉ちゃんが、ここに連れ込まれたって聞いたんだけど……」
「なんだ、テメーは!」
「ハッチ、ハヤミ ── !」
ハヤミに高速化させたハッチが、事務所にいる全員の首筋に素早くタッチしていく。人間の動体視力には、とても見えない速度で頸動脈に触れられた男たちが、次々と隷属下におかれ、力なく倒れていった。
「じゃあまずは、俺が味見をしてからだな……」
そこへ奥の部屋から、先ほどクオレを連れて行った男がこれ見よがしに、偉そうな態度の男を連れて出てくる。後ろから木刀を持った用心棒らしき男も一緒だ。
「カシラ、これは……」
先に出て来たクオレを連れ去った男が、事務所の異変に気付きラゴンたちを確認すると、偉そうな男のほうを振り返る。
「なんだ、こいつら? 先生、やっちまって……」
次の瞬間、用心棒らしき男は人並み以上の速度で、ラゴンの前に飛び出して来た。相手が木刀を振り下ろす瞬間、唯一の武器打撃匙でそれを受け止め払いのけるラゴン。
一瞬の素早さによほど驚いたのか、用心棒の顔から覇気が消える。 ── と思ったら、そのときすでにハッチとハヤミの合わせ技により、後をついて来た三人の隷属も終わっていた。
同時に、奥のほうでドアが開く ── というよりも、引きちぎられるような音がして、クオレが現れる。
「あれで閉じ込めたつもりなんだから」
「クオレ、問題ない?」
まあ普通はドアを引きちぎって出てくる、女子高生サイズの女の子などは想定外であろう。どちらかといえば心配になるのは連れ込んだほうだが、ハッチによってすでに隷属済みだった。
「私は大丈夫ですが……」
クオレが指さす部屋の中を見ると、暗がりに数人、半裸の女性が寝かされている。外傷はひどくないものの、茫然自失状態で明確な意識がない。心を透視すると拉致して脅迫され続けたばかりか、乱暴もされていた。かわいそうに、精神的には自我が崩壊する一歩手前といったところだ。だがラゴンの隊には、治療のできるナオミがいない。
「ちょっと考えてみるよ。クオレは先に打ち合わせしているとおり、お願いね」
「了解です」
クオレは倒れた男たちの血を次々と吸って行くと、彼らの記憶を操作し、元々少しだけ不満に思っていた、マフィアに対するわだかまりの気持ちを、限りなく増幅させると云う。
「あれはどうやってできるのかな?」
ハヤミが解説してくれる。
「ハッチの隷属とよく似たものですけどぉ。血液は脳を循環していますでしょ。その間に、脳の記録は血へ移り、血は脳へ干渉して行くのはおわかりですね」
「うんうん」
実はあまりよくわからないが、そういうことなのだろうと、一応うなずいておこう。
「ですから血液につながって支配してしまえば、精神すべての隷属が可能になるのでしょうね。吸った血にわずかでも移っている情報を、クオレの体内で書き換えて戻せば、それが脳に戻って記憶も改ざんされるというわけです」
「ふーん、そんなもんなんだ。じゃあクレナイの血もぐりの術とはどう違うの?」
「あの能力は特殊ですからね。言えるのは ── 、クオレの能力って、あるのがわかっている内容を消したり、そのポイントをクローズアップさせたりも可能な優れものなんです。一方、血潜りはすべてを、自分の記憶のように読めるらしいので、まったく違う能力ではないでしょうかしら」
「ハッチのは、その人間に触るだけで、すべての血がハッチに従属してくれるんだよ。体中の毛細血管にあるものまでね」
だから一瞬の強制力を持つのかと、一応納得しておいた。男たちの処理が済んだクオレによって、心神喪失している女性たちから、辛い記憶を消し、それからハッチの力で一時的な隷属下におく。自らたたずまいを直させた後、この都市にある聖堂の前まで自力でたどり着き、行き倒れてもらうためだ。移動中、ユニトータの仲間に見つかってはいけないので、ハヤミの高速化も付与しておいた。
マフィアとユニトータ、その上下関係が、敬愛尊敬から成り立っているものであれば、マフィア組織に従属するのにも不満はなかっただろう。
しかし闇の組織同士が、力関係で支配被支配の関係にあればそうはいかない。いささかなりとも、いつか取って代わってやるといった浅ましい気持ちを、どこかに育んできていてもおかしくないのだ。彼らはその気持ちを増大させられたうえ、実は自分たちのほうが、賢く強いのだと言う間違った記憶を植え付けられた。もちろん今日あったことを忘れ、徐々にマフィアへの反撃の機会をうかがい始める。
── ラーゴはそれを狙っているのだ。
放っておいても二つの組織の間の亀裂が拡がり、いずれはどちらからともなく、内部崩壊が始まって行くという寸法である。しかし、現実はその気持ちが醸成するまでの時間を、ゆっくり待っておけはしない。
しかも、クオレが女性たちを次々と処理している間に、事務所を訪ねて来た者がいた。そのオーラは悪である。この現場を見られるわけにはいかないので、顔を出した途端にハッチに隷属させた。男の記憶も操作させはじめると、どうやらマフィアの一員だと云う。彼らの拠点はボコボの街には作られていないようで、ここの事務所が溜まり場らしい。向こうで確認した『高速艇』に乗って来た一人であり、後二人、盛り場に仲間がいるとわかる。そこでハッチはカマールに変身し、クオレの後ろ髪で身を潜め、マフィアの男がクオレをナンパしたように連れて行かせた。
外はすでに、夜の帳が降りている。店の横にある路地に潜んで透視するラゴンとハヤミ。だが繁華街に絶世の美幼女を連れまわしている未成年男子と言うのは、いささか目立ちすぎだ。そこでハヤミはおぶって寝たふりをさせた。酒場の外で親を待っている兄妹に見てもらえたら、なんとか形になるだろう。
千里眼で店の様子をのぞくと、他の二人に紹介するところが見てとれた。盛り場といっても、そこで働く女給たちは、海運の仕事などでまとまった金を稼いだ男たちの閨の相手も担当する。酔っぱらって気が大きくなっているのに付け込んで、体を売ることも仕事のうちに含む場所のようだ。女給たちは、これ見よがしの胸元の開いた煽情的な服装で酒や料理を運び、男たちに色目を使っているのがわかった。そんなところへ外から極上の、しかもとびきり若い女を連れ込んだので、やや目立ってしまう。だがもう、ここはこのまま突っ走らないと仕方がない。
「どうだい、なかなかの上玉だろう。さすがに片手だっていうんだが。おまえら二枚ずつ乗らねえか?」
「よし、三人で遊んでやろうぜ」
「おい娘、覚悟しろよ」
などと言いながら ── 盛り場の二階にそういった部屋を用意させられるのだろう ──、店の主人に部屋賃を渡して四人でいそいそと上がって行った。もちろんクオレの後ろ髪の中に潜んでいるカマール姿のハッチが、部屋に入ったとたん三人を隷属し、意識も奪う。
今度はマフィアの三人が抱くユニトータへの認識を、傲慢といってよい感情に書き換えてもらった。記憶を吸い出したクオレによると、実際にはそれに近い態度 ── 組織の威厳を持って接するよう、上からは命令されていたらしい。
現在本人たちの判断により、友好的に振る舞ってきたようだが、クオレの記憶操作によりすんなり入ってしまう。
どちらかと言うと、過去に隷属的に対応されて来た、ユニトータとマフィアの付き合いに禍根があったようだ。そのため彼らがここにあてがわれたときには、関係がギスギスになっており、なかなかプロジェクトが前に進まない。そこで温和な太陽政策に彼らの一存で舵取りをし、現在は比較的よくなりつつあるところであった。