第〇一四三話 器用になったオートマトンは船を造る
夜が明けるころには、お裁縫の時間も終わる。
島が活動を始めると同時に、グールメンから教わった通り、粘土のとれる広い土地を海岸近くで借り上げようと、島の港近くの焼き物斡旋所らしきところで折衝にあたった。ここでタオからもらった公金貨が役に立つ。それ自体、所持するだけで社会的な信用も得られるものと聞いていたが、初めて島に来たとわかったため訝し気に見られたようだ。そこで王国の身分証と、サイバー領でもらった免罪符をちらつかせたあげく、公金貨の前払いというのも功を奏して、まあまあスムーズに貸してもらえる。公金貨しか持っていなければ、盗んだものではないかと疑われるらしい。重ね重ね、タオの配慮に大感謝であった。
だがやはり、はじめてということで何に使うのかと聞かれたので、思わず大きなアートを作るため、などと嘘をつく。いやある意味、嘘ではなかった。船として役に立たない軍艦を、本物と間違えるほど精密に作るなどというのは、アート以外の何物でもない。
それなら、タイ焼き自体の品質はなくてもいいだろうと、航路からも見えない海沿いの崖っぷち、その上に広がる土地を一週間ほど借り受ける。長期と言う事情からか、近くで窯を持つ、民宿の場所が描かれた地図と、それらどこででも使える割引券をもらった。今までさんざん『使うことはない』と軽んじて来た、紹介状やら免罪符が役に立って来たのだから、これも大事に預かっておこう。とはいえ今度こそ、とても役立つとは思えないのだが。
島の中でみると、場所はきわめて交通の便が悪い。しかもこのあたりの土で作られた作品は、目が粗い安っぽい焼き上がりになったり、水に浮かぶタイ焼きの特性もなかったりという。そんなことで、ほとんど貸さない場所らしいが、粘土の量は保証するそうだ。
考えてみれば、こちらもそのほうが都合はいい。ついには海の藻屑となる材料である。
さっそく全員でそこへ移動。人質宅を回り終わり、戻って来たヤヤがクレイたちの高速化を、ハナコが重そうな粘土運びを行なって、どんどんみんなでこねてもらった。しかしそれなりの時間はかかる。モノも大きいため、借り上げた海岸岸壁付近全体を情報隠蔽結界で包み込んだ。大きな板とかは、結界で成形することにした。ミツの鋭利なカッターもたいへん役に立っている。
ところでクレイは、あれほど動物 ── 卵や両足蛇が上手だったのに、案外複雑な機械ものが不得意らしい。それらの造形作業を手伝うには、クリムからコピーしたばかりの手先の器用さが大活躍しそうだ。ラーゴは、千里眼で船の中の様子を逐一チェックしながら、ラゴンに細かい部品ばかりを作らせていった。
それを見てクレイもだんだん、見よう見まねで機械ものがうまくなってくる。もともと腕があるから、さすがに物覚えもいい。
ちなみに、ゴーレムは作れるが、あたかも人間のような姿となると、あまりうまくできないと聞いている。ということは人型の魔族でも同様だろう。
「これ、焼くのに窯とかいるの?」
クレイに尋ねると、忙しそうなクレイの代わりにヤヤが返事をしてくれた。
「クレイが作った粘土は、あの娘が念じるだけで陶器にもなるし粘土にも返るんです。そしてそれぞれの部品をくっつけるのも、クレイの能力だけでできるんですよ」
「なるほど。それで部品だけを作っていっているんだね。大砲とかも全部使えちゃったりするのかな?」
それはヤヤには分からないらしく、今度はクレイが答えてくれる。
「鋼までの耐久性がこの土にはないと思いましゅ。きっと撃ったら壊れるんしゅよね」
まあ、それぐらいでちょうどいい。作業はラゴンからミツを経由して、魔力供給タイムをそれぞれにとりつつ、ほぼ休みなしで行なわれることになった。そうする間にも、ハヤミがヤヨイの召喚眷族を連れ帰ってくる。さっそくこれを迎え入れ、ハイジの使役するコウモリほか動物とのチームを組ませると、広くこのモーイツの街を包囲させてくれるなど手際がいい。
ちなみに持たせた水筒は、またラゴンから出てくるモノと思ったようで、居残り組に大盤振る舞いして来たらしく、空になっている。
(─ まあ、なかなか魔力エネルギー調達には苦労してるはずだから、そのほうがいいだろう)
あわせて連れ戻ったコウモリの案内で、商工館 ── エントバラルというらしい ── の様子も確認してもらった。今のところ、軟禁生活でやつれているが、命の危険はなさそうだと云う。
ラゴンが得意とする、細い細工ものが全部出来上がったときには、もう日が傾いて来た。より手間と時間が必要だった大きな部品も、ある程度整って来たようである。
「それって、どれくらいの時間、かかるかな?」
もくもくと、作業を進めるクレイが応えてくれた。
「今夜 ── 、晩御飯の後でしゅね。完成したら今のと取り替えとけばいいでしゅか?」
「そうだね、そのあたりはミツの采配でお願いするよ。後はみんな休んでおいて。明日また、色々と活躍してもらわないといけないから。日が暮れるころ、ボクはボコボへハッチとハヤミ、クオレを連れてかき回しに行ってくるよ」
ミツであれば、軍艦くらいの重さのものは、情報隠蔽結界で包んだまま、サイキック ── この場合、テレキネシスというのだろうか ── で運んで行けるはずだ。すでに乗組員はハッチの命令により、出動命令が下るまで全員下船させているので、ささっと交換してくることも難しくないだろう。
(─ 中の荷物などは、こっそり陶器船に移したほうがいいかな? あ、火薬だけは数回分にしてもらっておくか)
また本物は目立たないよう、タイ島の岸壁に係留しておけばよい。遅くとも、それが見つかりそうなほど明るくなったころには、すべてのカタがついているはずだ。
「アイアイシャー」
クレイたちがマフィアの持つ艦の偽装船を準備する間、個人宅周りが終わった隷属のハッチ(十)、高速移動のハヤミ(八)、記憶操作のクオレ(十六)で艦周辺を監視させる。交代もあると思われたので、ハヤミとハッチの合わせ技により、軍艦関係者のすべてを一時的に隷属させた。次いでクオレの記憶操作により、船や航海についての記憶を順にあいまいにさせていく。クレイの作った偽装船と取り替えても疑問を抱かれないよう、同時に危険な航海を行なわせても、疑義を持たれないようにだ。とくに船長や航海士などの要職にあるものには、完全な支配を実行してもらっておいた。
「主様、艦の関係者はすべて処理、終わりました」
「ご苦労様。早速悪いけど……」
戻ったばかりの三人を連れ、ボコボ港へ潜入するため海を渡って行きたい。だがその前に腹ごしらえだ。ミツはいつものようにラゴンから吸血すると、パンパンに張り詰めた巨乳をはだけて、カマール姿に変わった仲間に分け与える。
(─ これでしばらく、御馳走があたらなければ、吐血しそうにならないだろう)
どうやらカマール姿では、血液であれば一度に吸える限界が早いらしい。だが百パーセント魔力の母乳ならカマールのままでも、彼女たちそれぞれの満タン限界まで、吸い取ることができるようだ。しかも同時供給が可能とあって、トータルかなりの時短となっていた。
ふと、それを吸わせるミツが、蕩けるような表情でいるのに気づき、なぜなのかと考える。だが、そんなところを嬉しそうに見ているのかと思われてはいけないと、その疑問を口にするのは差し控えた。
たしかに、最初のころは顔よりも胸ばかりへ視線が行きがちだったため、あまり彼女の表情まで注意が向かなかったのかも知れない。
港で定期便の時間などもわかっている。夕まぐれの視界がきかない時間帯に島からも見えにくい経路を選び、元気いっぱいのハヤミによって高速化されたクオレやハッチと一緒に、ラゴンも飛んで行くのだった。