第〇一四二話 アネクドート ミリン◆頼れるお供たち
ゴードフロイが続けた。
「さてそこを出てからなのですが、さらに一日船に乗っていただき、下りたところから約一時間の行軍で、魔王島対岸の西キーノ浜につけるでしょう。そこには我々の観察軍二千人の兵がおりますが、今のところ何の変化も見えないので、本来これ以上の調査は必要ないと思われます。しかしマーガレッタどのはともかく、殿下も魔王島への上陸をご希望されているとお聞きしました。それは本当でしょうか?」
「はい。是非上陸し、どのような状態になっているのか、自分の目で調べてみたいのです」
アレサンドロを復活させる手掛かりのため、などという意図がわかると、宛てもないことにここまで軍を、動かしてもらっているのが申し訳ない。気づかれないようにしたい思いが、先に立つミリンである。
「わかりました。マーガレッタどのも同じ意見でしたので、それには小官もお付き合いしましょう。しかし元はといえば魔王のいた島でございますので、何が起こるかは保証致しかねます。セントニコラ・ミラリキアによれば、サタンの召喚した化けものはいまだ海の底に止まったままだとか。そもそも生命のあるモノが暴れたわけではないそうで、二度と動き出さないかどうかは、保証の限りでないとのことです。また魔王城も、この化けものが覆いかぶさるように沈んでおりますので、内部がどうなっているか確認できてはおりません。もちろん魔王やその召喚悪魔たち、さらには魔王の二世と呼ばれたものも含め、すべて我々が退治しました。ここまで観察して参りましてもいまだ動き出すけはいもないので、ほとんどそちらの心配はいらないとは思うのですが ── 。こうした状態ですので残念ながら、アレサンドロさまの復活に繋がるような情報が得られるかどうかは ──。申し上げにくいことですが、絶望的と言ってよいのではないかと考えております」
「まあ。アレサンドロのことで、調査に行くとご存じだったのですね」
「はい。おそらくはそのようなお考えではないかと、マーガレッタどのの言葉からも感じておりました。あの場でアレサンドロさまをお守りできなかったのは、小官の力の至らなかったところに違いありません。ですから今回の遠征において、殿下のお気の済むよう、お調べいただければよろしいかと存じます」
「申し訳ありません。わたしのわがままから、みなさんまでたいへんな目に合わせてしまいます」
「いいえ、いずれにしても観察軍とは合流しなければなりません。ですから西キーノ浜までは、行かせてもらうつもりでございました」
そうだ。彼らが王国まで乗って来た船も、陽動に使われた後、すべてその沖あいで管理しているのだった。二人が微笑み、マーガレッタがようやく話に入ってくる。
「しかし、おそらく本当に問題になってくるのはこの後でしょう」
「そうですわね。わたしもそのように思っておりますわ」
「先日、殿下を狙ってあのような無法に出た輩の組織が、待ち受ける巣に向かわれるおつもりなのですね」
「はい」
「真王陛下から出立の前に、このようなものを手渡され、ご相談いただきましたが……」
「存じております」
それはボコボ港の省官庁の名で、真王陛下あてに送られて来た親書であった。内容はボコボの街は平穏無事であり、都市運営に何の問題もないというものであったはずだ。定期報告でもなく、このような公文書が手続き通り送られてくること自体、ボコボの街は裏社会の組織に席巻されているのが判る。ゴードフロイも同意見で、陛下にも街の奪還は急務であると進言したそうだ。
「たしかにこの兵力で攻めれば、相手がどれほどの戦力を持っていようとも、負けることはないと存じます。しかし相手も必死の抵抗をするでしょう。総じて戦というものは、敵の大将の首を取ってしまえばそこまでです。しかし、今回の場合相手にとって敵の大将は殿下であって、小官ではありませんので ──」
「もちろん、十分理解をしております。そこに行くまででも、わたしは命を狙われるかも知れません」
長年ゴードフロイと、一緒に死地をかいくぐって来たヨセルハイは、ミリンを睨むように発言する。
「そこまでおわかりでありながら、なぜこの旅に出られたのですか?」
「今回の傍若無人な振る舞いを見て、相手がわたしの生命を狙うためには、手段を選ばない外道ということがよくわかりました。ならばこれから、わたしが王城にこもったまま、マーガレッタたちに守られていようと、どんな手段を講じても王城の最奥に潜むわたしに、手を伸ばしてくるでしょう。真王陛下もそのように考えられております」
「だから撃って出ようと思われたのですね」
ヨセルハイも納得してくれたようだ。
「はい。あなたたち教会の軍隊が本国に帰ってしまえば、たとえ襲われても返り討ちにする機会は二度となくなるでしょう。そもそものお役目ではない戦いの、矢面に立たせることになって本当に申し訳ないのですが……」
ゴードフロイが力強く、ミリンの言葉を受け止めて言う。
「いえ、我々は北ハルン王国、いやグラン・シァトゥル王国を、危機から救うためにはるか南下ハルンより、やって参りましたのです。敵が魔王であれ、たとえ世界最大と呼ばれる闇の組織であっても、正義を行なう気持ちにはいささかの揺るぎもありません」
「ありがとうございます」
ミリンはゴードフロイの手を握る。分厚い勇者の手だ。
「しかも、王国のユニトータなる組織の後ろについている、殿下の命を狙うマフィアはこの王国だけでなく、ハルン大陸の多くの国に被害を与えております。今ここで正義の鉄槌を叩き込んでおかなければ、いつか我々の祖国にもそんな魔の手を伸ばしてくるに違いありません。いやもしかすると、すでに我々の祖国もそうした毒牙に侵されているかも知れないのです」
「そうですね。だれもが他人ごとではないのですから」
「殿下、一緒に戦いましょう。逆に今回殿下にはその囮役になってもらって恐縮しております」
「しかし食いつかせるための囮ではありません。殿下は私がお守り申し上げます」
マーガレッタが力強く言うと、ヨセルハイも声を上げる。
「小官も前回同様、殿下の御身は一命をなげうって、守らせていただきます」
そのとき今まで押し黙っていた謎の人物が、ようやく重い口を開いた。
「今までただ貴殿らの話を聞かせてもらっていたが、魔術師ガスパーンだ、よろしく頼む。主人からは殿下に傷一つ付けたら、生きて帰ってくるなと言われてやって来た。 ── 先ほどご挨拶させていただいたがミリアンルーン殿下、端倪すべからざるお覚悟とお見受けする。魔術師ガスパーン、身命賭してお守り申し上げますのでどうかご安堵を」
「みなさん、ありがとうございます」
ミリンはとても頼もしい者たちに守られ、これからの旅に一条の光が差したようだ。
「では魔王城をあとにした予定ですが……」
ゴードフロイの口から、まだまだ先の見えない征路の行程が語られて行くのだった。




