第〇一四〇話 クラサビ◆自分に足りないもの
「じゃあ旅先で手が空いたら、必ず調理場に訪ねて行くからね」
そう言うといったん、その場からクラサビは離れた。行く前に大事なことを思い出したからだ。種族間感応通信を使い、城内で適当に待機しているラーゴ同行チームに集合をかける。
強壮のナツミ、血潜りのクレナイ、血液治癒のナオミ、幻影のナズム、変身のヤチヨ、不屈の精神のナナコ、鎮静・声色のナゴミ。ラーゴとともにミリアンルーン殿下の護衛として旅に出るべく、選ばれたこの七名だった。中庭や王城の中に入るには、クラサビの結界が必要である。そこで昔の自分同様、王城の高層階の窓際辺りで、聖泉や人間によって消滅させられない場所に、待機してもらっていたのだ。
中庭の反対側にあたる、暗くじめじめしていて人気のない城の裏手でみんなを集めた。当然カマール姿のままである。世の中、壁に影鍬、ショージに影鍬だと主様に云われていた。
(でもショージってどんなものなのかしら? さっきのユーダとの会話は大丈夫よね。だって、しゃべった内容といえば ── あれ? ユーダ、0032って言って通じたんだ。知ってたのかな、ミツがダブルオーだったってこと)
まあ、しかし今はもう彼女が、百あるウイプリー軍団の部隊長だったとかはどちらでもいい話だ。全員が集合すると、さっそくナツミあたりから、あわてて呼び出して何なのかなどと愚痴が漏れた。
{いいかな。今まで普通は、あたいが主様の ── 、耳の中だけどお側にいたでしょ。そして何かあるたび、あたいからみんなに連絡をとったよね。でもこれからあたいが、こうして殿下の近くに侍ることになると、主様のお側でやってたような、的確な指示は出せなくなったりすると思うの。一応主様から鱗で声は届くけれど。これからは緊急事態のときは、主様が王都のナオコに連絡を取られ、一緒にいる全員のチャンネルをオンにするからその指示にしたがって}
{おーけーい}
ラーゴ親衛隊にだけ通ずる、いいお返事だ。エリートたちと違って、ややピシッとしたところはないとはいえ、ああ、これが自分の仲間だという近親感はたっぷりである。
{もちろん近くにいれば、個別の命令などはこれまで通り、本人の名前を呼ばれる場合も出てくると思うの。あたいからも主様に繋げてって、個別に連絡することもあるしね}
{それは今まで通りよね}
とはいえ、今までのようにクラサビが一つずつ気を回し、先まで見越した指示を出してはいられなくなるかも知れない。各自が主様の近くにいるときはよく状況を見て、名前が呼ばれたらすかさず能力を使う。命令により単独で動く場合は、自分で判断して行動目的にそった対応をとることも必要だと説明した。
目的の達成には回り道する必要もあるが、最終的な目標は世界征服だ。そのためには魔族の必要性を向上するのが喫緊の課題であるとも諭すクラサビ。
{それ以外にも当番制で、あたいの代わりに主様にだれかついていてほしいの。いつもあたいがいるように、主様の耳の中で}
{はーい}
主様当番が、好評価であるのはわかっていた。しかし取り合いはなく、順番はすぐに決まる。もしも当番が特別な任務を与えられてできないとか、あるいは急に離れなければならない場合は、必ず次の当番のものがフォローに入ることも伝えた。これはラーゴが当番制を導入しようといい始めたときに、もらっていた入れ知恵だ。とくにポストクラサビを狙い、自分がずっと付かせてもらうなどと言い通す者もないようで、なんとか一安心である。
(もし主様がダブルオーを一人でもくわえていたら、こういうことを決めるときにも、スッタモンダしただろうなぁ。さあ、それでだ ───)
自分と気の合う者ばかりを選出していただいた、主様の配慮に今日も感謝であるが、実は緊急に思い出し、みんなに伝えておきたかったのはこれから話す内容だ。
{それとここからは、大事なことで絶対だれにも言っちゃいけないんだけど、いいかな?}
{うんうん}
{もうみんな、本当はわかってるかも知れないけど、主様には血が流れているのよ。しかも主様自身が大した魔力を持たないのに、その血はたっぷり魔力を含んでる}
{そうか。それってなんか、人間っぽいよね}
なるほど、人間は魔力保持限界が小さいから、食べ物などに含まれていた魔力は、蓄積できずに血液などの中に放出されて行く。さらにただの人間だと、魔力を使うすべがないため出血でもしない限り、ほとんどそれは減らないはずだ。自分たちはそれを吸血することで、魔力補充ができるのである。
{うん、このアンバランスは説明できないんだけど、とにかくみんな知ってる通り、上級魔族には血液が流れてないわよね}
{ ───}
これでクラサビの言いたいことは、半分くらい伝わったようだ。ここまでで理解できているかどうかあやしいのは、いつも寝ているか起きているかわからないナゴミと、普段からけっこう協調性の薄いナツミくらいだろう。
{でも現在、実質の魔王様でもある主様には、なぜか赤い血が流れてるの。あたいはそれを、主様が聖泉の忌避も乗り越えられる、新世代の魔族だからと信じてきたんだ。だけどそんな理屈は認めない、古い頭の魔族だっていると思う。そいつらは主様のことを、血の流れる下級魔族だと見做すかも知れない。そしたら自分より低レベルの魔族に服従するのは嫌、なんて不服を言い出すかもわからないから、将来のこの世界すべてを支配する妨げになると心配なんだ。だからできる限りこれは秘密にしたいの。分かってくれるかな?}
{うんうん}
{わかったー}
(よかった。それほどもめたり、テンションが下がったりはしてないみたいだ)
しかも一人として聞いていないものはいないと思えた。クラサビは続ける。
{この話は、あたいと主様の二人だけの秘密にしておこうって言ったんだけど、ラゴンさまもミツもいない状態じゃ、主様の血を直接吸う以外、みんなに魔力を供給する方法がないんだ。だからみんなには、今のうちに分かってもらおうと話してるんだ。けどそんな主様でもついてきてくれるよね?}
ここまで伝え終わると、ようやくクラサビの真意が理解できて来たようで、『あーそういうことを言ってるんだ』という顔が並んだ。その後全員が、不満を含んだ表情になったと感じられた。
{クラサビィー}
{なあに?}
{あんた、あの誓いの意味、わかってんの?}
{あ?}
{アタシたち、けっこうあんたには感謝してるんだけどね、でも ───}
その後クラサビはみんなから、あの誓いは何だったと思っているのと、ガンガン責められることになる。
いわく、お前はいつまでうっかりクラサビなのかと。
主様がもしも、自分たちの理想通りでなかったとしても、いまさら、あの誓いを撤回することはできないのだと皆が口々に言う。たとえ主様が人間だったり、万が一、魔族の血統のかけらも見あたらない、お玉杓子だったりと知れてもだ。
クラサビは、自分に不足しているのが魔族の能力だけでなく、オツムも足りないのだと情けなくなる。何とかならないかと思いながら、実は何も気に病む必要はなかったんだと心の底では喜ぶのだった。