第〇一三八話 クラサビ◆能力不足と奮い立つ思い
クラサビは、王城の小広間にいた。
今のクラサビは、いつもより少しだけ背が低い。ミリンの背格好とほぼ同じにしているせいだ。
体型もミリンに近づけるため、『ヨセテアゲル』魔法のかかったレオタードも必要ない。目の色や顔立ちもややミリンに似せて変身し、髪も肩までの短さにしているものの、色は赤毛のままであった。服装も他の女使用人とは違ってメイドの着る『衣装』といったものではなく、より目立たない地味で簡素な作業用の着衣である。
そのおかげで、クラサビをミリンと見間違える者はない。だがこれで金色の鬘とミリンらしい豪華なドレスを身につければ、一寸見には見分けのつかないこと請け合いであろう。
昨日の午後、クラサビはこの姿のまま、真王陛下に謁見した。
「その者がクロスの仲間というものですか?」
「はいクラサビと申しまして、年齢はまもなく十四。わたくしと同じ主様にお仕えする、忠実な下僕でございます」
クロスに紹介され、クラサビは臣下の礼をとる。聖泉の雰囲気が充満する、国王陛下の自室に入ると圧迫感を覚えるものの、クロスが教えてくれた、効率的な結界の張り方と、首輪の効能によって力の消耗はほとんど無い。クラサビは思う。
(クロス自身、だれにも教えたことがなかったらしい、魔核だけに張る結界は、蚊姿のときレベルの大きさですむから、楽ちんだわ。こんなやり方で、ちゃんと聖泉の忌避を退けられるなんてオドロキ)
一般に高位魔族の魔核の場所は固定であるが、ウイプリー、とくに七千番台以降の魔核はさまざまなのだ、とクロスは教えてくれる。彼女は十里眼で、その位置が見えるのだそうだ。ところで、クラサビのそれは手首にあった。珍しいことではないそうだが、あの首輪でいまだかつてないほどの悪寒に襲われたのは、ちょうどその上につけてしまったためだったのだろう。
「なるほど。聖霊の言う魂の誓いを捧げているお一人なのですね」
「はい、しかも彼女がわたくしを主様に引き合わせてくれました」
「そうなのですか。して私に引き合わせた理由というのは……」
「はい、殿下がまもなく、遠征にお出向きになるというお話でした。それに彼女をお連れいただいては、と思うのです」
「勇者殿への連絡役として、クロスと同じだけの働きをしてもらえると?」
「もちろんです。さらには彼女をご覧になって、何か感じられることはございませんか」
陛下はそう言われてクラサビを真剣に眺めた。上から下までといった感じだ。近づいて、自分との背の高さも比較している。
「そう言えば、髪の色を除いて目の色も顔立ちもミリンによく似ています。背格好もほとんど同じ。もしかしてクロス、あなたは……」
「お察し戴けましたでしょうか。いざというとき、彼女を殿下の替え玉に仕立てては、いかがかとご提案させていただきます。いかにマーガレッタさまや、ゴードフロイさまがお強い方でいらっしゃっても、正体を偽って近づいた人間が、殺気もなく武器も携えず、殿下を抹殺しようとするかも知れません。クラサビはそういった危険にもたいへん鋭敏な感受性を持っており、危険を察知したときにはあらかじめ、畏れながら殿下のお召しものを着用し、からだを張って身代わり役にあたってくれるでしょう」
「なるほどそれはよい考えです。クロスを信頼して、私もその策に乗ろうと思いますが ── クラサビとやらはそんな危ない仕事を、本当によいのですか?」
どうやら真王陛下は、こんな思いつきのような替え玉作戦が、うまくいくか心配なようだった。
「もちろんでございます。陛下に何か、クラサビから申し上げることはありますか?」
ようやくクラサビにも、発言の機会が回ってくる。
「はい、わが主様からのご伝言でございますが、陛下の妙齢のころ身につけられたお召しものをひとつ、お貸しいただけないかと言うことでございます」
「私のですか」
「できれば、殿下の年頃のものがよろしいのですが」
「まあ失礼な、そんなに私がおデブちゃんだと言いたいのですか」
その言葉にも、別に憤慨した様子はない。どちらかというと、おどけた調子だ。
「そうではございませんけれども、女は子を産むと体形が変わるものですから」
「 ── そうですね。では娘盛りのまま直していないものを、一つすぐに用意させましょう。それはここで、身につけて見せてもらえるのですか?」
「もちろんでございます」
こうしてクラサビは、陛下が年頃に着用していたドレスを身につけた。少し大きさが合わないので、自分の体型をわからないよう変更しなければならない。だがそれでは、ミリンに合わせた今の体型と違ってくる。
(どうにかして、このドレスを直さないといけないけれど ── そうだ、主様がこれに細工を施すと仰ってた。魔法を使わず変身するドレスに。その際にできないかお願いしてみよう)
実はここに参内したときから、いつものクラサビの顔やスタイルではなく、ミリンに似せた背格好と目鼻立ちに変わっている。それをさらに陛下の目の前で化粧道具を出し、一段階化粧で変貌したかのように、ミリンと見まごう顔かたちへ変身した。最後の仕上げとして、どうしても変身能力では変えることができないため、主様が市中の居残り組に手配させてくださった鬘をかぶる。もちろん、市販の鬘の中でも、ミリンの髪形に風合いのきわめて似たものだ。変身の際、やや短くした髪はボリュームもかなり抑えておいたので、鬘の毛の色より濃いはずの赤毛は内側に収まって、ほとんど分からなくなった。
出来上がったクラサビの姿を見ると、真王陛下は手を叩いて驚く。
「まぁ、そっくりだわ。双子のようですね」
「クラサビは殿下より二つほど年上でございますので、お姉さんというところでしょうか」
「そうなのですね。しかし気をつけてもらわなければなりません。相手は魔法銃や麻薬人間というような、我々の今まで知らなかった武器で襲ってきます。いかにミリンの命が助かっても、あなたが傷ついたり、命に係わったりすることになれば、身代わりを頼んだミリンが、悲しむどころですまないと覚えておいてください」
「陛下。陛下にお貸しいただいた、このドレスに穴をあけないでお返しするため、あたい、あ ── 、あたしがんばります」
「クラサビはお口を慎んだほうが、ホコロビは出なくて良さそうですね」
そう言って三人で笑った。陛下はマーガレッタに相談するから、預からせてくれとあの場を締めくくり、その結果クラサビはここにいるのだ。
ただこの話を心得ているのは、打ち合わせに参加した三人と、そのとき姿が見えなかったが、やりとりを聞いたであろう、影鍬のメンバーぐらいである。事前に替え玉作戦が漏れてしまっては、まったく意味がないからだ。
そこでこの計画自身、まだミリンにも知らされていない。遠征に出た後、陛下の名前を出して、説明する段取りである。実はそのときにも、マーガレッタ以外の余人に、計画を漏らしてはならないと厳命された。同行しているゴードフロイやまわりの兵士たちに対しても、完全に秘密にすることでこの策の成否は決まる。
今はまだ任官の話について、クラサビの用途をマーガレッタにも公表せずにもちかける、と言われていた真王陛下。その疑心の源は、クロスが誇大広告した『危険に対するたいへん鋭敏な感受性』の部分と感じられた。彼女の腕を知る陛下は、彼女が保証するなら強さについて不安はない。しかし言葉遣いから見ても粗忽に見えるクラサビに、そうした特質が備わっているとは思えなかったからではないか。会見の後ぼんやりとだが、そんな意味の言葉を漏らしたのはクロスだった。
(そこが推せなかったことを、そういう働きができていない自分の不足と、あのときは謝っていたけれど、彼女はよくやってるわ。陛下の信任が得られなかったのは、あくまでもあたいのせい)
明けて本日、いつもより早められた朝食後、王城の前の広間ではゴードフロイ軍の出陣式が盛大に行なわれているようだ。しかも式典と別の場所で、ミリンの身の回りの世話などにあたるであろう、同行する視察隊のメンバーをここに集めた。そして秘密裏に大まかな日程や、仕事の編成などが各自に告げられている。
そのうちの一人として、クラサビもここに並べたのだ。