第〇一三六話 掃討作戦は「バラルの箱船」
さっそくクリムの能力をコピーした、空飛ぶラゴンには鬘の整形にあたらせながら、チーム全員が海を渡りきる。降りたところはモーイツ港とは目と鼻の先だが、どうも平和に見える様子から、港町に起きている異変の影響がなさそうな島。焼き物の話に聞いたタイ島らしい。
人口密度の割りに深閑とした対岸を俯瞰していると、すぐにハヤミが、ハイジを連れて追いついてきた。
「早かったね」
「衛兵のかっこうの人たちが、山を上がってきているって、ハイジの使役した動物たちからお知らせがあったの。それが判ったみたいで、サバトラーさんから見つからないほうがいいなら、近くに来られる前にって……」
まさかカマールになって、逃げられるとは思わなかったのだろう。ずいぶん気を遣ってもらったようだ。
さて、これから先は人質の命がかかっている。ラーゴは気持ちを切り替え、慎重にモーイツ港の様子を探る拠点として、この場所から行動を開始する、と心に期す。ここでいよいよ、連れてきたコウモリが役に立つときがきた。
まずはカマールのままで、隷属のハッチ、高速移動のハヤミ、時間遅延のヤヤの三体をコウモリに付けて港街に渡らせる。コウモリに鱗を張り付けて、様子は常に観察しながらだ。
最初にオートン氏の自宅まで飛んでもらい、中を探索すると、家族が軟禁されているのを発見する。常に外と中に二~三人ずつ、悪意をあふれさせた見張りも確認できた。拉致、監禁されているのは大人の女性と三人の子供たちだ。おそらくはオートンの妻と子供たちだろう。家中探してみたが、オートンと思しき本人やさらに年上の親とかの姿はなかった。
まずはこの四人の、身の安全を確保だ。人質の身の安全を図りながら、ハッチが家の中に入って中の見張りを丁寧に隷属させる。一通り終わったら、一人ずつだれもいない小部屋に連れ込んで、とりあえず知っている情報を、すべて吐き出させるらしい。
その間、年上の姉らしい少女が、二人の弟妹に子供部屋で本を読んでやっているのに、耳を傾けた。神の怒りに触れた冒涜の民が海に沈む。 ── 子供に聞かせるものとして、なかなかバッドエンドな童話の元は、どうやら聖書の一節のようだ。
(─ ノアの箱船とバベルの塔が混ざったような話だなあ。いや、箱船は乗ったほうが助かる話だっけ?)
ケーオギの歓迎会で聞いたタイ焼きっていうのは、この話に出てくるものかと納得して、途中からだったので千里眼で姉弟の意識にも目を通す。いかに正体を知らないとはいえ、聖書の話を魔族に承知しておけ、と言うほうが無理な話だと思うラーゴ。
それほど長い話ではなく、最後まで話を聞きおわったころ、ハッチから報告が入った。
{主様、他の有力者の自宅でも、同じように家族を軟禁状態にしてるそうだよ}
異変を察知されないうちに、外の見張りも一時的な隷属下におく。どこの家を軟禁状態にしているかがわかるところは、片っ端から見張りすべてをハッチに隷属させて行けばよい。全員動員し、それをハヤミとヤヤが手伝ってスピードアップだ。だがことを急いで、家人が拉致された状況の変化を、上のものに気付かれてはいけない。精神的ストレスを減らすため、多少家族の人たちに不審がられる結果になっても、見張りたちには急に優しくなってもらうことにしよう。オートン宅にいる悪漢からすべての家はわからなかったが、随時エネルギー補給を行なえるミツの音頭で、そのミッションは慎重に進められた。
{敵は今、どういう状況なんだろう?}
{どうも、反抗した都市の要人たちを、商工館という都市の主要な建物の中に閉じ込め、組織の幹部の到着を待っているみたいね}
国外勢力であるマフィアが、街全体を掌握するには、外部に街の情報を漏らさず、システムを乗っとらなければならなかったのだろう。そのためには中枢の人間たちを傀儡にするしかない、という指示を与えられた状況と分かった。当初、無法者たちに逆らう、正義感の強い若者などを見せしめに惨殺したのが逆効果で、頑として要人たち全員、従属を突っぱねたものだから、硬直状態が続いている。
今、各要人宅で拉致監禁にあたる者たちには、抵抗しない人質に対し、むやみな殺傷だけでなく、暴行、凌辱なども許されてはいない。それでも助け出しに来るものがいたり、家人でも歯向かったりする者は見せしめ的にいためつけ、あるいは命を奪っても、常には事後報告で問題ないと判った。
(─ こいつら! もう人間じゃないぞ。ユニトータも腐りきってたが、追い払うだけじゃ駄目だろう)
現在は市の要人たちが、抵抗できないよう家族を拉致しておき、マフィアに屈しない者を商工館で監禁した状態のようだ。
今、このモーイツにおけるマフィアのトップは、それほどの実力者でないと見る。言うことを聞かない街年寄たちの、だれをどうしたものか判断しかねたため、幹部が来るのを待っているのも分かった。おそらく本部から派遣される者たちには、麻薬に頼るなど従属させる技術を持つのだろう。しかも今までの手口を見るかぎり、そいつらが到着すれば、一部の要人やそれぞれの家族も、きっとただでは済まない。麻薬による中毒に追い込まれるとか、生命の危険すらあった。
ラーゴはまだ王城の飼育小屋で、ミリンたちが出征する準備を待っている。
一方ラゴン一行は、すでにボコボ港の対岸、カリマッカ共和国きっての貿易港モーイツと、目と鼻の先に浮かぶタイ島に到着した。そしてこれから、国際マフィアにシティジャックされたのも同然の、モーイツ市内の内偵を始めるのだ。
情報の少ない中、拉致されたご家族の対応を慎重に進めて来たため、すでに日は傾いてきている。
それほど時間の余裕は、ないように感じられた。コウモリの話を聞くかぎり、拉致されてから七日目に入っているのだ。拉致家族に関して言えば、精神的な限界は緩和されたかも知れないけれど、要人八名はあいかわらずで、マフィアの幹部も何時到着してもおかしくはない。急いでハイジに、近隣の鳥やコウモリなども、動員した街の包囲網をはらせ、外部からの侵入者を監視する体制も構築する。しかしそれには限界があるようだ。魔族ではないのでお腹もすくし、ここは王国より寒い北の国。聞いていた通り冷血獣も数少ない。
行き詰まったハイジを見かねたのか、このグループでは年齢の近い姉さん格のハヤミが、妙案をひねり出す。
{王都に残ってる、ヤヨイに依頼して、手伝わせてもらえないかな、主様}
ヤヨイ自身ではなく、無数に召喚された眷族に出張してもらえると教えられた。ハヤミとヤヨイも年格好が近いせいか、もともと仲がいいから、王都で最年少のため風俗営業っぽい店で活躍できず、くすぶって来たヤヨイを気遣っているらしい。
ただ真っ昼間、不気味な眷族が街道などにいてはおかしな噂が立ってしまう。そこで街道沿いのみ昼間は鳥やコウモリたち動物系、夜間と森の中などは四六時中、眷族たちで警戒してもらう形を構想した。
そのため、一時的にヤヨイにも十分な魔力が必要、ということで例の水筒が役に立つ。自分も一口飲み込んだヤヨイは、元気ハツラツのポーズをとると、水筒を抱えて流星のように南の空へ飛んで消えた。帰りはハヤミによって高速化された、眷族を引き連れて戻ってくるに違いない。
さて、商工館にはモーイツ市長や市街警備長、さらに商工会の代表であるオートンなど、全部で八名の町年寄と呼ばれる要人たちが監禁されているようだ。
次々と占拠された家を潰して行くが、個人宅に張り付いた監視役は五十人足らず。他のものは都市のあちこちに潜り込んだり立て籠もったりと、さながらシティジャックの様相を呈している。市長の家というところを仕切る役回りのヘッドから、これまででもっとも詳しい情報を仕入れることができた。しかし場所が多いのと、すべてを把握した者が少ないため、この各個人宅開放 ── 完全ではないが ── ミッションには、けっこう時間がかかるようだ。
それでも順次、芋づるをたぐって片っ端から隷属すれば、人質の命だけは問題ない。後はその商工館に乗り込んで、残りの悪者を退治してしまえば『一件落着』になりそうにも思える。
だがそうすると、ボコボの街はどうすればいいか。しかも、マフィアだけが全員自首して行くなんて、魔族の関与を疑われるくらい不自然である。近い将来ミリンとぶつかることを想定して、できればユニトータも、こちらのマフィアと一緒に、一網打尽と行きたいところだ。
だが今のところ、あちらの全詳細まではわからなかった。密輸や人の出入り、拉致した半魚人王子のような、とんでもないモノの輸入まで自由にできるということは、かなりの人間が加担していると考えてよさそうだ。ユニトータ自身は地元の人間から出来上がった組織であるし、王国にとってマフィアのような異邦人ではない。それをすべてチェックして選別し、縄を打つのは難しいだろう。
(─ ボコボのユニトータか。できれば上の命令なら理屈無しになんでも従う、どんな非道も厭わないような悪党だけを、始末する結末で解決としたいな)
しかもマフィアと、ほぼ同時に潰さなければならず、それがどちらの街で起きても、一端市街戦となれば、罪のない人間にもかなりの被害が出ることは間違いない。
{ハッチ、敵の移動手段はわかる?}
{現在ボコボへ出かけてるけど、日中なら二時間まででボコボからモーイツへ渡って行くための、魔法の高速艇が一つあるみたい。ほかに軍艦並みの砲撃力が備えられた艦を、三隻も接岸させているようだよ。都市の中にマフィアの構成員は百人近くいるらしくって、全員その艦で入港したらしいね}
それはいい情報である。ラーゴはこの街から、悪漢たちをその船に乗せて誘い出し、まとめて海に沈んでもらう作戦を思いついた。
(─ バラルの箱船作戦だ)
だが、その軍艦の攻撃力は、取り上げておかなければ危険そうだ。逃げ出した残党が、最後っ屁で街に砲撃するなんてことになったらとんでもない。
すぐにこの三隻を港で見つけ、クオレとヤヤ、そしてクレイの三人で三隻の艦を見張ってもらう。カマールになったクレイにこれを詳細に調べさせ、それとそっくりのものを、粘土細工で用意させてすり替えるためだ。
幸いこの島はタイ焼きの産地、粘土の材料にはこと欠かない。
こうして、まさか自分がやることになるとは、思いもよらなかったタイ焼き陶芸の一日が、数時間後に明けようとしていた。




