第〇一三四話 農民出の貴族は執拗に婿入りを薦める
ラゴンの辞意を受けて、嘆息とともに男前のオジサン領主は椅子に深く座り直した。
「やけに無欲なのだな。今は急いでいる身らしいが、是非一度領府ヨランに立ち寄ってほしい。そうだ。妻から聞いたがきみは、わが義理の妹クリムを気に入っているとか。是非それはいい話になるように、私からも力添えさせてもらおう」
「いやいやそれは、困ります」
そんな口から出任せの話を本気にされてはたいへんだ。だいたいラーゴは魔族の上にトカゲであり、ラゴン自身も人間ではない。
「なぜだ」
なぜだと言われても ── 。
(─ そうだ)
「それは身分というものがありますから」
そうそう、こちらは農奴に等しい、豪農の侍妾の息子という設定である。どう考えても、王国一番の公爵家の令嬢とは釣り合うわけがない。しかもデニムの言によると、八人姉妹の全員が嫁に行ってしまった。いや正確には七人目の、五女グラリスの嫁入りが子爵家へ決まり、残る独身は十一歳 ── ラーゴの相続者認識では十四~五歳 ── の、クリムのみとなっている。そんな彼女と結婚するということは、農奴が玉の輿に乗って、貴族の中でもトップクラスの公爵を名乗ると云う話であり、下剋上もいいところだ。デニムが言っていたような手段であれ、肩書きをごまかして結婚にこぎつけるなどとんでもない。お天道様が見逃しても、れっきとした身分制度のある王国で、由緒正しい偉いさんたちが目をつぶってはくれないだろう。
「ハハハ……ラゴン、何を隠そう私の父はただの農民として生まれたんだ。一介の農民であった父が、必死で努力して緩衝地帯を開墾。やがて人もつかえる農家となり、仲間を得て今まで大王都のはずれで、緩衝地帯だった場所を立派に開墾した。そんな緩衝地帯の開墾を勧めたのが、まだ当時若かったタオであり、亡き父からは仲間を集めて支援までしてくれたと聞いている」
「たしかにタオさんなら、やりそうな話ですね」
「だろう? ここまで事業が軌道に乗ったので、父はタオの紹介によって、没落貴族の末娘の母を嫁に向かえた。その伝手で男爵位を頂戴し、いろいろとあったが結局そこを治められることになる。さらに新たな開墾を行ない、開墾した土地と引き換えにいただいたのがこの新サイバー領なのだ。私も小さいころから一生懸命、農地を耕すと同時に、モンスターも撃退して土地を守ってきた。モンスター撃退の手段を授けてくれたのは ── 、わかるよな?」
ここまで解説されると、意識を読むといったような、ズルをするまでもない。
「 ── タオさんだったんですね」
このサイバー子爵の父親という人は、封建社会の中、腕一本で農民から貴族に昇格。しかも男爵位に留まらず、ついには大王都に隣接した地領を拝領し、子爵位までも賜った傑物なのか。
「というわけだ。そして鍛えた腕が功を奏して、真王陛下とレオルド卿のお二人の窮地を救ったことがあった。その剣技と手腕をかわれて、私は子爵位を賜り、今状態が危ぶまれるというアレサンドロどのを卿よりお預かりし、それらの貢献から八貴族にも選ばれたのだ」
「まああなたったら、めったにしない自慢話を……」
レオルド卿の資料によれば、王国において自治権のある領地と居城を持ち、一国一城の主と言えるのは王に認められた男爵位以上。しかも男爵位はすべて侯爵以上の貴族の係累として位置づけられ、その裁量で領地の管理を委ねられる。言い換えれば、管轄する貴族から、虫の居所如何によっては理由もなく、領地を取り上げられる場合もあるようだ。
さらに別の記録によれば、先代サイバー男爵の開拓した土地は、大王都南端の緩衝地帯であったことから、男爵家自体が王家の預かりという、異例な形を取られていた。
先代が早々に他界した後、これをレオルド卿の管轄に入れ、彼の地領にお国替えを行なうか、といった検討のため、陛下と出かけた先でモンスターに襲われたらしい。たまたまそこにはマーガレッタもおらず、万事休すと思われた国王夫妻を救ったのが、このつかみどころの難しい男前 ── だったというわけである。
「その偉大なお父様は、ずいぶん早くなくなられたんですね」
「だれにでも言えた話ではないが、実は ── ハルン難病だった」
「あなた……」
偶然が重なったとは言え、この封建社会において農民身分から、そこまで成り上がったのはすごい人だ。どうやら無理が祟って、病に対する抵抗力がなくなっていたらしい。ハルン難病はラーゴははじめて聞く病名ながら、ラゴンのデータベースに残る資料はかなりのものだ。一言でまとめるなら、大陸特有の風土病で、今のところ聖脈や聖霊でも手のつけようのない、いわゆる不治の病という。人同士で感染るとも、遺伝的なものとも言われており、発病したら隔離してほぼ一年、ただ死を待つしか無いと記されていた。
(─ 無理が祟ってと言うと、抗体不全のような病だろうか)
とにかくデニムの様子から見ても、他人には聞かせにくいにもかかわらず、ラゴンたちを信頼して打ち明けてくれたのは伝わってくる。
「だから身分など気にするな。俺、いや私はぜひきみの力になりたい。愛国心があって腕が立つ、しかも心がまっすぐな人間は、俺は一目で見抜けるのさ。今までこの目が間違ったことは一度もないからな」
なるほど、子爵位までは二代かけてたどり着いたのか。それでも異例中の異例に違いない。しかし昨日会った家来たちは、『八貴族筆頭』とか言っていなかったか。成り上がり者というだけでも、そういう能力者の台頭を好ましく思わない、守旧派の風当たりは強かろう。そんな封建社会では、たとえ自領内で広まっても、それが針小棒大の大風呂敷なら粛清の口実になりかねない。そのあたりはよく心得ているであろうデニムが傍に居ながら、堂々とそう言わせるところを見る限り、おそらく勇み足の眉唾ではないはずだ。
ちなみに一人称は、プライベートで『俺』らしい。そのほうが似合っている。たぶん本気を出すというか、本心が出ると俺になる口だ。しかし腕が立つのは、他人の借りものとはいえ間違いないが、心がまっすぐな人間と見込まれてしまったラーゴは思う。
(─ まさか魔族の心を持った、オートマトンだとは言えないなぁ。これまで見間違った経験はないそうだから)
しかしこの人自身、愛国心の塊で、心がまっすぐな人間ということだけは、太鼓判を押してもよい。千里眼で見通しても、あふれる向上心以外、一点の曇りも見当たらなかった。
「いやそのー。そういうお話は、またの機会にお願いします」
「わかった、わかった。妹君の前で恥ずかしいのだな。実はクリムの婚儀については、将来ハーンナン公爵の跡継ぎにあたるということもあって、昔からしつこく頼まれている。いい男が紹介できなかったら、私がデニムの実家に入り、跡を継げとまで言われてきたくらいだ。貴族の教養が心配なら、きっとクリムが鍛えてくれる。俺もそうだった ── いや、今でもデニムに頼りっぱなしだな。ま、そんなことだから君とは将来、義理の兄弟になるかも知れん。仲良くやろうぞ」
(─ ちょっと待て、そんな話を受けられるはずもないが、それではまるで次代公爵になれということではないか)
「いえすいません、本当ぉーに今度にしてください」
「つれないやつだ。だがますます俺はラゴンが気に入ったぞ。 ── わかった。今から命をかけて行こうというときに、思い残すようなことを考えたくないのだな。戦士として潔いその気持ちはよくわかる。了解した」
「ありがとうございます」
また本心からの『俺』が出たが、どんな形でも納得してくれさえすればよい。一刻も早く、この話は終わらせてほしかった。
「今は急いでいるんだろうが、帰りもこちらを通るのなら是非、いや王都まで帰ったら必ず足を伸ばし、自慢の領府ヨランまで来てもらいたい。ちゃんと礼がしたいのだ」
「わかりました。きっと寄らせていただきます」
とにかくこの話から脱して逃げられるなら、こんな口約束くらいしておこう。どうせこちらは、人間でもない根無し草である。子爵は納得したようで、ようやく話が終わって出発できることになった。
サイバー子爵は突っ走る傾向があるものの、たいへん好感が持て、さすが王国八貴族筆頭と思える人物だ。だが考えてみると、グールメンは昨夜、王国八貴族の解説をしてくれはずではなかったか。
談話の終了後グールメンたちも見守る中、デニム夫人のリクエストによりミツのシャール投げ、グリーンフォーク投げの腕前が披露される。その後はお互い予定が立て込んでしまったことから、ラゴンたちは早々に旅立てる段取りになった。
ラゴンは子爵と熱い握手を固く交わすと、急いで宿場町を後にする。その直前、律儀にホンマが作りたての免罪符をラゴンとミツ、そしてハナコに手渡してくれたが、きっとこれはもう利用することはないだろう。
この後は、一直線にトーンディ港を目指すのみである。街道を見送りが見えなくなるまで歩くと、またミツとハナコの手をとって林の中に走り込む。そして今度こそだれにも邪魔されることなく、港町向かって飛び立つのだった。




