第〇一三三話 つかみどころが難しい領主
ケーオギの夜が明けて一時間後、サイバー子爵が今朝領府を出発し、次の宿場町ショカソンで待っているということだった。こちらの旅程も考慮してもらったかたちで、ショカソンにて落ち合う段取りになったらしい。曲がりなりにも街道をトーンディ港へ向けて、徒歩より早く進んでいるのだから、文句も言えず了解した。再び今度は豪華なキャリッジに乗せられ、けがを負ったお付きの方々に代わって、グールメンが乗り込み五人で三時間かかる鹿車の旅だ。
今日は主にミツと、さらに元気になったデニムが話に花を咲かせてくれている。飛道具も備えた悪漢たちを倒したのは、タオからもらった芝球だと話して現物を見せたり、高原球技のコースを回ったと教えると、デニムは羨ましそうに聞いていた。
(─ たしか女性は、高原球技に行けないんだっけ? 子爵夫人に、キャディをやれとは言えないしなあ。なぜダメなんだろう?)
「ショカソンについたら、ぜひ芝球投げの腕前を拝見したいですわ」
「わかりました」
ショカソンに着くと、領主サイバー子爵がお待ちかねらしい。場所はグールメンが経営する宿場最大の宿 ── ホテルといってよい ── にある、謁見などに利用されそうな特別室だ。一足先にけがをおして鹿で走ったホンマにより、事件概要の直奏は終わっていたようだが、まずは無事の報告を ── と、一人参進したデニムを待つ時間しばし。その後ラゴンたちも、入室を許される。
「おお、きみたちがわが妻デニムを、死地から救い出してくれた勇者たちだな。そちらが本当に王都で殿下を襲ったという、魔法銃で武装した悪党を相手取って、瞬殺した化け物なのか。とても信じられぬ。まさか褒美欲しさの、八百長ではないだろうな? 聞きしに勝る、凡庸でひ弱な三人に見えるが……」
精悍で、いい感じの男前だが、いきなりの暴言だ。ここは、貴族に対する平民の身。反論せず、おとなしく答えておく。
「いえ、そんなボクたちは、本当に通りがかりにすぎないです。勇者なんかじゃなくて、たまたま運良くやっつけられただけで……」
「ハハハ、冗談だ。聞いているぞ、そちらは英雄ラゴンとミツ、従者のハナコ、タオの窮地も救った強者なのだろう?」
「本当に、あなたは冗談が過ぎます」
なかなか精悍な男前のオジサンながら、つかみどころの難しい人のようだ。三時間もあったのに、人となりを聞いておけばよかったと後悔する。
一部始終はご存知のようだったので、簡単に説明を済ませた後、核心に入った。
「妻から少し聞いただけなので、理解は不十分だが、山中に重要人物拉致の事実ありというのは間違いないようだ。ラゴンはそれに関連して、何か通ずるところがあるらしいな?」
「はい、チ・ミヨ湖の向こうに小屋を見つけましたので、間違いなくそこだと思います。実は近道できないかと、ミ・ヨケン山地を越えようと考えたんですが……」
「それは危ない。あの向こうも草原地帯だ」
「はい。だから、結局断念しまして。ただそのとき、この地図でいう、チ・ミヨ湖のへこんだあたり ── グロー川がオーロジ川へ流れ込んだ、窪んだところに小屋が遠目に見えました。湖の中に飛び出したような作りなのが、ちょっと不自然だったので覚えていたのです」
「うーん、なるほど。そんなところにそれほどの小屋を作るのはたしかにおかしい」
「ではすぐにそちらへ救出の対応をいただけますか? あるいは昨日、仲間が帰ってこないのを不審がり、すでに引き払ったかも知れません。でも人質のような人が残されたようなら……」
「分かっている。こちらで保護させていただこう。妻のことを思うと他人ごとではないからな」
そこで少し小声で、折りいった話というのが、解るように続けるラゴン。
「実は悪人たちについての情報なんですが、とある国の重要人物を拉致し、この国に連れてきて監禁していると云う噂をご存知ですか」
「いや、そんな話は聞いたことがない。それはどっからの情報なんだ」
「すいません。それほどたしかな話ではないので情報元は明かせないんですが、もしも真実であれば国家の大事と見て進言申します。この件の取り扱いには、気をつけていただきたいと思いまして」
「それは、どういうことだ?」
「南のほうの有る国で、まだ赤ん坊の王子様がさらわれ、それをこの国のせいにしようと、マフィアが連れ込んだと云う噂がたっているのです。それと今回のデニムさまの情報が一致するように思えました」
「なんてことだ!」
サイバー子爵はたいへん驚いた。たしかに八貴族筆頭としては、聞き捨てならない情報だろう。とにかく早く助けに行ってやってほしいので、さらなる追い打ちをかけておきたい
「この国の評判を落としたいのかも知れません。王国はまだまだ、先の低迷から復興途上のようですし、魔王の脅威が消えた今、色々な形で周りの国や勢力に狙われているように思います」
「その通りだ。やはりきみはただ者ではないな」
少々、内部情報に入り込みすぎただろうか? サイバー子爵の意識に、警戒心が芽生えている。
「いえボクはちょっと聞きかじっただけで、一介の平民です」
「妻から教えられたがきみは王城にも出入りをしているそうだな。私は話に聞いただけだが、きみほどの腕だ。内々で色々な仕事を頼まれるというのもわかる。今は聞かないでおくが、その話は聞き捨てならん。それもわが領地に囚われているというのであれば」
王城に入ったというのも良くなかったかも知れない。口は禍の元だ。
「もしかしたら、ということです。万が一そこに王子様が囚われているのなら、速やかにお助けし、何とかしてお国に届けてあげなければいけないでしょう。それより、まずはことの次第を一刻も早く、世間に公表しなければなりません。マフィアの手によってここまで連れて来られた王子様を、すでに子爵が助け出され大事に保護されていることを。そして何よりも早急にその国の王様へ、お知らせしておくべきではありませんか」
そう口にして、やや上から目線の言い方が悪かったかも知れないと反省したが、案外聞き逃してもらえる。
「それはそうだ、王国の名誉どころか、国を構えた戦にもなりかねない一大事だ。よし一刻も早く山に登り、その小屋を改めよう」
「小屋はそれほど、たいしたものではありませんでしたので、そんなにたくさんの敵がいるとは思えません。少ない手勢でも大丈夫だと思いますので、是非お早くお改めくださいますよう進言申し上げます」
ここは、意図的に嘘をついた。あまりにしっかりしたもので、たくさんの敵がいるようだなどと云うと、本格的な部隊を編成するのに時間がかかる。とりあえずの偵察隊でもいいので、一刻も早くそこにはだれもおらず、すぐにも助けられるという状況を見てきてほしいのだ。
「そうか。タオの友人であるきみがそこまで言うのであれば、今日ここへ連れてきた人間をすぐに向かわせよう。国際問題などにしてはたいへんなことになる」
情報源も明かしていないので、もっと疑われるかと思ったが、あっさり鵜呑みにされてしまった。ラーゴたちは、すっかり信用された感じだ。
「宜しく御願いします」
子爵が快く引き受けてくれ、これで半魚人との約束は果たせた。心置きなく共和国に旅立てそうだ。
「だがきみたちにはたいへんお世話になった。しかもラゴンくんの若さで、それほどの王国に対する忠心は見上げたものだ。褒美は何を所望する?」
「いえ、ボクたちは通りがかりに、たまたま見たものをお伝えしただけですから」
ここは丁重に辞退しておこう。へんな位でも授けられたら後々面倒なことになる。魔族たちに対しても、国王や領主の下に配属されたなどと知られたら、説明に苦慮するではないかと心配するラーゴであった。




