第〇一二九話 殿下替え玉作戦
「クラサビは、他人を変身させられる能力が使えたよね」
「できるわよ。面接のとき使ったでしょ? 実際魔力があっても、自力で変身できないのはナゴミと ── ナナコくらいだけど」
「あれは、ウイプリーに対してでなければ使えないの?」
「そうよ。強いて言えば、変身能力を持つ者だけかな、ウイプリー以外でも、変身させられるのはヤチヨね。一時的に自分の能力を、一部付与することで、どんなものにでも変えられるわ」
「その場合は、何に変身するの?」
「ウイプリーならみんな、自分のあるべき形を持っているわ。たとえ自力で変われない子でも、あたいに自分で作った形を、種族間感応通信で送ってもらえるの。だから、その姿に変身させられるのよ。だけどヤチヨが力を使うときは、それにくわえて変える姿を指定することもできるわ。まれに力関係らしいけど、対象が変化の術を備えているとか、変わりたいものがある場合は、そっちに変身してしまうって」
ヤチヨならもともと、変身能力を持たない者でも、ヤチヨか対象が考える姿に変化させられると云う。それは能力を付与できる生来固有能力に起因しているらしい。魔力量とは関係なく、クラサビには能力を他に与える力はないのだそうだ。
「なるほど。じゃあ基本的にはヤチヨの思ったものに、なんでも変身させることができるんだね」
「そう、あたいのも同系統の力なんだけど、貧弱なのよ」
「ちなみに、変身する形ってどうやって決めるの?」
「あたいたちの場合は、自分の頭の中でこんな形って作り上げるプロセスがあるのよ。だけど、それにはけっこう魔力が必要なの。ディティールに凝れば凝るほど、魔力が要るのよね。だから魔力が充実しているときにしか、できない仕事なのよ」
「それで魔力保持限界の少ない娘は、さほど大きくない脆弱なものしか作れなくて、親衛隊の中にも子供姿の娘が多いんだね」
「そうよ。しかも中には、人間の形に変身するにも、あたいが手伝ってあげないと無理な子がいたり。あたいの力はそういうことはできるんだけど、ウイプリーでもすでに創り上げた姿形以外に変えるのは簡単じゃない。あたいの考える変身後のイメージと本人の持つイメージが、ぴったり重ならないとダメなのよ。でもそんなの、そう簡単じゃないから不便だわ」
ぼんやり思い浮かべたイメージは、固定された変身の姿と違い、移ろいやすいものだからと言う。
「じゃあ、クラサビ自身なら、なににでも変身できるんじゃない?」
キョトンとするクラサビ。
「あー、そうかも。あたいがなりたいものを描いて、自分自身を変えるならオーケイということよね。考え付かなかったわ。主様さすが!」
「うん、なぜ気づかなかったのかわからないけど ── 、じゃあやってみて」
気づかなかったのは、クラサビがうっかりさんのせいだろう。
「よーし、じゃあミツに ── どろん」
「なるほど。でもエネルギーは大丈夫?」
「大丈夫よ。実際に存在する見本があるものは、それほど魔力を必要としないから。でもなくなったら、また頂戴ね」
「オーケー。じゃあ人間 ── クリムは?」
「あ、主様のお世話係の子ね、どろん」
「おー! すごいすごい、じゃあ……」
しかし、顔はそっくりだが髪の色だけは真っ赤なままだ。本人にそれを言うと、クラサビも髪の色だけは自由にならないらしい。またクロスのように、目の色だけが変えられない者もあるらしく、ミツはそのどちらもではないかという。
「無制限なら、あんな見た目の悪いままでいるわけがないわよ」
「そうか。まあ、髪の色なんて染められるからいいよね」
「ソメル? そめるってなに? かつらのこと?」
「あ、それは ── 、そうだね。鬘だ」
この世界では、毛染めという習慣はないらしい。もちろんカラコンも無いだろう。
なるほど。ではもしもの場合は、クラサビがミリンに化け、ヤチヨの力でミリンを他人に変身させれば、ミリンの身を守ることができる。いざとなったら、そういう方法をとってくれるようクラサビに伝えておいた。だが街にいる仲間に頼んで、あわてて鬘だけは用意しなければならないだろう。
ちなみにヤチヨがミリンに化けたまま、さらにミリンも変身させて維持するというのは、彼女の魔力量からいうと難しい話らしい。
「そういう魔力保持限界って、少しずつ増加するの?」
「勝手に増えたりしないわよ。そういう環境にないと……」
「環境?」
これは落ちこぼれウイプリーたちの想像に過ぎない ── クラサビは、そう断って説明してくれる。
要するに潤沢な魔力を魔力保持限界以上に吸い続けるか、一度にすごい魔力を身に受け止めて、それを押さえ込むこと。そのいずれかができれば、魔力保持限界を成長させられると信じているらしい。
前者は魔王がよみがえった後、しだいに力を付けるという模様から類推された仮説のようだ。だがそれは魔脈の充実から、体内に溜まっていく魔力の状況であって、魔力保持限界の拡大とはいえない。
一方、後者はウイプリーたちの間で伝わってきた、いわば都市伝説のようなものだと云う。『それを押さえ込む』こと自体、どうしたらできるのか分からない、一か八かの危険な行為といえた。しかも脈からの力を得るには、脈の支配者との関係も重要なファクターらしい。いずれにしろ、実際今までそんなやり方で、成功した者の実体験を聞いたことはないそうだ。
前者についてはクラサビ自身、このところそういう環境にいるため、少しずつだが魔力保持限界が増えてきたように感じるという。その点でヤチヨたちは、足りなくなったらミツから補給を受けた程度だったので、十分な増加環境にはないようだ。
それでもカマールと自己形態にはなれるので、小さいものにならなれるだろう、とクラサビは付け加えた。
「たとえば ── 主様とか」
覚えておこう。
とにかく朝になったら、色合いや様子がミリンの髪の雰囲気に似た鬘を、買ってくるよう親衛隊に依頼しなければならない。多少の修正は必要かも知れないが、なんとかできるだろうと留守番をしていたヤヨイに、お金を渡して頼んでおいた。どうやら居残り組の年長者たちは、明日から開店する喫茶店の認知度向上や集客PRと称して、今夜も盛り場へお出かけらしい。
さらには、坑道へ戻って休んでいるクロスに連絡し、機会を見て、ミリンの一行に王国勇者の連絡役を加えてもらえないか、相談してほしいと伝えておく。もちろんクロスに厚い信任をいただく真王陛下にである。それが本決まりになって、クラサビがラーゴの耳の中からいなくなるとしたら、常時人間化しているクラサビの耳たぶにも、鱗ピアスを付けてもらう必要がありそうだ。