第〇一二八話 偽装首輪をつけるウイプリー
旅先のオートマトンから、ラーゴが意識を王城の飼育小屋に戻すと、いよいよミリンの出発が近いことを思い出す。自分も今のうちにできる仕事はやっておきたい。
しばらく考えたラーゴは、意を決して耳の中で休んでいるクラサビに、小声で話しかけた。
「クラサビ、人間の姿になってこの首輪をちょっとつけてくれない?」
「えっ、急にどうしたの?」
「この首輪がどんな効果を生んでいるのか、正確に知りたいんだ。もしやばそうだったら、すぐに外すんだよ」
久々に命令を受けたクラサビはうれしそうに人型に変わる。すぐにラーゴから伸縮性のある首輪を取り外し、少し伸ばして自分の腕にそれを嵌めてみた。
「あー」
へなへなと座り込んでしまうクラサビ。いや、いよいよ仰向けに倒れ込んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫だけど動けないよ。あたいの魔力がどんどんこの首輪に吸い取られて行く」
顔色がよくない。人間でいうと血色が悪いというやつだが、クラサビの場合は魔族であって血は通っていないため、その評価は当たらないだろう。ラーゴは自分にしてきたのと同様、首輪の内側に簡単な結界を張ってやると、なんとかクラサビの状態は落ち着いた。
「外そうか? 自分で外せる?」
「自分でできるとは思うけど ── 、あれ、だめだわ。からだが自由に動かないよ。先に血液をちょうだい」
魔力を吸い取られすぎたクラサビは、どうも自分から動けないらしく、ラーゴの血液を求めてくる。ラーゴのほうからクラサビに近づいて、舌をラーゴの口に入れやすいよう、自ら唇をあわせ、クラサビの舌を口の中に吸い込んだ。まるで魔力が一度に枯渇したように、いまだかつてないほど勢いよく、血液を吸い上げるクラサビ。
以前ラゴンに血を移したときよりも、何倍も吸血してから、一息ついて言う。
「こんなにもらったのに、まだ吸えそうだわ」
「いったいどこに入って行くのかな、大丈夫ならもっと吸ってもいいよ」
ラーゴの言葉に甘えて、さらにクラサビは同じくらいの量を吸い上げる。きっと以前ラゴンに移した量よりも、多い血液を吸い込んだはずだ。
クラサビは、血液を魔力に変えるのに時間がかかるので、しばらく状態が安定するのを待つラーゴ。そのうち、少しぐったり気味だったクラサビの顔色も、徐々によくなってきたのが解る。
それでもすぐは動けないようなので、やはり外してやろうかと、首輪 ── 今はクラサビの腕輪 ── のところへ動き、ペロッと腕輪を嘗めた。まだ口内に血が残っていたらしく、白い腕輪にうっすら付着する赤い色。だがそのときラーゴは、舌に触った触感に違和感を抱く。
(─ あれ、こいつってそんなに硬かったか?)
自分がはめていたときと違い、弾力性をまったく感じられなかったからだ。とはいえ生まれた当初、この首輪は金属のように堅かったと、なんとなくだが覚えはある。こんなものが引っ張って取れるのかと爪を出しかけたとき、魔力の変換が終わったのか、クラサビが口を開いた。
「だいぶましになってきたわ」
「もう動ける?」
「動けるどころかすごく元気よ。こうやってこの腕輪 ── 首輪だっけ? つけたままでも、大丈夫だと思うよ」
なるほど、その辺りでなにかがバランスしたらしい。首輪に沿って、自分の力で結界を張らせる。確認した後、自分の結界を取り消すと、もはや十分に動けるというクラサビ。しかも腕輪を回す様子から見る限り、さきほどの金属のような硬さは、感じられなくなってしまった。
(─ どうなってるんだ?)
おもむろに、ラーゴはクラサビの状態を千里眼で調査するが、魔族特有のオーラはまったく見えないようだ。
もちろん魔力保持量も面接時のミツのように、人間程度としてしか現れない。千里眼で判断する限りでも、魔力をほとんど持たない者 ── ラーゴの知るところでは、ヒト族ということになる。最初クラサビを中庭で発見したときの、危険物を示す紫の点滅は見えなくなっていた。
(─ 千里眼でこの状態であれば、どんなことをしても、クラサビが魔族だとは分からないな)
まあ、自分もそうやってごまかせてきたので、同じ話なのだろうとラーゴは結論付ける。クラサビは、ラーゴほど多彩な結界を張れないが、これなら人間に混ざっても大丈夫だろうと。
余談になるものの、たとえ魔力が充実しても、結界能力のあるウイプリーというのは、決して多くはないらしい。調査したわけではないが、ミツやクロス、クラサビは結界を張れる。だがその他の親衛隊や、エリートでもほとんどできないというのも分かっていた。
(─ いや、クラサビの結界は自分が動物実験と考えて、呪文を書き込んだもんだったよね)
だからクラサビも言っていたが、結界は魔族であればだれでも使える、基本的能力ではないという。だがクラサビなら、もしものときは聖水からも、結界で身を守ればいい。
「これをつけて、クラサビが人間の中に混ざったとしても、本当の人間にしか見えないと思うよ。クロスのように」
「あ、じゃあ今度の旅で、殿下を守れたりするかしら」
さっそく、ファイティングポーズをとるクラサビ。
「さあそれはどうかなあ? 近くにいられたらいいけどね。でもそれをつけたまま、ウイプリーの力は出せるの?」
クラサビは、近くにあった金属製のスプーンを取り上げて、指の間で曲げてみせた。
「人間以上の力は、十分に出るみたい」
「飛べる?」
すっと浮き上がる。
「大丈夫みたい。でもいくらなんでも、飛行したらバレちゃうわ」
「そうだね、うまくジャンプしたように、見せとかないとね」
どうも、一連の特殊能力が使えるのは、十分にクラサビの中に魔力が充実しているせいのようだ。
ラーゴに対してそうであったように、首輪はある程度の魔力を吸収した後、すべての力を吸い取ったりはしないらしい。そもそも、少量の魔力で動けるクラサビにとって、活動するのに困らない十分な量を、残せたことはたしかなようだった。




