第〇一二七話 義理堅い救出対象
「かわいそうに。ではすぐにはここから、連れ出すわけに行かないですね」
「はい。この季節、当地では外の温度がかなり低そうなので、今のまま外に出せば、王子様は深刻な体調不良に陥ってしまわれるでしょう」
なるほど王子の命が危うくなると、サバトラーが実力を発揮して必死に抵抗される可能性もある。そんな事態に至っては面倒だから、そうならないよう手厚い対応をしていたのかもしれない。
魅了の力などで自白してもらえば分かることだが、それほど慈悲深い連中ではないはずだ。
(─ でもそのために、これだけの大掛かりな施設を作ったわけか。しかも祖国と離れており、外国から入って来るのが困難な、この北の王国の中に)
それも地下組織が、ボコボの港を支配していればこそ輸入できたのだろう。しかし、いったいどうやったら人間業で、これだけの施設をこんな山奥に人知れず作れるのか、とラーゴは疑問をもった。
{主様、この施設の外にあるもの、どうも魔力圧縮瓶ではないようですが}
ミツから種族間感応通信である。彼らにも聞かせたくない話なのか?
{そうなの?}
{はい}
{並んだ圧搾瓶からは、魔力をまったく感じません。もちろん機械は魔法道具に似ていますが、圧搾瓶に入れられたものを機械の中で燃やし、湖の水を温めて供給できているようです}
{そんな仕組みなんだ}
見てみると、たしかに外にある圧搾瓶の中には、燃焼するなにかの物体がつめてあった。十本の内五本までがいっぱいで、六本目が半分以下に減っている。ただしその中身はラーゴの知る圧縮気体や液化ガスではないようだ。それでもバルブのような機器から、気体燃料として供給されていた。
(─ これってガス? しかも、可燃性のガスというものではないのか。)
久々に、相続者の記憶全開だ。だがやはり温めているのは据え付けの機械であり、綺麗な真水を暖かくして供給する定置式の魔法道具に違いない。
自分たちなら結界でお湯ごと包んで飛ばせばいいが、いずれ王国貴族に引き渡す人たち。とてもそんな能力は見せられなかった。領主の助けが来ても、それに代わる方法を見つけなければ、この隠れ家から外へは出せないだろう。
「では明日にでも、ここの領主様に相談してみます。お国のほうに連絡を取って、無事だということをお知らせするとともに、こちらからお送りする方法か、迎えをよこしてもらう方法も考えていただけるでしょう」
その点は、デニムたち周囲の者や、タオに伝え聞いたサイバー子爵という人物像から受け合える。
「それはありがたい。そうしてもらえれば、たいへん助かります。この男たちや危険な魔法道具さえなければ、しばらくの間ここの装置の維持くらいは、何とか小職がやって行けると思うので心配ありません」
いざというときのために、男たちが操作していたのを見たり、質問したりして覚えたのだと云う。祖国への連絡は聖霊か、それにつながる魔法使い、あるいは魔術師経由でも連絡可能らしい。
「そうですか。それは領主様に直接お願いしていただくとして、一応救助の部隊に来てもらえるまでは、仲間を二人ほど置いて行きますので、不自由があればおっしゃってください」
領主の助けが着くまでだが、動物操作のハイジ(六)、高速移動のハヤミ(八)に残ってもらおう。数日は、敵の交代や支援要員などが寄りつかないか見張らせておいた。真冬だがコウモリだけでなく、山に住む毒蛇などにもガードしてもらえると確実と思える。川に流しているお湯の熱をうまく使えば、冬眠から起きてくれるのではないだろうか。終わったら、ハヤミの高速移動で後を追ってもらえればタイムラグはないはずだ。ハイジには、赤ん坊王子の食料になりそうな魚を、できるだけ多く水槽に集めてくれるよう頼んでおく。
「何から何まで本当に有り難い、この恩はきっとお返しいたしましょう」
「そんな、ボクたちはいいんですよ。気になさらないでください」
「いいなどと、おっしゃいませんように。我らギルマン族、決して受けた恩義を忘れるような愚か者ではありません」
なかなか資料通り義理堅いおじさん、いやおじいさんかも知れない。
「じゃあ ── お願いを一つ聞いていただけますか。それはこの国の人たちを、恨まないであげて欲しいということです」
そう言うと、サバトラーはどうも前向きな性格のようで、思ったよりいい返事が返ってくる。
「もちろん、恨んだりは致しません。こいつらも、たしかに悪党のようですが、マフィアに脅されてやっていたらしく、我らにはけっこう親切でした。口や態度はひどかったですが、上からよく云われていたのでしょう、とくに王子様の体調には、殊のほか気を遣ってくれたので、なんの問題もなかったほどです。ただ王様のご心痛を思うと ── 。今頃はおそらく、しぶしぶ悪党たちの言いなりになっておられることでしょう。そのように、こやつらが漏らすのを聞きました。ですから王子を守り切れず、王にご心配をおかけしていることには、心が痛みます」
「解りました。明日できるだけ早く、こちらへ領主様の助けが向かうようにお話しします。ただ今日ボクたちがここに来て、こいつらをやっつけたことは、できれば内緒でお願いできますか。ボクは領主様に、山頂近くで不審な小屋を見つけたとだけ伝えておきましょう」
あわせて、領主夫人が攫われかけ、その犯人から山中に拉致された重要人物がいるのを、察していることも説明した。だが、そこまで聞いてサバトラーは驚く。いや、おそらく驚いた顔に変わったと思われた。
「どうしてですか、そこについては小職、とても納得が行きません」
「それは ── 。ボクたちの存在を、あまり敵に知られたくないんです。今から、マフィアの勢力に乗っ取られている街を、何とかしに行こうという途中なので、相手に警戒されると困るって言えばわかってもらえますか。ですからこいつらも、ボクらのほうで捕まえておきます。もし明日領主様の部隊が来られても、慌ててみんな逃げたと言っていただけませんか」
しばらくサバトラーはこちらの話を理解しようと努力し、考えを巡らせてから答える。
「なるほど。敵を騙すには、まず味方からと言いますからな。そのような危険な密命を帯びられた、強者の皆様に我らの窮地を気づいていただき、王子様はたいへん運がようございました。了解しましたぞ、健闘をお祈りいたします」
「残して行く娘たちも、部隊がここに来るまでには引き揚げさせるので、あとはご自身から説明してくださいね」
「了解いたしました」
(─ 本当は敵だけではなく、ここの領主とか王国の人たちに、ウイプリーたちの存在を知られるわけには行かないから、隠蔽するだけなんだけれどもね。でもまあこれで、悪人側の目撃者も闇から闇だ)
万が一、ここでの活躍が漏れてもいいよう、物理的攻撃能力の高いミツを先に行かせている。彼はミツが、飛び道具すら擁する敵と対峙しても、芝球の投げつけによって意識を奪ったとしか、見えなかったはずだ。ただそういう点では、ハナコあたりにこん棒とか持たせて、戦わせたほうが良かったかも知れない。今後の課題だが、大人のメンバーには殺傷能力の低い武器も必要かも、と宿題に残しておく。
それだけお願いし終わり、ハイジとハヤミにしんがりを頼んで立ち去ろうとしたとき、急に王子様がぐずりだした。
「おやおや、どうなさったのであろう。安心されたのか、皆さんがお帰りになるのがお辛いらしい」
「困ったなぁ」
見ると半魚人の赤ん坊は、しきりにミツのほうに手を伸ばしている。
「ミツ、なんか呼ばれてるよ」
「え、わたしですか?」
赤ん坊の意識を読むとミツではなく、マルいもの、マルいものと手を伸ばして求めているようだ。
(丸いモノ? なるほど、先ほど悪漢たちに投げつけて意識を奪った、芝球を欲しがってるらしい)
赤ちゃんなのに、それらしいおもちゃ一つ持っていないのだから仕方ない。こんな若干血の匂いがするものではなく、ラゴンは聖霊の金庫にしまっておいた、まだきれいな芝球を一つ取り出して与えてあげる。これにはあらかじめラーゴの鱗がひとつずつに貼り付けてあるが、遊ぶだけなら邪魔にはなるまい。あえて剥がす必要もないだろう。
それを手にすると、うれしそうに両手であそびはじめた。ゴルフボールと違って芝球は水に浮くものらしく、けっこう遊び道具になっている。
「おー、ありがとうございます。ここへ連れてこられるまでに、持っていたものはすべて取り上げられてしまったので」
「らーご、らーご」
赤ん坊王子が、かわいく名前を呼んでくれた。
(─ 『らごん』とはいえないんだな)
愛想をしてあげると、とてもかわいい。親衛隊の母性本能をくすぐるようで、みんな涎垂せんばかりだ。
「申し訳ない。種として覚醒されるまでは、はっきりしゃべれませんので」
「いいえ。主様はラゴンって名乗っておられますが、ラーゴって呼ぶ人も多いんですよ」
(─ この種族は『覚醒』するのか、つまりその時点で著しい能力向上があるわけだ)
── などと感心しながら、ミツがけっこう大事な秘密をバラしてしまったと思う。しかしサバトラーも『またの名というやつですな』とか納得していた。まあ、この人たちがラーゴの自分と会うことはないだろう。
「いいですよ。おもちゃと言っても、そんなものしかありませんけど、それでよければ差し上げますから」
「ほんとうに本当にお世話になりました。ではどうぞ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ハッチが全員を使役し、目覚めさせるのを待って形だけ縛り上げると、大人姿の仲間たちに引っ立てて来させた。混沌としているものの何人かの意識を読み取ると、ヘッドらしき男が特定できたので、観念したように口を割らせる。
どうやらマフィアは、ギルマン王国の強者の力を悪用するため、王子を人質にとった。しかも、最終的には王子を亡き者にして、その罪を王国になすりつけようとここまで送り込んだらしい。上からはサバトラーの力を恐れたらしく、指令が出次第、密かに抹殺するよう指示が出ていたという。それは夜間の寝込んだのを見計らって、水槽に毒を流し込んで始末するといった残虐非道なものだ。
横で聞き耳を立てていた、サバトラーが蒼ざめる。いや、顔色が変わったように感じられた。
(─ 攫ったというマフィアはもちろん、こいつらもとんでもないやつらだ)
外へ出てすぐ縄を解き、ハッチたちみんなに血を吸わせて完全にヴァンパイア化すると、徒歩で養蜂場の仲間たちのところへ向かわせる。すでに人間ではないので、夜中の山林を走って行くのも問題ないはずだ。種族間感応通信で、あらかじめ知らせておいてもらっている。きっと夜明けまでには到着し、その後はムサシたちがこき使ってくれるだろう。




