第〇一二六話 人質は半魚人王国の王子
ミツは爪で切り取って開けた穴から手を入れ、かんぬきのようなものを外すと、慎重にやっているがガタッと音が響く。それで見張りの何人かが気付き、こちらを向いた。
少しドアを開くと、打ち合わせ通りミツ、ヤヤ、ハヤミの三人が人質の囚われた水槽に向かって瞬間にいなくなる。千里眼をもってしても、注意深く見ていなければ、動いたのか消えたのかがわからないほど速い。つまり千里眼を使って集中すれば、ラーゴの思考や観察力が、その高速に対応してくれるようだ。一瞬の二度寝の間に見た夢が、とんでもなくロングストーリーだったりするようなもの、という感じに似ていた。
(─ あれ? これって千里眼に頼れば、ヤヤの力なしでも、高速予測ができるってことか?)
慣れと言うか、鍛えた成果というかはわからない。しかしそんな思考に浸る間もなく、続いてドアの開口部に集中していた結界付きのコウモリが、一斉に百匹以上中に送り込まれた。
「だれでえ!」 「わあっ!」 「ゲッ!」
むやみに、銃弾が放たれる音が連続して響く。それぞれあらぬ方向に撃っているため、悪人たちにけがはないか心配になるほどだ。初弾を結界で防ぎ、最前列が打ち合わせた通りの演技で倒れるものの、あっという間に悪人たちの顔や体に張り付く後続のコウモリたち。
間髪を入れずドアが全開され、ラゴンを先頭に残った全員が飛び込む。ほとんど顔が見えない男たちに、当て身を食らわせ、 ── いや当て身にはなっていないかも知れないが、意識を奪って行った。
「なんじゃ、なんじゃ!」
「おいっ! どうなってるんでえ!」
次々と、奥から出てくる悪漢たち。とはいえ、不法侵入者は自分たちのほうなのだが。
奥のドアから飛び出して来た男たちの視線は、正面に見えるラゴンたちに固定され、先頭の者が銃を撃ったなり、廊下から急いで玄関先の広いところへ出ようとする。前に仲間のいる者は、さすがに背後から撃てないからだ。
このルーチンに慣れたラーゴはヤヤの力に頼らず、千里眼の力だけで数発の初弾を打撃匙でしのいでみせた。
ますますラゴンたちに気を取られた男たちは、背の低いハイジやクレイが、手前のドア脇に潜んでいるのを気付けない。三人ほど通り過ぎた後、続いた者が足を引っ掛けられ、そこから後ろは将棋倒しに重なる。彼女たちが本当に、見かけ通りの年齢なら、そうはいかないだろう。
驚いて先に進んだ数人が振り向いた瞬間、飛び出したハナコたちが後頭部を殴打、意識を失って後続の者たちの上に倒れ込んだ。何人かは魔法銃を無駄打ちするが、なお戦闘意欲のありそうなものは、ラゴンの打撃匙で無力化する。
こうして一瞬に、十数名が片付いた。
まだ数人奥にいて、こちらを警戒しながら潜んでいる。透視能力がある、ウイプリーたちには丸見えだ。
間髪を入れず、ハイジがコウモリをけしかけた。短い間に同じことが繰り返され、こちらへ向かってきた者はすべて制圧する。急いで水槽のある奥に踏み込んでいくと、そちらでも五~六人の男が意識を失って倒れていた。
ミツが交戦に用いたと思える、芝球やグリーンフォークをていねいに拾って回収中だ。人質の眼があり、サイキックで手元に戻すのは『エヌジー』と考えたらしい。
「終わっちゃったみたいだね」
「はい」
「全然出番なかった。ミツ、強ぉーいの」
たしかに攻撃力から言うと、ラゴンのそれをはるかに超えるものがある。
本気を出すと、親衛隊最高の殺傷能力だろう。だれも目撃者がいない状態でこの中の人間だけを殲滅するなら、ミツのサイキックを炸裂させれば一瞬に片付いていた。
それをせず、武器による物理攻撃で倒す必要があったのは、魔法銃相手に魔族らしい能力を、人質の目の前で使えないと思ったからだ。
「それで、人質さんたちは?」
「はい、そちらの檻に……」
見ると水槽に巨大な檻が沈められ、その中に大人の半魚人と思える者と、産まれて数か月に満たない赤ん坊に見える半魚人。そんな二体の、閉じ込められた様子が窺えた。
外から定期的に魚が投入されており、川の冷たい水が入ってくるため、水温がさがると熱湯が継ぎ足されて調節されている。魚はこの人質たちの食事らしい。つまり温水プールというよりも、さながら養殖場といった様子だ。
「大丈夫ですか? 助けに来ました」
檻のカギを打撃匙で叩き壊すと、赤ん坊を抱いた半魚人が、中から出て来るや丁重に礼を言う。
「どちら様か知りませんが、ありがとうございました。我々は南のナイール密林王国から連れてこられた、ギルマンと言う半魚人の種族。この方はナイール密林王国の王子、ブリチャード三世様にございます」
「王子様?」
みんな驚いてしまった。それにしては、そんな権威をかけらも笠に着ない礼儀正しさだ。
「はい。わが国ではつい先頃、若き新王サンマクシミリア二世様が即位されたばかりでございます。以前よりわが国にはマフィアが魔の手を伸ばしてきておりまして。王が逆うことができないようにと、生まれたばかりの王子様が誘拐されたのです。小職はすぐに察知して後を追いました。王子様の近くに侍るため無抵抗を宣言して捕らえられた執事で、サバトラーと申します」
助けられた立場とは言え、あまりの腰の低さににわかには信じ難い話である。だが千里眼の見るところ、決してこの半魚人は嘘をついてはいない。では一応王子様、ということで礼を尽くし、親衛隊共々跪いてお応えする。
「ボクはラゴン。王国民で、女の子たちは仲間です。本日山のふもとでこいつらの仲間が捕まり、外国の要人の方がここに囚われていると漏らしたというので、半信半疑ながら助けに参りました」
「おおラゴンどの、窮地を救っていただいた上、そんなにかしこまられなくとも結構でございます」
たしかにお姫様救出の勇者なら、手を取ってご挨拶する栄誉も得られるだろう。だが見かけはイケメンの若者であっても、本体は珍種のトカゲ、劣等魔族という事実に変わりはない。どうしてもヒト種、しかも位の高い者に対しては、へりくだらずにいられなかった。
「 ── しかし、なぜこんなところに王子様が?」
「我々ギルマンの水中での能力は高く、近くの水源にいれば必ず捜し当ててしまうため、かくも遠い国の山奥に連れてこられたのでございましょう。サンマクシミリア王は王子様を人質に取られ、いやいやでもマフィアの言うことを聞かなければならない状態、と思われます。一刻も早く、王子様をお国元に無事、連れ帰りたいのはやまやまなのですが……」
サバトラーと名乗った半魚人は、言葉を詰まらせる。
「何か問題が? そんなに遠いのですか」
「祖国までの距離もあるのですが、王子様はまだこのようにお小さいので、常に綺麗な『真水』が潤沢な状態でなければ、病気になってしまわれます。もちろん水温も、人間の体温程度にはキープされなければいけません。ですから逃げ出すわけにも行かず、小職もある程度抵抗できる力は持っておりますが、我慢してここに囚われていたのです」
話を聞くと、夏になり王子様も成長とともに体力が付いてくれば、戦ってでも逃げようと、思って耐えてきたらしい。千里眼で詳細に調べたわけではないものの、たしかに獣人であると言うだけではなく、この半魚人からはただならぬ自信というか、実力のほどが感じられた。




