第〇一二五話 山上の隠れ家に拉致された者たち
部屋に引き上げたラゴンは、魔法灯火を消して早々と休んだ体にしておくと、今晩のうちにやってしまいたい仕事にとりかかる。
いよいよ、ラゴンはミツや仲間と一緒に宿を抜け出し、再びミ・ヨケン山のいただきに向かって飛んで行くのだ。
山の上と言っても非常に広い範囲で、重要人物を拉致した悪者たちがどこに隠れているかは分からない。しかし対象者は知らなくても、人間という大雑把なことで検索は可能だろう。モンスターエリアに近いこんな山の奥に真夜中、しかも団体で小屋の中に隠れている者たちなど、一箇所にしか反応がなかった。
「あの辺りだね」
ミツに場所を指定するとすぐに発見できたようで、その小屋に向かってまっすぐ近づいて行き、少しだけ離れて着地する。特別建物の周りまでは、警戒されていないようだ。
小屋は一部、湖に飛び出して建てられた変則的な形に見えた。
建物の中に湖の水が引き込まれており、室内に小さな水槽 ── というかプールが設けられている。地面の上にある小屋のほうは、山奥にもかかわらず石作りの頑丈そうなものが建てられるなど油断ならない。窓もない建物の、分厚く堅牢な鉄製の扉には、内側から鍵がかけてあるようだ。中を透視すると魔法灯火が焚かれ、二十人以上の悪意のある男たちと、水槽に沈められた檻の中には、大人と小さな幼い人影が、それぞれ一体ずつ確認できた。
(─ なんてひどいことを。いや違う?)
水槽に沈められている二人といっても、ただの人間ではない。見た目から判断するに、半魚人と言われる種類だ。
小屋の裏手には、大人の背丈ほどもある大型の魔力圧縮瓶が十本並べられ、それが横に据えられた魔法機械につながっている。おそらく取り込んだ湖の水を温めて小屋内に供給されていた。その湯が水槽に少しずつ足され、あふれた部分が小屋から湖に流れ出す。冬の山の上とはいえ、排出水から湯気があがってくるところを見ると、人間の体温に近い温度まで温められるようだ。
ラゴンが備えた記憶鉱物にアクセスすると、ハルン大陸の南方に位置した別の大陸で国家を形成する、半魚人のことが記されていた。彼らは王国を成し、個の戦闘能力が高い獣人には珍しく、家族を大事にして仲間意識も強い。
とにかく義理人情には篤い種族で、程度の差はあるが水を自由に操り本来寒さは苦手、というような情報も付け加えられている。聖霊を通じて交流が取れるレベルが、『Aダッシュ』と評される種族であり、獣人のうちではもっとも人間と親和性が高いと考えられてきた。
情誼の基準が、王国民とややなじみにくいという一点で、『ダッシュ』がついたそうだが、特に関係が悪いわけではない。建国当時から数百年間、貴族の中にはバナーニやドラーン、バンレシなどと言われる南国ならではの果物を交易した記録もある。そんなことで、決して悪い種族ではないとされていた。
ならば前言撤回である。半魚人に対する待遇としては、かなり大事に監禁されているようだ。
「じゃあ全員人間の姿になって、感応通信をボクにつないで。救出計画を立てよう」
まずは目標になる人質の様子を説明すると、それぞれ透視で位置や間取り、人質のいる場所に通じる通路などを確認してもらった。
最初に正面から扉を無理にでも開け、ヤヤとハヤミの合わせ技で、ミツも含めた三人は、水槽の部屋へ走らせる。通常の人間の感覚から言えば、かぎりなく瞬間移動に近い。相手の目があるので、カマールとしての侵入は『エヌジー』とした。その後は救出対象に見られることも想定の上で、物理的な攻撃によって人質近くの敵を無力化する。
問題は敵の人数と複数ある魔法銃の制圧だが、もっとも注意すべきは、侵入直後の銃の初弾だ。人質の身の安全優先から、ハヤミとヤヤを使ってしまうため、打撃匙での防御では完璧を望めなかった。
もっとも確実には結界を張っても守れるが、家屋の中で銃弾を、結界で弾き返せば『森で木にあたった』ような、言い訳も通るまい。ミツが駆使したという弾道曲げも、近距離でやったら怪しすぎだ。
拉致されている人質とは口裏を合わせられる可能性があるものの、悪者の口からでも我々の正体は、ばれないよう気をつけるべきと思えた。きっとクオレも、後から全員の記憶を操作するのは、骨の折れるだろうと考えてのアリバイ作りである。
魔法銃は銃弾補充式だったから、弾丸が切れるまで撃たせるという手もあった。しかし長引かせると、ミツたちのほうが心配だ。といっても、気がかりなのはミツたちでも人質でもなく、やられている相手方であるが。
そのときなにやらミツが促したようで、ハイジが手を挙げた。
{主様、あたしに任せて}
{何かいい手がある?}
{今集めてるけど、この山林にはコウモリが多いので、手伝ってもらっちゃおうと思うの}
{そうなんだ}
{お昼ここを通ったとき、連れてきたコウモリさんが教えてくれたって。この森や山には仲間が多いみたい}
籠を運んできたミツから聞いたそうだ。
そんな話しをしているうちに、かなりのコウモリが集まった。百匹ぐらいはいるだろう。この数であれば銃弾が当たらなかったのか、結界ではじかれたのか判断はつくまい。初弾を防ぐため、コウモリたちの前面に結界を張って、すぐ消せばいいのだ。
{じゃあ最初はコウモリさんが突入し、敵のかく乱を。それぞれ結界を張るので、自分に当たったら死んだふりして落ちてもらって。魔法銃は連射できない構造だから、次の射撃が始まるまでの間に、我々が中へ侵入、中の男たちを撃破しよう}
{了解しました}
{じゃあこのドアだけどハナコ、もう引きちぎってくれる?}
{わかりました}
するとミツが、口を挟む。
{いえ主様、それだと後に侵入の形跡が残ってしまうので ───}
ミツがそう言って人差し指を出すと、爪が二十センチくらいまっすぐに伸びて出る。それを扉のノブの横にすっと差し込むと、まるで豆腐に箸を刺したように簡単に刺さった。そのままぐるっと切り込みを入れてから、そっと円筒形に切り取って引き抜き穴を開ける。ちょうどミツの腕が、入りそうなくらいの大きさだ。
{すごいね、それ}
{よーく切れるんですよ、気をつけないと。あークレイちゃん、ここ後で直しておいてくれる?}
{ラジャー}
このドアの穴も、クレイの粘土細工で見た目だけなら修復可能らしい。
ミツはクラサビたちの仲間ではなかったが、これまでの魔力補給の時間などを利用し、他の者の能力を事情聴取していた。とくに同じチーム全員の能力についてはラーゴより詳しく、上手に活用できているようだ。
ドアの向こうに見張りが三~四人いるが、話に興じておりドアの異変には気付かない。だがそれを、すでにミツは確認済みだったようで、何もかもラーゴよりしっかりしていることに軽く驚きを感じた。ミツのアイデンティティは、ドジっ子のはずではなかったかと。
(─ たしかクラサビが、ダブルオーナンバーは百体の配下を持つ部隊長と言っていたから、ミツは中隊長レベルだったんだろうか。いや、火力比較なら大隊長といっても過言じゃないかも)
相続者記憶にある、ハイジみたいな女の子が世界大戦で率いていた、空飛ぶ魔道大隊とかの規模は、五十人以下だったような気がする。
実のところ、戦場に出たときだけはデキる子になるのかも知れない。まあ、命がかかっているのだから当然か、とラーゴは納得することにした。